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心中をはかった長次の一家。赤ひげや保本は必死で治療する。しかし長次の母親(菅井きん)は言う。
「みんなでそれでいいって決めたんです。どうして助けるんですか」
それでも二人は医師として懸命の治療をつづける。おとよや賄いの女中たちは、死の世界から呼び戻せるという言い伝えを信じて、井戸の中に向かって長次の名を呼ぶ……
貧困と無知とのたたかいという作品のテーマにぴたりとあったエピソード。すばらしい。特に子役のふたりのからみは絶品。泣かせていただきました。
保本は自分を裏切った女性を許し、彼女の妹と内祝言をあげる。ここにすごいキャストが用意されている。保本の父親が笠智衆、母親が田中絹代。妻となるまさえに内藤洋子、その父親が(シラノ・ド・ベルジュラックで高名な)三津田健、母親が風見章子である。なんのお祭りですかってくらいの豪華出演陣。
この映画には他にも志村喬、土屋嘉男、柳永二郎なども出ていて、なにしろ杉村春子がコメディリリーフで登場するのだからぜいたくなことだ。
全体的に演劇的なセリフ回しが最初は気になるけれども、三船敏郎、加山雄三という東宝二枚看板が、活動写真としての味を見せてうれしい。
各エピソードはこのように“小さいお話”だ。だから小津のように静かに静かに描くことももちろん可能だったろう。しかし黒澤はそうしなかった。雨は叩きつけるように降り、風は風鈴をいっせいに鳴らす。小さな話を大きく描いたのである。若いときはそのことへの反感が少しあったかもしれない。
しかし、二年という長期間の撮影で、これだけの豪華キャストがみごとな演技を見せたのだから文句のつけようがない。こんなに何度も特集したのは、終映後に座席で呆然とするくらいに感動したからです。
ただひとつ残念なのは、これ以降、黒澤映画に三船敏郎は出演できなくなり(三船プロの経営のため)、製作費を集めることに黒澤は汲々としなければならなくなったこと(赤ひげのためにも黒澤は自宅を抵当に入れたのだが)。ぜいたくな映画づくりの、最後の作品だったのである。
また黒澤映画が上映される機会があったら、何をおいても駆けつけるぞ。たとえわたしが、杖をつく年齢になったとしても。