草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

善良な心情が通用しないのが力の極限行使としての戦争だ!

2017年04月06日 | 安全保障

目前に戦争の危機が迫っているのに、相も変わらず国会では森友学園騒動である。マスコミもそればかりを論じている。国防をどのように充実させるか、ミサイル攻撃やテロに対してどう対応をするかの議論は、まったく行われていない。こんなことでいいのだろうか。ことここにいたって防衛費の増額に反対するのは、暴論以外の何物でもない▼戦争の本質について、クラウゼヴィッツは『戦争論』(日本クラウゼヴィッツ学会訳)において明確に述べている。「人道主義の人々は、甚大な損傷も与えずに人為的に敵の武装を解除しうるし、あるいは敵を圧倒することができるとし、これが戦争術の本来の目的であると簡単に考えている。このような主張はいかにも良くみえるが、断じてこの誤りは粉砕されなければならない。何故ならば、戦争のようなきわめて危険な事態では、善良な心情から生じる誤りこそ最悪のものだからである。物理的力を全面的に行使するに際しても、知性の働きは決して失われていないので、この力を容赦なく、しかも流血をいとわず行使する者は、敵がそうしない限り優勢を得るに違いない」▼北朝鮮が仕掛けてくるのか、アメリカが先制攻撃をするかは別にして、東アジアでは一触即発の事態が続いている。日本人が地獄を見るようなことにならないために、できるかぎりのことをしなくてはならない。平和ボケは日本に敵対する国家を利するだけなのである。

にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ

 

               ←応援のクリックをお願いいたします。

 

 

政治 ブログランキングへ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする