主人公のFBI捜査官クラリス・スターリングは、「羊たちの沈黙」ではジョディ・フォスターが演じて大好評だったわけだが、なぜか今回はおりてしまったので(原作のラストが気に入らなかったのではないか、との評判。違うらしいけど)、ジュリアン・ムーアに交代。この人は「ブギーナイツ」での子持ちのポルノ女優役がよかった(この映画、近頃人気のマーク・ウォルバーグ⇒もうすぐ「猿の惑星」が公開だ…が主演している。ラストにものすごいシーンがあるのに、日本ではボカシが入っていて残念でした)が、今回はジョディに比べられて損。死体解剖の際に、臭いをごまかすために白いクスリを鼻の下に塗って間抜けな猿顔になってもなお気高かったジョディには、まあ誰も勝てはしない。
演出のリドリー・スコットは「グラディエーター」でオスカーを獲った勢いそのままに、スタイリッシュに迫る。フィレンツェのシーンは重厚な赤、アメリカは色を抜いた青を基調に、相変わらずあざとい絵作り。端正な情景描写と血みどろの虐殺シーンの対比がまたくどくて嬉しい。
問題は賛否渦巻くグロ描写だろう。人食いハンニバルの被害者にして唯一の生存者、富豪ヴァージャー、例の顔の皮を剥がれ、ハンニバルへの復讐に執着する男の、原作における描写はこうだ……
……彼の一つしかない青い目は、モノクル(単眼鏡)のようなものを通してこちらを見ていたが、そこには目蓋のない目にしめりけを与えるためのチューブが備わっていた。顔のそれ以外の部分には、数年前、外科医たちの手で可能なかぎりの処置が施されていた-骨の上に直接、皮膚が引き伸ばされて移植されていたのである。鼻と唇を欠き、顔に柔らかな肉付けの一切されていないメイスン・ヴァージャーは、歯が異様に大きく剥きだしになっていて、深い深い海洋の底に棲息している生き物を思わせた(中略)それが動くのを見ると、そう、顎が微妙に動き、目がこちらを、正常な人間の顔を、見つめようとして動くのを見ると、抑えがたい吐き気がつきあげてくる。
……これをまさしく原作どおりに映像化しているわけで、R-15も仕方のないところか。最後のテロップが出るまで、誰がヴァージャー役かは隠されている(結構有名どころ→ヒントはハリポタで死んだあの人)。そしてラストだけは、大幅に原作に改変が加えられている。これもお楽しみ。
で、出来映えだが、観た晩にさっそく妻の借りた「羊たちの沈黙」をビデオで見直すと(3回目……この2作を1日で観るのは辛い)、映画としての完成度ははるかに前作が上。
神経を絞り上げるような緊張感があった「羊~」と違い、内臓と血の量は増え、人間の表皮って脆いものだなあと思うものの、その怖さは意外に希薄。というより、目指すものが違うんだと思う。前作から10年、サイコキラーの手口はどんどん進化し続け、もうたいがいの技では観客は驚かない。ならば、ということで今回持ち出したのがハンニバルVSヴァージャーの化け物同士のバトルだろう。それはいいのだが、前作の淡彩な画面に浮かぶ、拘束衣のハンニバルの孤高にはやはり及ばない。しかし、ネタばらしをちょっとすると、人食いハンニバルは今回、画面上ではラストの晩餐を含めて人肉を一切れも食べていない。たった一人食べて見せるのは、ちょっと意外な人物であり、これは原作を読んだ人への大サービス。このテの洒落ッ気は笑えた。
この日、帰ったらおかずはとんかつ。非常においしく戴いたが(笑)、もうハンニバルを観てしまっていることは、まだ妻には内緒なのである。どのタイミングで告白するかなぁ。