ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

群馬県みなかみ町、湯原「湯原神社のムレスギ」(町指定)です!!

2019-05-17 06:21:19 | 巨樹・大木
湯原地区は、かつての水上町の中心温泉街の周辺です

みなかみ町役場の北約10kmのところ

県道61号線から国道291号線を北へ

観光会館の西側崖の上に湯原神社が鎮座します

観光会館前の歴史民俗資料館に車を止めさせて頂きました


水上中学校への道路が入口です

この階段を登ってみました

斜面にシバザクラが綺麗です、登ると社殿の脇に出ましたので境内端から

鳥居です

手水舎です

狛犬です

拝殿です

本殿は覆い屋の中ですね

社殿右手の赤い鳥居は稲荷社です

稲荷社の社です

境内端崖際にも赤い鳥居があります

こちらは三峰神社ですが、狐の狛犬が稲荷社の様です

境内には八重桜が満開ですが、ムレスギが見つかりません

通りすがりの女性に、ムレスギのことを聴いてみました

「成田山から行った方が近いですよ

あそこに見える鉄塔の側ですよ

イノシシや山蛭に注意してくださいね~」

成田山水上別院のアンテナの側に在るとのことで

車に戻って、移動しました


成田山水上別院山門です

山門の左側の車道を進むと右手に鐘楼が見えて来ます

駐車場の先にムレスギ特有の樹形が見えて来ました

湯原神社の奥から見えた携帯電話の鉄塔の側です

南側から

傍には六地蔵様が有りました

では、次へ行きましょう

因みに、歴史民俗資料館脇に国指定重要文化財の

旧戸部家住宅が有ります

説明版です
  国指定重要文化財旧戸部家住宅概要
 この建物は、利根郡川場村にあり、群馬県北部の農家
建築として、平面構成と構造の特異性が認められ、国の
重要文化財に指定されたもので、建築年代は明らかでは
ないが、18世紀前半と推定される。建築後数々の増改
築が加えられ、今日まで維持されてきたが、旧所有者が
新居建設のため、この建物の今後の保存管理上、水上町
が買い上げて移築保存することとなったもので、昭和4
8年9月より49年8月まで12か月を要し、解体移築
を行い建物は建設当初の姿に復元されたものです。
◎建物の主な特徴
 1、平面構成は土間と床に二等分された、三間取りの
  平面構成であり、開閉箇所が少なく室内が暗い。
 2、全般的に壁、袖壁が多く出入り口は全て片引板戸
  で窓はない。
 3、柱の立つ密度がたかく、全部材は釿削りである。
 4、一般に天井がなく小屋裏を化粧とする。
 5、扠首組作りであり、構造材には釘を使用していな
  い。
 6、釘を使用する箇所は床、壁板、天井板に和釘を使
  用している。
 7、クレグシ(芝棟)は群馬県北部独特のものであり、
  他に例をみない。
 8、畳の間が少なく「でえどこ」の炉は三方炉であり
  馬屋を二室設けている。
 9、「トボ」というところを設け、客人と家族の出入
  り口を違えている。
10、江戸初期の農家建築は、全国的に数少なく、この
  戸部家住宅も群馬県を代表する一棟である。
   建築年代  18世紀前半(推定)
   指定年月日 昭和45年6月17日
   移築竣工  昭和49年8月31日
   構造及び形式 桁行18,152m
          梁間 7,273m
          寄棟造 茅葺
         管理者 水上町教育委員会

水上温泉街観光案内図です

築山に、水上の石(宝川産)です
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群馬県みなかみ町、谷川「冨士浅間神社のムレスギ」(町指定)です!!

2019-05-16 06:15:54 | 巨樹・大木
谷川地区は、みなかみ町役場の北約13kmのところ

国道291号線の谷川信号を県道252号線へ

谷川温泉郷やホワイトバレースキー場の方向西へ進みます

スキー場への近道では無く、温泉街からスキー場への道へ入ると

間も無く左側に鳥居が見えて来ます

冨士浅間神社への入り口です

(温泉街を回り込んで西側から神社参道前へ、参道脇に車を止める事が出来ました)

参道を上がってくると杉並木の先に赤い社殿が見えて来ました


手水舎

冨士浅間神社の社殿です


浅間神社標柱はマイナスイオンの値、リフレッシュ度を示しています


説明版です
  水上町指定重要文化財
     冨士浅間神社中宮
    指定年月日 昭和51年10月22日
 冨士浅間神社は古くから谷川岳にまつわる山岳信仰の
中心的な役割を果たしてきました。
 社殿は現在までに数回にわたり改築が施されてきまし
たが、所蔵されている棟札は寛文3年(1663年)と
万治元年(1658年)の二つがあり、そのいずれかの
年代に当時の領主である沼田城主真田氏によって造営さ
れものと考えられます。現在は木造覆い屋の中にあり、
社殿全体の形式は三間社流造で、正面中央一ヶ所に扉口
が設けられています。社殿の規模様式は江戸前期におけ
る地方の神社としてはかなり立派なものでした。
 奥の院は谷川岳山頂にあり、御神体である懸け仏(鏡
)が祀られていましたが、現在は水上町歴史民俗資料館
に展示されています(水上町指定重要文化財)。
 毎年、4月29日には春祭りが開催され、向かいの舞
殿において太々神楽が奉納されます。
           水上町教育委員会

神楽殿(舞殿)です


 谷川冨士浅間神社祭典の説明版です
   春の大祭 4月29日
 谷川冨士浅間神社の祭典は7百余年の歴史があり、毎
年春秋二回行われます、春祭りは、五穀豊穣・天下泰平
を祈願して盛大に執り行われ、投げ餅・福引き・おでん
等が参拝者に振る舞われます。また慶長6年(1601
年)、沼田城主真田信幸が、当神社と薬師堂に永楽銭三
百貫文を寄進した際、之を記念して始まった太々神楽が
今日に伝わり、保存会の有志によって奉納されます。
「谷川今昔物語」橋本清喬著より「森の祭禮」青柳玲子画

木花咲耶姫命と谷川温泉
  むかし昔のことだったと。
  谷川岳に夜のとばりがおりて村の衆がこれから寝床に
 入ろうとしてたころのこと、天空に顔を向けると、目に
 入ったのが、虹のような半円の光だった。
  「ややっ、ありゃなんだっぺ」
  光は谷川村をまるで日の出のように明るくしていた。
  あくる日、祈祷師をよんだと。
  「このような事は前に一度聞いた事がある。これは冨
 士浅間大菩薩様がこの山に願いをたてられあらわれたも
 のと思われまする。いいことが授かるやもしれませぬ。」
 と言うのだ。
  年寄りも若者も、男という男は山にのぼっていった。
  ところが、急な山肌は岩また岩、とても登れるはずが
 ない。やめる者が次々にでた。
  「おらあ。腹がへって動きがとれねぇ。」
  と言う者もいて、わずか3人になった。
  「水が飲みてぇ。」
  ひとりが言うとあとの二人も喉が渇いてどうにもなら
 ない。
  三人がおしだまったまま空を見ていると、ちょろちょ
 ろと、水の音が聞こえるのだ。
  「水だっ。」
  三人は同時に起き上がろうとしたが、足を滑らせ、だ
 だだだっと滑り落ちた。
  「ヒェツ、助かった。」m「水だ。水だっ、」「あり
 ゃ、桜の花びらだ。こりゃ、」
  振り仰ぐと桜の老木が目の前にあるではないか。
  「もしもし、」
  かぼそい声が聞こえてきた。輝くばかりの美しい姫が
 呼び止めた。
  「私は木花咲耶姫と言って、ここまでたどりついた方
  方に神の恵みを授けるため、ここにいるのです。」
 そして咲き乱れる花びらを摘んで、はらはらと落した。
  花びらは衣のすそに降り掛かりながら、岩の隙間に落
 ちて行った。
  「あっ、湯だ。温泉だぁ。」「ありがてぇ、ありがて
  ぇ。」
  ふと見上げると、咲耶姫は消えていた。
  この湯は麓の谷川村までおろされ、いまの谷川温泉と
 なったと。
  衣のすその下から湧き出した湯だから、みもすその湯
 とよんだと。
     「湯のくにむかしむかし」青柳千年著より

ムレスギは何処かと見渡しました

境内の北側の建物の屋根の上にムレスギの樹冠が見えます

ムレスギです

南側から

南東側から

天然記念物標柱と説明版です
  ムレスギ(箒スギ)
 全国的にも数が少ない貴重な樹種であります。
この水上町のように3本もあるのは他に例がなく
、そのうち2本はこの谷川温泉にあります。ここ
にあるのが谷川ムレスギ1号です。
           谷川温泉観光協会

もう一本のムレスギは見つけられませんでした

またチャレンジしましょうね

では、次へ行きましょう
  

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群馬県みなかみ町、布施「布施稲荷神社のウツクシマツ」(町指定)です!!

2019-05-15 07:02:01 | 巨樹・大木
布施地区は、みなかみ町役場の西約6kmのところ

国道17号線を三国峠・猿ヶ京温泉方面へ

新治小学校を過ぎて間もなく

押しボタン信号を西へ入ります

道なりに進むと左手に稲荷神社への参道が有ります

参道階段を上がって直角に曲がると社殿が見えました

水盤です

拝殿です

本殿です

神楽殿(舞殿)です

宝物庫です

モミの大木と境内社です

ウツクシマツは本殿の左手境内の端に在ります

天然記念物標柱です、平成21年6月4日指定です

南側から

北側から

もう一度社殿脇から見ました

ウツクシマツの生えている場所が

稲荷神社の裏側道路から境内への入り口に成ってしまっていて

車の出入りのため、根がふまれてしまっているようでした

では、次へ行きましょう
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群馬県沼田市、白沢町高平「雲谷寺のスギ」(市指定)です!!

2019-05-14 06:36:01 | 巨樹・大木
白沢町高平は、沼田市役所の東約8kmのところ

国道120号線を片品・日光方面へ

白沢中学校の東側を北へ入ります

正面に雲谷寺が有ります

山門脇の駐車場を利用させて頂きました


参道入口です

山門です

本堂です

墓地入口の新田義宗公慰霊詩碑です

南側墓地前から見ると一番奥に大きな幹が見えました

南西側から

天然記念物標柱です

説明版です
 沼田市指定天然記念物
    雲谷寺の大杉
指定年月日   平成8年2月28日
所在地     沼田市白沢町高平1511番地2
所有者     雲谷寺
  目通り周囲   4,5m
  樹高    約37,0m
 新田義宗の墓といわれている五輪塔の後ろにそび
える大杉で、長い間、五輪塔を見守り続けている。
 スギは一属一種の日本特産の針葉樹である。北は
青森県から南は屋久島まで広くみられるが、古くか
ら植栽されてきたので、本当の自生地域が判明しな
い。大変古い残存植物と考えられている。材の性質
から用途は広く、日本の代表的造林木である。
   平成22年2月   沼田市教育委員会




南側から

五輪塔の文化財標柱です

説明版です
    五輪塔
  所在地   高平1511-2  雲谷寺
右  形状 高126×幅40×奥行40(cm)
   銘文 長州禅門永禅応安三年庚戌
      十月九日逆修〇敬白
中央 形状 高132×幅42×奥行42(cm)
   無銘
左  形状 高123×幅32×奥行32(cm)
   銘文 聖慶禅尼文和三甲午十月十一日
      申剋死去
 南北朝次代の主将新田義貞の嗣子新田義宗は、
いとこの脇屋義治と正平23(1368)【北朝
暦応安元】年上越国境で挙兵し、足利軍との戦い
で敗死、義治は出羽国に逃れる。
 義宗の討死ご、義宗の執事であった船田長門守
経政(新田義貞の執事船田善昌の子)は、うつぶ
しの森の北方、ここ雲谷寺の高台に吉宗の墓を建
てた。
 三基の内、中央無銘の塔が義宗の墓と伝えられ
ている。右の塔は、船田長門守経政の墓といわれ
る。逆修〇(〇は塔の古文字)と刻んであるとこ
ろから、経政は生き永らえたわが身の逆修に託し
て、故主や多くの同僚のためにその三回忌である
乾徳元(1370)【北朝暦応安3】年に、この
古戦場近く五輪塔を建てたものだと思われる。
 左の塔には聖慶禅尼生年28とあるがいかなる
人物か定かでない。
 塔は現在地より下手土中に埋もれていたものが
、墓地改修にあたり発見され、現在地に移された

(注)逆修 生者が生前に墓を建てること。
        沼田市教育委員会

南東側から

北東側から

北西側から

では、次へ行きましょう
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群馬県沼田市、白沢町高平「石割桜」です!!

2019-05-13 06:57:39 | 
石割桜は、沼田市役所の東北東約11kmのところ

国道120号線を東へ約10km生枝で

利根沼田望郷ラインに入ります

間も無く、石割桜の案内板が有ります

GCスカイリゾートゴルフ場への入り口を入って

坂道を昇って行くと道路の左手に在ります

大岩の上に花を咲かせています

前の道路脇に車を止めさせて頂きました

(当日も3台の車が止まっていました)




案内板が各所にあります

南側から

東から

北東から


標柱です

説明版です
沼田市指定天然記念物
    石割桜
指定年月日  平成8年2月28日
所在地    沼田市白沢町高平
所有者    高平公益社

根元周囲   1,5m
樹高     5,2m
枝張り  東西14m・南北15m
 大石を割いて伸びている大きな根は見事であり、
白沢地区の歌「白沢よいとこ」にも登場し、住民に
親しまれているカスミザクラ。「見る人の ために
はあらで おくやまにおのがまことを 咲くさくら
かな 詠人不知」の添え歌がある。花の見ごろは5
月上旬である。
 カスミザクラ(霞桜)はバラ科サクラ属の植物。
桜の野生種の一種。花柄に短い毛が生えているため
にケヤマザクラなどとも呼ばれる。命名の由来は遠
くから見たこの樹の様子が霞のように見えることか
らきている。
  平成22年3月  沼田市教育委員会




北側から

北北東側から


南から

では、次へ行きましょう

取材日は2019年5月4日でした
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東京都練馬区、練馬「白山神社の大ケヤキ」(国指定)です!!

2019-05-12 07:21:50 | 巨樹・大木
電車移動で巨木廻りです

練馬区の中心地、西武池袋線ねりま駅の北約500mのところ

白山神社が鎮座します

境内に二本の大ケヤキが在りましたが

2016年10月の台風で上段のケヤキが倒れてしまい

今は、下の境内の一本だけになっています

残念ですが一本を見て来ました

参道入口の鳥居です

白山神社です

神楽殿でしょうか

大ケヤキです、参道石段の手前左(西側)に聳えています

南西側から見上げました

東側から

説明版です
 練馬区登録天然記念物
 国指定天然記念物
   練馬白山神社の大ケヤキ
 白山神社は、練馬宿の氏神で伊邪那美命をまつり、
平安時代に建てられたと伝えられています。
 社の境内の大欅は、現在は二本になってしまいまし
たが、いい伝えによると永保3年(1083)に、源
義家が奥州征伐に下る時、この社に戦勝お祈願して、
奉納した苗の一部であると伝えられています。
 一本は目通り10mほど、今一本は7mあまりあり
高さはともに、25mぐらいで、樹齢は7、8百年を
経ているといわれます(林学博士 本多静六氏の鑑定)
昭和15年(1940)には天然記念物として国の指
定を受けました。
 階段上の株は平成27年10月の台風で折損してし
まいました。
 なおこの付近から、弘安4年(1281)などの板
碑が多く発掘されていることによって、鎌倉時代には
、この神社の周辺に集落が発達していたことが考えら
れます。
  平成元年3月     練馬区教育委員会


ねりまの名木
  白山神社の大ケヤキ
 石段上のケヤキと同じく、源義家が奉納したと伝え
られる由緒があることから指定されました
  樹の高さ 19m  幹の周囲の長さ 8m


保存樹標識です

石段お上がりましょう

石段の中段から見ました

手水舎です

社殿です

狛犬です

拝殿前から大ケヤキを見ました

境内のカヤの木です

社殿東側の稲荷社です

境内社には可愛い狛犬です

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東京都練馬区、東大泉「井頭公園のマルバヤナギ二本」です!!

2019-05-11 07:14:30 | 巨樹・大木
今日は電車移動で巨木を見て来ました

東大泉地区は、練馬区役所の西約7kmのところ

西部池袋線ほうや駅の南東約1kmの所

すっかり住宅地に成った街並みの中の

かつての川(水が有りませんでした)の流れに沿って

井頭公園が有ります


川沿いのサクラ並木の先にヤナギの巨木が見えて来ました

西側から井頭橋です北側のヤナギの根元が見えています

北側のマルバヤナギを南東側から見上げました

標柱です、練馬区指定天然記念物 井頭のヤナギ(二株)

 白子川上流域の湧き水である井頭池(現大泉井頭公園)
の、水辺に生育したマルバヤナギです。
 区内では、大きい部類のヤナギで、高さ8,8mと
6,2mのものが生育しています。
  平成16年(2004)3月 練馬区教育委員会

案内板です
 ねりまの名木
   井頭公園のマルバヤナギ
 区内では数少なくなった樹種であり、また
有数の大きさで、樹形も独特であることから
指定されました。この辺りの豊かな地下水に
よって育まれた樹木です。
 樹の高さ10m  根本の太さ2,3m

南側のマルバヤナギです

南側の根元にも同じ標柱です

説明版です
 ねりまの名木
   大泉井頭公園のマルバヤナギ
 区内では珍しい樹種でしかも最も大きく、
樹形も独特であることから指定されました。
この辺りの豊かな地下水によって育まれた樹
木です。
 樹の高さ9,0m  根本の太さ2,2m



北側のマルバヤナギを北側から


南側のマルバヤナギを南西側から

南側のマルバヤナギを東側から

南側から二本を見ました

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新潟県三条市、笹巻「諏訪神社の杉」です!!

2019-05-10 07:22:51 | 巨樹・大木
笹巻地区は、三条市役所の南東約11kmのところ

国道289号線でかつての下田村へ

下田中学校の手前で国道290号線を南へ入ります

長沢小学校の南で国道を左へそれて

約1kmを東へ向かうと右手奥に赤い鳥居が見えて来ます

山の北裾に参道を北向きに、諏訪神社が鎮座します

参道への道路脇に車を止めさせて頂きました


右手の建物の間に赤い鳥居が見えます

参道入口です

鳥居の先右側に目的のスギが在ります、側の二本の杉も目通り幹囲3mを超える大木です

地上約5mで二幹に別れています、目通り幹囲6,15mの巨木です

下田の名木の案内板です
 幹回り 6,15m
 推定樹齢  300年以上
 平成17年3月31日
  下田村文化財調査研究会


北西側から

杉の大木の間を参道が通っています

南東側参道から

社殿です、東向きに建てられています

かわいい狛犬です

社殿脇の境内から見下ろすように見ました

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新潟県三条市、福島新田「神明社のケヤキ」です!!

2019-05-09 07:23:41 | 巨樹・大木
福島新田は、三条市役所の南西約6kmのところ

三条市役所栄支所の南西側500m程に神明社が鎮座します

参道西側の浦新田集会所です

鳥居との間に車を止めさせて頂きました



参道入口鳥居です

手水舎です

参道右手(東側)に目的のケヤキです



南側から、目通り幹囲5,0mの巨木です

西側から

社殿前から

風格のある狛犬です

社殿です

社殿の北東側から見ました

境内角の祠です、稲荷社でしょうか

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茨城県古河市、東「小蓋宮の大欅」です!!

2019-05-08 07:22:21 | 巨樹・大木
東地区は、古河市役所の西北西約4kmのところと言うよりも

JR宇都宮線こが駅のすぐ東側のところです

古河簡易裁判所の敷地の南西角に小蓋宮(稲荷社)が鎮座します

前の道路脇に車を止めさせて頂きました

小蓋宮稲荷大明神の幟が迎えてくれます

小蓋宮の社です

西側から

説明版です
  古河市指定文化財・天然記念物
     小蓋宮の大欅
       昭和49年5月23日指定
       古河市東3丁目237番地
 かつて畑作中心の古河の農家にとって、春から
夏にかけての雹による農作物の被害は、恐るべき
ことであった。小蓋宮は畑にふたをして雹害から
農作物を守る神として信仰された。昔はこの辺り
は畑の中心地であり、そこに社が祀られ欅が植え
られたのである。
 この大欅は、目通り周囲約7,3m、高さ約3
1,2m、樹齢は600年と推定されるが、樹勢
は旺盛で、四方に枝張りがよく樹形も美しい。今
は周囲がすっかり市街地となったが、その中心部
にある老樹として貴重なものとなっている。
  平成19年1月 古河市教育委員会

北西側から

北側から

東側から

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茨城県古河市、下片田「一乗院のイチョウ」です!!

2019-05-07 06:35:29 | 巨樹・大木
下片田地区は、古河市役所の北東約6kmのところ

国道125号線と新国道4号線との交差点上大野信号の

もう一つ東側の信号をきたに入ると直ぐ右(東)に一乗院が有ります

境内は集落センターの敷地に成っていますので、駐車場を利用しました


佛立山 一乗院です

庚申塔や石仏が並びます


境内東側は綺麗な下片田集落センターに成っています

境内の真中に目的のイチョウが在ります

本堂です、無住のようです

西側の観音堂です

西側から

東側から


北側から見上げました、目通り幹囲5,1mの巨木です



境内の石塔や宝篋印塔のほとんどに破損が見られます


こちらに訪れた4月8日はソメイヨシノが満開でした

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茨城県古河市、谷貝「香取神社のエノキ」です!!

2019-05-06 08:31:50 | 巨樹・大木
谷貝地区は、古河市役所の東南東約6kmのところ

県道7号線沿い谷貝信号のもう一つ南側の信号の

北東側に香取神社が鎮座します

参道東側の公園入口に車を止めさせて頂きました
参道入口と鳥居です

香取神社です

手水舎です

狛犬です


拝殿です

本殿は覆い屋の中ですね

本殿の東側に目的のエノキが在ります

南東側から




東側から



北側から、目通り幹囲5,0mの巨木です

本殿北側の境内社です

軒下に境内社名が書かれています


本殿西側にはカヤの木が在ります

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茨城県古河市、前林「東光寺の椎(スダジイ)」(市指定)です!!

2019-05-05 10:45:20 | 巨樹・大木
前林地区は、古河市役所の南南西約4kmのところ

県道56号線上砂井信号を南へ

次の信号が前林です、ここを右(南西)に

鉄工所のところを右に入ると東光寺です

広い駐車場が有りますので利用させて頂きました




参道入口です

前林山 東光寺です

山門です



参道右手に目的の椎があります



日本樹木保護協会の標柱です

説明版です
 市指定天然記念物
   東光寺の椎
     指定年月日 平成5年6月11日
     管理者   東光寺
  樹種  スダジイ
  学名  Castanopsis cuspidata var.sieboldoii
  幹周  約5,8m
  樹高  15,0m
  樹冠  東西約15m、南北約16m
  樹齢  およそ千年
 スダジイはブナ科シイ属の常緑高木で、イタジイ・ナガジイ
などとも称される。花期は5月下旬から6月、虫媒で開花期に
は強い香りを放つ。わが国の暖帯域(年間平均気温12,5度~
20,0度)の最重要樹種のひとつとされ、東北地方南部から、
九州地方の平野部、特に沿海部や大河・湖沼の沿岸台地または
山地南斜面などに生育する。北限は、太平洋側では福島県南部
日本海側では新潟県、また関東地方の内陸部では栃木県益子町
高舘山が限界である。近縁種にはツブラジイなどがある。
 当該樹はほぼ北限近くに位置し、当地最大規模の幹周を誇り
しかも樹齢千年を越える数少ない貴重な古木である。また、承
平年間(931~938)の平将門の乱に際して焼失した諸堂
を、天承年間(1131~1132)に再興した折植樹された
という寺伝を有する由緒ある名木である。
  平成7年1月         古河市教育委員会

北側から、北面の幹はコンクリート系の物で形造られています

東側から


南側から

南西側から


墓地の入り口に六地蔵様です

手水舎です

本堂です

御堂です

鐘楼です

宝篋印塔です

本堂前から見ました

では、次へ行きましょう
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栃木県日光市、二荒山神社神苑です!!

2019-05-04 07:31:33 | 文化財・寺社
神苑を西へ進みましょう


御神木杉の蔭には「縁結の笹」と

小さな祠の中に丸い「子授け安産の石」です


神輿舎の蔭に大国殿です

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  大国殿
 延享2(1745)年創建、日光二荒山神社では、
「招き大黒」として知られる福の神が祀られており、
大黒天の様々な図像が安置されている。
 もともとは仏教の神であり七福神として知られる
大黒天ちお、農業・漁業・医療の神である大国主命
(大己貴命)を同一のものとして祀る神仏習合の姿
を留めている。
 入り口右側の石像は、垂仁天皇に不老不死の力を
持つ橘を日本に持ち帰るよう命じられたとされる田
道間守である。右手に橘の木を持ち、菓子の神とし
ても信仰されている。


御神木の西側には朋友神社(みともじんじゃ)です、カエルの置物が沢山あります

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  朋友神社
 智慧と医薬の神・少彦名命を祀る神社。奈良時代
の日本最古の歴史書「古事記」において、少彦名命
は二荒山神社の主祭神・大己貴命の日本統治を助け
た神であると記述されている。
 社の正確な創建年代は不明であるが、手水鉢石に
「宝暦三」(1753)と年号が刻まれており、少
なくとも250年程度の歴史を持つ建築であると考
えられる。

少彦名とカエルの説明です

弁財天(弁天様)です


日光山唯一の銭洗い所です

案内板です

霊泉入口です

良い水が豊富に出ています

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  二荒霊泉
 この泉には、二荒山神社周辺で湧出する、二つの
聖なる泉の水が引き込まれている。一つは本殿の背
後にある垣霊山(こうれいさん)から湧き出る「薬
師の霊水」で、眼疾に効果があると言われている。
もう一つは「酒の泉」で、当地の西約1kmの場所
にたつ滝尾神社のほとりから湧き出ている。「酒の
泉」の水で造った日本酒は非常に味がよくなると言
われ、毎年春と秋になると、全国の酒造業者がここ
に来て水を少しだけ汲み、仕込みの種水として利用
する。本社の入り口付近に設置された酒樽は、そう
いった酒造業者が奉納したものである。また、二荒
霊水の水は”若返りの水”とも知られており、健康や
若返りお願う参拝者がここで水を汲み飲んでいる。


清水比庵の歌碑です

説明版です




樹齢約550年の杉の幹が「御神木胎内くぐり」です


若子神社遥拝所です

案内板です
 二荒山神社摂社、御祭神は下照姫命(したてるひめのみこと)です

神苑西端に日光連山のミニチュアが有ります

男体山には良い縁の剣が建ちます

案内板です

良縁ハート投げですね

では、次へ行きましょう

上新道を戻ります

杉並木が綺麗です


日光の巫女「八乙女さん」キャラクターは「神尾明里」です

日光宝物館の北側に「御仮殿」です

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  御仮殿
 御本社を修理する際に御祭神を一時的にお移しする
ための御殿で現在社殿は寛永16年(1639)の建
立。仮の社殿は修理が終わると取り壊されるのが一般
的であるが、日光東照宮では御本社の修理が頻繁に行
われたために仮殿が常備されている。


これは牢だそうです、右から一号牢から三号牢まで並んでいます

鐘楼は工事中のようです


本当に次へ行きます















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栃木県日光市、二荒山神社神苑の「高野槇」と「御神木の杉」です!!

2019-05-03 07:10:28 | 巨樹・大木
二荒山神社拝殿の西側に神苑が有ります

本殿の工事中のための足場がり

今だけの景色が眺められました


神苑の案内図です、神苑入口で拝観料を払って入りましょう(拝観料は200円でした)

神苑に入った左手には日枝神社です

重要文化財
  世界文化遺産
   日枝神社
 嘉祥元(848)年、天台宗の第三代座主・円仁
(794年~864年)によって創建されたと伝わ
る。現在の建物は寛永21(1644)年頃に建て
られたもので、祭神は、山の神また健康の神とされ
る大山咋命(おおやまくいのみこと)である。
 大山咋命の御霊は、京都の近くにある日吉大社か
ら分祀されたものである。

日枝神社の北西側には「高天原」と「絆杉」が在ります

高天原の説明版です


絆杉の説明版です


拝殿の西側には「幸運招き桜」です


右手の玉垣の中に「高野槇」が在ります

北側から見上げました

案内板です、伝弘法大師御手植、樹齢約千年と伝わるります

東側から

本殿は工事中です

御本殿拝観入口から仮設の足場階段を上って屋根の修理現場をみることが出来ました

窓越しに高野槇を見下ろします

この角度から見られるのは本殿の工事中だけですので貴重です

日枝神社の先には神輿舎(しんよしゃ)です

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  神輿舎
 元和3(1617)年に東照宮の御仮殿として建
築された建物。寛永の大造替(1634年)以後の
彩色等で装飾された建物とは異なり、白木の本建築
は創建当時の東照宮を偲ばせる。向かって左から、
味耜高彦根命、大己貴命、田心姫命の乗る神輿が安
置されている。毎年4月13日~17日の期間、春
の訪れを祝う弥生祭で本殿の御霊が、神輿に移され
神社の外へ渡御される。



本殿前には灯籠が並んでいます、南西角に一つだけ青銅製の灯籠が有ります「化け灯籠」です

説明版です
 重要文化財
   世界文化遺産
  化け灯籠
 鎌倉時代の正応5(1292)年、有力武士あっ
た鹿沼勝綱が寄進したとされる青銅製の灯籠。江戸
時代に夜間警護の侍が燈籠の明かりを亡霊の炎と見
誤り、たびたび灯籠を日本刀で切りつけたとされ灯
籠の各所に刻み込まれた70数箇所の小さな刀傷は
そのときのものである。

サクラの木を挟んで、杉の巨木が見えます

正面(本殿西側)に御神木の杉です

案内板です、本社境内第一の巨杉、

樹齢約700年、太さ6,35m、高さ約60mです

西側から
 

神苑を西へ進みます
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