70余年の長い歴史を持つ雑誌が休刊になる。
昭和7年創刊の住宅雑誌「ニューハウス」
庶民の家は借家が当たり前の頃から始まり、戦後の住宅難から
バブル期の大枚を使った住宅造りをへて
建築家や工務店を結ぶプロデューサー機関全盛の今、ついに力尽きたのだろうか?
半月ほど前に専属のカメラマンから「円満退職」の葉書が届き、
程なく仲間から「休刊」の知らせをもらった。
売れ行きの低迷か?その他の理由か?
ニューハウス誌は住宅雑誌の草分け的な存在だった。
大きな出版社に属せず、この雑誌を中心として住宅のムックを発行
住宅関連の単行本を出版していて、出版界ではごく小さな会社なのだろう。
しかし、老舗だけあって編集者の情熱は並々ならぬものだったし、
ここ数年の紙面刷新で洗練された雑誌になっていた。
私の設計した住宅も何回も取り上げられ、「見ました」と言う設計依頼もあった。
10年前くらいまでは住宅専門誌は「新しい住まいの設計」と「ニューハウス」だけだった。
(「都市住宅」などもあったが有名建築家を取り上げていた)
その後婦人雑誌から男性の専門誌まで住宅が掲載され
ファッション化されてきた。
住みやすく、居心地がいいだけでは取り上げられなくなった上、
「ローコスト」が席巻する。
住宅業界も難しい時代になったのだろう。
「ニューハウス」の休刊は象徴的なものに思える。
私の所属する家づくりの会の誰かが常に掲載されていたり
会の発足当初から連載物でお付合いが続いていた。
近年のの連載では「建築家達の発想力」や「良質空間探訪」など
カラーの紙面を割り当てられていた。
「良質空間探訪」は名建築を尋ね歩き文章を書く、きついが楽しい紙面が出来ていた
昨年で連載は終わったものの、
単行本化に向けて取材の継続を計画したばかりだった。
まことに残念だし、寂しい思いだ。
昭和7年創刊の住宅雑誌「ニューハウス」
庶民の家は借家が当たり前の頃から始まり、戦後の住宅難から
バブル期の大枚を使った住宅造りをへて
建築家や工務店を結ぶプロデューサー機関全盛の今、ついに力尽きたのだろうか?
半月ほど前に専属のカメラマンから「円満退職」の葉書が届き、
程なく仲間から「休刊」の知らせをもらった。
売れ行きの低迷か?その他の理由か?
ニューハウス誌は住宅雑誌の草分け的な存在だった。
大きな出版社に属せず、この雑誌を中心として住宅のムックを発行
住宅関連の単行本を出版していて、出版界ではごく小さな会社なのだろう。
しかし、老舗だけあって編集者の情熱は並々ならぬものだったし、
ここ数年の紙面刷新で洗練された雑誌になっていた。
私の設計した住宅も何回も取り上げられ、「見ました」と言う設計依頼もあった。
10年前くらいまでは住宅専門誌は「新しい住まいの設計」と「ニューハウス」だけだった。
(「都市住宅」などもあったが有名建築家を取り上げていた)
その後婦人雑誌から男性の専門誌まで住宅が掲載され
ファッション化されてきた。
住みやすく、居心地がいいだけでは取り上げられなくなった上、
「ローコスト」が席巻する。
住宅業界も難しい時代になったのだろう。
「ニューハウス」の休刊は象徴的なものに思える。
私の所属する家づくりの会の誰かが常に掲載されていたり
会の発足当初から連載物でお付合いが続いていた。
近年のの連載では「建築家達の発想力」や「良質空間探訪」など
カラーの紙面を割り当てられていた。
「良質空間探訪」は名建築を尋ね歩き文章を書く、きついが楽しい紙面が出来ていた
昨年で連載は終わったものの、
単行本化に向けて取材の継続を計画したばかりだった。
まことに残念だし、寂しい思いだ。
ニューハウスはとても懐かしいです。
あれから12年超、私も設計事務所を閉めてのんびり暮らしています。
ニューハウスはチェリン様のお母様のような読者に支えられた雑誌だったのですね。
お母様のご健康をお祈りいたします。