あなたが完全犯罪をめざすとする。本格ミステリで設定されるような「誰がやったかわからない」あるいは「自分は犯人ではありえない」タイプではなく、とにかく警察の追跡をふりきって逃亡を成功させるたぐいの完全。
確実なのは県境近くで行うこと。「日本の警察」で特集したように彼らは縄張り意識が強く、警察庁がいくらやきもきしても手柄を向こうに渡したくないものだから情報伝達がうまくいかないので。それに幸か不幸か日本にFBI的組織はないしね。
続いては、殺すなら自分とまったく縁もゆかりもない人間を狙うことだ。共犯者も金銭的つながりだけの方がいい。NシステムだのDNA鑑定だのと捜査は科学的進歩はしているけれど、容疑者となるのはどうしたって被害者となんらかのつながりがある人間を優先する。仲間も、一人がつかまることによって芋づる式に逮捕されるのではたまったものではない。
そしてもうひとつ。きわめつけは“同時多発的”に行うことだ。警官の人員が増やされる傾向にあるといっても、ひとつの所轄内でふたつもみっつも犯罪が同時に発生することは想定されていない。想定してもそんな予算はない。本庁から応援がやって来る前にいっきに片をつけるのは、だからかなり有効だと思う。エド・マクベインが87分署シリーズでその手を一回使っていて、犯人が逮捕されるのはほとんど偶然に左右されていたし。ん?でもそのためには犯人グループは鉄の結束を誇っていなければならないのか。うーん、むずかしいもんですな。
「クリスマスのフロスト」Frost at Christmas
「フロスト日和」A Touch of Frost
「夜のフロスト」Night Frost
とつづいたR.D.ウィングフィールドのフロストシリーズは、常に“結果として同時多発してしまった”複数の事件に、下品きわまりないオヤジ刑事フロストがどう立ち向かうかが核になっている。無能で傲岸な署長からのストレスと、もう若くない身体(今回の原題はHard Frost)と闘いながら、中年の星フロストは、迷い、ふらつき、間違いながらも事件を解決にもっていく。特に下巻の面白さは圧倒的。今作は陰惨な事件が多く、フロストの軽口がなければしんどい思いをしたはず。
ウィングフィールドは、縁もゆかりもない人間に悪意を抱ける現代人と、次第に醜くなっていく英国への憎悪をかくそうともしていない。そして同じくらいのレベルで、哀しい現代人と疲れたイギリスへの愛も。このふたつは同時に成立した。傑作。
え!ウィングフィールドは去年亡くなっちゃったの?もうフロストは二作しか残っていないのか……残念。東京創元社よ、訳すのはゆっくりでいいぞ。終わっちゃったら淋しいじゃないか。