塩山上於曽地区は、甲州市役所のある地区です、甲州市役所の北西側に菅田天神社が南南西向き参道で鎮座します
車を市役所駐車場に止めさせて頂きました
参道入口鳥居です、一ノ鳥居は石鳥居
縣社 菅田天神社の社號標です
ニノ鳥居は赤い両部鳥居です
文化財案内板です
説明版です
菅田天神社
塩山上於曽に鎮座し、祭神は本殿に素戔嗚尊および五男三女神、相殿に菅原道真を祭祀する。
社記によると、承和9年(842)国司藤原伊勢雄が勅を奉じ、甲斐小目飯高浜成に命じて創立したと伝える。
寛弘元年(1004)菅原道真を相殿で祭り、これ以来菅田天神社と称したという。
新羅三郎義光以来甲斐源氏の鎮守とされ、社の位置が府中(甲斐府中)の鬼門に当たるので、武田家は重宝盾無鎧をこの宮に預け、於曽氏にその保管をさせ、大事あるごとに出納を命じたという。
またこの盾無鎧については、承久年間武田信光が社殿を造営し、陣中の守護たる神器盾無鎧を社殿に納め置き、同族である於曽氏に守護させたと伝えている。
指定文化財
国宝 昭和27年11月22日 指定
工芸 小桜韋威鎧兜大袖付一領
県指定文化財 昭和38年9月9日 指定
天然記念物 菅田天神社のカシ群
昭和62年3月 甲州市教育委員会
.
参道の右手に背の高いカシノキです
手水舎です
随身門です
山門を潜ると石灯篭が並びます
石製の神橋を渡ります
左手に新羅宮です、宮の前にも注連縄を巻かれたカシノキです
社殿です
右手には「なで牛」です
市指定文化財の石燈籠です
境内社の祠が並びます
境内北東角にカシノキです
境内東側には舞殿(神楽殿)です
東側の境内社です
境内西側の社務所前の注連縄の巻かれたカシノキです
東側の参道出口から振り返って境内を見ました
では、次へ行きましょう
車を市役所駐車場に止めさせて頂きました
参道入口鳥居です、一ノ鳥居は石鳥居
縣社 菅田天神社の社號標です
ニノ鳥居は赤い両部鳥居です
文化財案内板です
説明版です
菅田天神社
塩山上於曽に鎮座し、祭神は本殿に素戔嗚尊および五男三女神、相殿に菅原道真を祭祀する。
社記によると、承和9年(842)国司藤原伊勢雄が勅を奉じ、甲斐小目飯高浜成に命じて創立したと伝える。
寛弘元年(1004)菅原道真を相殿で祭り、これ以来菅田天神社と称したという。
新羅三郎義光以来甲斐源氏の鎮守とされ、社の位置が府中(甲斐府中)の鬼門に当たるので、武田家は重宝盾無鎧をこの宮に預け、於曽氏にその保管をさせ、大事あるごとに出納を命じたという。
またこの盾無鎧については、承久年間武田信光が社殿を造営し、陣中の守護たる神器盾無鎧を社殿に納め置き、同族である於曽氏に守護させたと伝えている。
指定文化財
国宝 昭和27年11月22日 指定
工芸 小桜韋威鎧兜大袖付一領
県指定文化財 昭和38年9月9日 指定
天然記念物 菅田天神社のカシ群
昭和62年3月 甲州市教育委員会
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参道の右手に背の高いカシノキです
手水舎です
随身門です
山門を潜ると石灯篭が並びます
石製の神橋を渡ります
左手に新羅宮です、宮の前にも注連縄を巻かれたカシノキです
社殿です
右手には「なで牛」です
市指定文化財の石燈籠です
境内社の祠が並びます
境内北東角にカシノキです
境内東側には舞殿(神楽殿)です
東側の境内社です
境内西側の社務所前の注連縄の巻かれたカシノキです
東側の参道出口から振り返って境内を見ました
では、次へ行きましょう