日本人は英語帝国主義に毒されてならない。考える言語は一つであり、日本人にとっては日本語が大事なのである。それを忘れたかのような議論が横行していることに、もつと私たちは危機感を持つべきだろう▼佐伯啓思の『西田幾多郎』は日本語での哲学の意義を高く評価しているが、そこである留学生が「日本では国をあげて英語教育をしようとしているようですが、いったいどうしてなのですか。どうして人々は反対しないのですか?」と聞いてきたというエピソードを紹介していた。佐伯が「君はどうしてそう思うの?」と聞き返すと、その留学生は「日本語だけで話が通じるというのは大変な日本のメリットじゃないですか。他の多くの国々は色々な民族がいたり、植民地になったりしていて自国語だけでできないからしょうがなく他国語を学んでいるんじゃないですか。しかも、本当は自国語しかしゃべらない人にちゃんと仕事を与えることこそが政府の役割なんじゃないですか」と語ったというのだ▼佐伯も「まったくその通りです」と書いているが、今の政府はそれと逆の政策を打ち出している。グローバル化に対応するために、小学校から英語教育を実施し、英語の修得を教育の主眼にしようとしている。それによって何が生じてきているか。日本の古典はなおざりにされ、日本人が日本人でなくなってきているのだ。それで安倍総理はよいと思っているのだろうか。まずは日本語を自由に操れる教育こそが最優先されるべきなのである。
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