新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAでこまつ座の公演「私はだれでしょう」を観た。
日本放送協会が放送するラジオ番組「尋ね人」は、戦争で離れ離れになった人々が家族の情報を提供する内容で、聴取率が実に90パーセントを超えるという大人気を博していた。製作スタッフたちは忙しくも充実した日々を送っている。
そこに山田太郎?と名乗る男が現れ、敗戦前の記憶がないと言う。知恵を絞った末に「私はだれでしょう」というコーナーを設けて紹介する。
山田太郎という名前が役に立つのか、ヤクザの親分や田舎の大百姓が山田太郎の知り合いだと名乗り出るが、いずれも無関係だったことが判る。その経緯の間に、自分が武芸の達人で英語が喋れて歌が歌えてタップダンスが踊れることが分かる。山田太郎?は何者なのか。
陸軍中野学校は映画「沖縄スパイ戦史」に登場する。出身者が沖縄各地に分散して、あるものは教員となって住民に溶け込む一方、ゲリラを組織して戦う。ルバング島で見つかった小野田寛郎少尉も中野学校の出身者である。生きて虜囚の辱めを受けずとか、最後の一兵卒になっても戦えという戦陣訓と逆の考え方をしていて、捕まったら敵方に寝返った体を装い、二重スパイとして働け、などといった教育をしていたらしい。ほぼCIAの工作員に等しい。山田太郎?は中野学校の出身者であった。
井上ひさしは戦争の最も暗い部分にも踏み込みつつ、一方で言論の自由を追求する日本放送協会の初期のスタッフたちの頑張りを表現する。歌と踊りが挿入され、辛くて暗い話が何故か明るい芝居になった。
山田太郎?の話と並行して在米日本人の二世の話や「尋ね人」がヒロシマ、ナガサキを紹介しなかったこと、労働争議の話などが進行する。芝居自体は戦争と言論の自由と労働問題という大きなテーマだが、食べたり飲んだりという場面が、話を常に日常レベルに引き戻してくれる。戦争も言論の自由も、抽象的な話ではなく日常生活を送る生きた人間の話なのだ。
出演者は歌があまり上手でないところも含めて、みな好演だった。上手に歌うのではなく熱を持って歌うという演出だったのかもしれない。笑える場面もたくさんあった。井上ひさしは何もかも笑い飛ばしてしまいたかったのだろう。感動的で面白くて楽しい、いい芝居だったと思う。