ヒサマツミドリシジミの飼育を4月と5月に試み、卵から蛹までの様子を富山県在住の 中 毅士 氏とともに観察した。 その結果から、自然界での発生時期に関して考察したい。
ヒサマツミドリシジミ(Chrysozephyrus hisamatsusanus)は、一般的には6月下旬頃から7月上旬頃に見られるが、
ほとんどが発生地ではなく、山の尾根や山頂等である。ヒサマツミドリシジミは、移動性が強く、発生地から離れた場所で生活するのである。(一説には、発生地は渓谷の
切り立った崖のために風が強く、また飛翔能力が弱いために吹き上げられてしまう、とも言われているが定かではない。)
オスは7月中には姿を消すが、メスは夏眠をすると考えられており、秋口になると発生地に戻り、9月下旬頃から10月上旬頃にかけて、
食樹であるウラジロガシの冬芽に産卵する。オスが生活する移動先において、メスを目撃することはないと言われている。
メスは、食樹に朝陽が当たり、渓谷の河原にも朝陽が当たると舞い降りて行き、石の上等に止まって吸水を始める。
この行動は、2015年9月23日に、現地にて実際に観察し「ヒサマツミドリシジミ(メスの吸水行動)」で報告した。吸水後は、ウラジロガシに真っ直ぐに飛んで戻る。午前9時頃までは、
食樹から降りてきては吸水を行うが、9時を過ぎると少なくなり、その後産卵行動に移ると思われる。
卵を産み付ける場所は、20m以上に達するウラジロガシの樹冠部で、樹上の最先端の梢よりは一段下がった梢である。
また、70%が梢の先端に産み付けるのではなく、先端部より3~4枚下方の葉腋の冬芽の基部に生み付けている。(これは、2015年3月24にウラジロガシから採卵した際に観察した。)
卵は直径が1mmに満たず、このまま卵で越冬する。
ヒサマツミドリシジミの卵(撮影:中 毅士 氏 2015.2.15)
孵化後の殻(2015.4.1)
有効積算温度は不明だが、ヒサマツミドリシジミの1齢幼虫は、ウラジロガシの冬芽が展開する前に孵化する。
飼育では4月1日であったが、生息地においても4月8日時点では孵化していたようである。
孵化した1齢幼虫は冬芽に穴を空けて中に潜り込む。理由は不明だが、冬芽の中は、小さな幼虫が外敵から身を守るのに最適な環境であると考えられる。
この行動は、他のミドリシジミ族でも見られる。
冬芽の中で若葉をほとんどを食べつくし、脱皮をして、他の新芽が展開する頃に外に出てくる。
ウラジロガシの冬芽に潜る(撮影:中 毅士 氏 2015.4.17)
ヒサマツミドリシジミの幼虫(2齢 2015.4.7)
ヒサマツミドリシジミの幼虫(3齢 2015.4.17)
巣は作らず、若葉を食べながら早いスピードで成長する。3齢、終齢ともに若葉と同じ保護色をしている。
ヒサマツミドリシジミの幼虫(4齢 2015.4.17)
孵化後、およそ一ヶ月で蛹化するが、蛹化時は、ほとんどが枝から地上の降り、落ち葉(枯葉)の裏返った表側で蛹化し、 一部は、下に降りずに枝で蛹化する。前蛹期間は2日ほどで、前蛹も枯葉と同様の色をしている。(写真は、撮影のために裏返した。)
ヒサマツミドリシジミの前蛹(2015.4.26)
ヒサマツミドリシジミの前蛹(2015.4.26)
ヒサマツミドリシジミの蛹(2015.4.26)
蛹は、段々と黒ずんでいき、10日から2週間で羽化する。飼育では、5月上旬頃に羽化すると思われたが、管理が上手くいかず、
死なせてしまった。蛹の期間は、直射日光が当たらず、ある程度の湿度がなければ、乾燥して死んでしまうようである。
孵化の時期や成長速度、羽化までの日数等は、温度と関係しているが、飼育では、孵化から羽化までの日数は45日であった。
ヒサマツミドリシジミの蛹(撮影:中 毅士 氏 2015.5.25)
羽化したヒサマツミドリシジミのオス(撮影:中 毅士 氏 2015.5.25)
羽化したヒサマツミドリシジミのオス(撮影:中 毅士 氏 2015.5.25)
生息場所に放蝶したヒサマツミドリシジミ(撮影:中 毅士 氏 2015.6.2)
自然界においてヒサマツミドリシジミが見られると言われる6月下旬頃から7月上旬頃は、発生地からの移動後であるから、羽化時期はそれよりも
前であることは間違いない。飼育では、5月上旬から下旬にかけて羽化していた。自然界よりも飼育の温度が高く、成長速度が速かったことが理由として挙げられるが、
ウラジロガシの若葉の展開や成長に合わせてヒサマツミドリシジミの幼虫も生育していることを考えると、自然界においては、飼育下よりも若干遅い程度の時期、つまり、
5月中旬~6月上旬には羽化しているのではないかと考えられる。
羽化した成虫は、一ヶ月近く発生木に留まっているのか、あるいは徐々に場所を変えながら移動するのかは不明であるが、
観察地である北陸では、6月下旬頃から7月上旬頃には、発生木で成虫を確認することはできなかった。また、当地では移動先も不明である。
これらのことから下記の1つの仮説を立て、来年、生息地において調査をしたいと思う。
「ヒサマツミドリシジミは、成虫が目撃される6月下旬頃から7月上旬頃よりも、かなり早い時期に羽化している。」
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本体のHPからは既にリンクしておりましたが、拙ブログからも貴ブログにお気に入りリンクさせていただきますので、よろしくお願いします。
こちらからも、リンクさせていただきました。
ヒサマツミドリシジミの生態、特に成虫の発生時期とその後の行動については、今年も飼育と現地観察にて解明したいと思っております。
私の場合は、観察に富山県を選んでおりますが、当地におけるヒサマツミドリシジミの生態は、他地域とは異なっているようなので、たいへん興味深く思っております。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。