酒田の中央公民館でもある総合文化センターの1階に図書館がある。平日の夕方、大学生風の男が二人、一番奥の書架(詩歌のコーナー)、つまり最も人のいないエリアで、見つめ合って手をつないだり、引っぱり合ったりしている。私のお目当てはその向かいの英文学の棚なので(ほんとです)、別に聞く気はなかったが(ほんとですってば)、書架越しに彼らの声が聞こえてしまう。
「いいじゃないか」
「でも」
衣擦れの音。
「別に僕たち、悪いことしてるわけじゃないよ」
コーリツの図書館でそういうことをするのを普通は悪いことと言うんじゃ!新宿二丁目じゃあるまいし、なんでこんな場所がハッテン場になるかなあ。
さして大きくもない街、酒田にもいわゆるゲイバーはある。ここはオカマのママが経営し、ホモやレズ(政治的に正しくない用語連発)の方々がホステス、というかホスト、というか(よくわからんけど)を務めている店なのである。前の学校の連中と飲みに行った時、われわれのテーブルにはレズの人(ものすごい美人)がついた。クールな対応はさすがソレ系だと感じ入ったが(またも政治的に正しくない、ような気がする)、奥の方からイケイケの格好をしたお姉さんが乾きモノを持ってきてくれる。あ、そうか、この人はお兄さんなのか。それにしてもこいつも美形……と、帰りしなに私に向かって「センセ、お久しぶり?」とウインクして去って行く……まわりは騒然とする。おれ、それ系の人に知り合いはいなかったはず……おや?あの面影……
「あーっ!!○○○○ーっ!?」
私が△△中にいた頃の卒業生だった。クールなレズのお姉さん、急にひっくり返って笑い出す。
「何?」
「だって、あの子を本名で呼んだのって、あなたが初めてよ(笑)」
学生の頃、買ったばかりのスタジアムパーカーの裾の紐が長すぎたので、教室で結んだりほどいたりで長さを調節していると、群馬出身の坊主頭の痩せたクラスメイトが、その作業を飽きもせずじっと見つめている。
「なんだよ。」
「……僕、そういうの見てるの、好きなんだ。」
この睫毛の長い男と友だちになってはいけない、と瞬時に悟った。
(明日につづきます)