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◆「六助」
長崎で学んできたといっても、保本はまだひよっ子にすぎない。臨床の経験がほとんどないのだから。
狂女に傷つけられ、赤ひげに救われたことで保本は自己嫌悪に沈んでいる。そんな彼を、赤ひげは怪我人の治療にかり出す。しかし麻酔を使わず、患者を押さえつけて開腹する施術に保本は気を失ってしまう。またしても自己嫌悪。
赤ひげは言う。病気の裏側にはさまざまな種類の不幸が潜んでいると。さらに命ずる。死の床にいる六助(藤原釡足には今回、ひとこともセリフがありません)の臨終を見ろ、何も語らない患者の陰にある不幸を感じろと。
しかし保本はその死を、単に醜悪なものとしか感じることができない。六助が死んだその日に、彼の娘と名のる女性が子連れで現れる。彼女の語る六助の人生は壮絶なものだった……
六助の人生を、そして罪深い自分の来し方を語る娘を根岸明美が演じている。この告白は10分間ノンストップ。肉体派女優として認識されていた彼女の一世一代の名演技。ワンテイクでOKになったそうだからおそれいる。完璧主義者の黒澤明を、そして観客を圧倒したわけだ。役にのめりこみすぎた彼女は、試写の途中で席を立ち、死ぬまでこの映画を観ることができなかった。
◆「佐八」
みずから稼いだ金を、ことごとく他者に分け与える佐八(山崎努)という大工は、病をおして働き、他の患者たちに施している。死期を覚った彼は、最後に自分が住んでいた長屋に連れて行ってくれと願う。彼に恩のある長屋の住人と保本に向かって、佐八は妻との過去を語り始める……
この映画随一の抒情的なパート。悲恋物語なのである。以下次号。