正式タイトルは「i 新聞記者ドキュメント」だけれど、画面には筆記体でiの一文字しか出てこない。その意味はラストで明らかになる。
東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者のことは、あなたもどこかで、というか確実に官房長官の記者会見の場で見かけている。いや、画面に抜かれることはないから声を聞いている。
彼女の質問に、菅義偉官房長官は露骨に嫌悪感を示し、スルーしようする。しかし記者はなおも質問をあびせて……
そんな彼女の取材活動を、「A」「放送禁止歌」「職業欄はエスパー」などでおなじみの森達也が追う。
望月記者の原案だった「新聞記者」のドキュメンタリーバージョンでもある。え、日本アカデミー賞で「新聞記者」が作品賞と主演男優賞と主演女優賞?おー、各社持ち回りで授賞してるわけじゃなかったんだね。実はわたしの去年の邦画ベストワンでもあります。キネ旬の順位(11位)は低すぎる。
さて、この映画のなかで望月記者はでかい荷物を抱えて歩き回り、食べ、書き、キーを叩く。なるほど新聞記者ドキュメントだ。しかし彼女は他社の政治部記者とは違い、菅官房長官と関係性が悪化することをおそれない。
記者クラブという悪習に安住している“ジャーナリスト”のようには空気を読まない。しかも、方向音痴。映像の素材として最高だ。
森はこの最高の“主演女優”を、自分の姿もさらすことで冷静に観客に提供する。彼女の孤立と、フリーランスであるがゆえに記者会見場に入れない森(オウム真理教青山総本部の内部にすら招き入れられたのに)のいらだちがシンクロする。
そしてこの作品がすばらしいのは、傲岸不遜な官房長官や首相を支持する層と批判する層のふたつを等価に見ていることだ。複数形Weではなく、あくまで単数、しかも小文字のiでいようという主張だ。
何度かインサートされる魚群の映像。同調圧力の強いこの国で、iでいることはとてもしんどいことだけれども。
2019年キネマ旬報文化映画ベストテン第1位作品。