創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

「わたしなりの枕草子」#312

2012-02-10 09:02:46 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑩
 参りたれば、はじめ下りける人、物見えぬべき端に八人ばかりゐにけり。一尺余、二尺ばかりの長(な)押(げし)の上におはします。
「ここに、立ち隠して率て参りたり」
と申し給へば、
「いづら」
とて、御几帳のこなたに出でさせ給へり。まだ、御裳・唐の御衣奉りながらおはしますぞ、いみじき。紅の御衣ども、よろしからむやは。中に、唐綾の柳の御衣、葡萄(えび)染(ぞめ)の五(いつ)重(へ)がさねの織物に赤色の唐の御衣・地摺の唐の薄物に、象(ざう)眼(がん)重ねたる御裳(おんも)など奉りて、ものの色などは、さらに、なべてのに似るべきやうもなし。
「我をばいかが見る」
と仰せらる。
「いみじうなむ候ひつる」
なども、言(こと)に出でては世の常にのみこそ。「久しうやありつる。それは大(たい)夫(ぶ)の、院の御供に着て、人に見えぬる、同じ下襲ながらあらば、『人、「わろし」と思ひなむ』とて、こと下襲縫はせ給ひけるほどに、遅きなりけり。いと好き給へり」
とて笑はせ給ふ。いとあきらかに、晴れたる所は、今少しぞ、けざやかにめでたき。御額あげさせ給へりける御釵子(さいし)に、分け目の御髪のいささか寄りて、しるく見えさせ給ふさへぞ、聞こえむ方なき。

【読書ノート】
 物見えぬべき端に=見物できそうな前の方に。長(な)押(げし)の上に=(高さの)。
 ここに=私(伊周)が。立ち隠して=目隠しになって。
 いづら=どうした。
 よろし=並。並であるはずがあろうか(ない)。なべての=一般の人。
 久しうやありつる=随分待ったかしら。  大(たい)夫(ぶ)=道長。同じ下襲ながらあらば=同じ下襲のままで(私=中宮に)供(ぐ)奉(ぶ)したら。こと=別の。好き給へり=おしゃれでいらっしゃる。
 道長の意外な面を見る思いです。この時道長二十九才。
 あきらかに=明るくて。晴れたる所は=晴れがましい場所柄。今少しぞ=普段より。けざやかに=くっきりと。釵子(さいし)=簪(かんざし)。しるく=はっきりと。聞こえむ方なき=申し上げようもなく(美しい)。

「わたしなりの枕草子」#311

2012-02-09 07:46:09 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑨
 朝日の、華々(はなばな)とさしあがるほどに、葱(ねぎ)の花いときはやかにかがやきて、御輿の帷子(かたびら)の色つやなどの清らささへぞ、いみじき。御綱(みづな)張りて、出でさせ給ふ。御輿の帷のうちゆるぎたるほど、まことに、「頭(かしら)の毛」など、人のいふ、さらに虚言(そらごと)ならず。さてのちは、髪あしからむ人もかこちつべし。あさましう、いつくしう、なほ、「いかで、かかる御前に馴れ仕るらむ」と、わが身もかしこうぞ、おぼゆる。御輿過ぎさせ給ふほど、車の榻(しぢ)ども、一度(ひとたび)にかきおろしたりつる、また牛どもにただ掛けに掛けて、御輿の後(しり)につづけたる心地、めでたく興あるさま、いふかたもなし。
 おはしまし着きたれば、大門(だいもん)のもとに高麗(こま)・唐土(もろこし)の楽して、獅子・狛犬踊り舞ひ、乱(らん)声(じやう)の音・鼓の声に、ものもおぼえず。「こは、生きての仏の国などに来にけるにやあらむ」と、空に響きあがるやうにおぼゆ。
 内に入りぬれば、色々の錦の幄(あげばり)に、御簾いと青くかけわたし、屏幔(へいまん)ども引きたるなど、すべてすべて、さらに「この世」とおぼえず。 御桟敷にさし寄せたれば、またこの殿ばら立ち給ひて、
「疾う下りよ」
とのたまふ。乗りつる所だにありつるを、今少しあかう顕証なるに、つくろひ添へたりつる髪も、唐衣の中にてふくだみ、あやしうなりたらむ。色の、黒さ・赤ささへ見え分かれぬべきほどなるが、いとわびしければ、ふとも得下りず。
「先ず、しりなるこそは」
などいふほどに、それも同じ心にや、
「退(しぞ)かせ給へ。かたじけなし」
などいふ。
「恥ぢ給ふかな」
と笑ひて、からうじて下りぬれば、寄りおはして、
「『むねかたなどに見せで、隠しておろせ』と、宮の仰せらるれば、来たるに、思ひぐまなく」
とて、引き下ろして、率(ゐ)て参り給ふ。「さ、聞こえさせ給ひつらむ」と思ふも、いとかたじけなし。

【読書ノート】
 葱(ねぎ)の花=屋根にねぎぼうずを形取った金属製の擬(ぎ)宝(ぼ)珠(し)飾り。御綱(みづな)張りて=御輿の綱を四隅から四方に張って、御綱(みづな)の助がその端を取って、揺れを防ぐ。さらに=(下に打ち消しの語を伴って)全然。決して。まったく。かこち=託つ。①口実にする。②愚痴を言う。嘆く。どちらの口語訳もあります。御輿過ぎさせ給ふ=(私たちの所を)。榻(しぢ)=轅(ながへ)の誤りか。御輿が先に立たれる時、女房車の轅を一斉に榻(しぢ)からおろして車ごと低頭する。→萩谷朴校注。
 おはしまし~=(積善寺に)。ものもおぼえず=無我夢中である。空に響き=(楽の音と共に)。昇天する。
 幄(あげばり)=参列の人のために庭に設けた仮屋。
屏幔(へいまん)=式場・会場などに張りめぐらす幕。
 御桟敷(中宮様の)。
 乗りつる所だにありつるを=乗った所でさえそうだったのに。あかう=明るく。つくろひ添へたりつる=(髢(かもじ)=そえがみを添えて)。
黒さ・赤さ=地髪の黒さ。髢(かもじ)の赤さ。わびし=やりきれない。ふと=すぐに。
「退(しぞ)かせ給へ。かたじけなし」=お退き下さい。もったいのうございます。主語は清少納言。
 むねかたなど=不詳。作者が見られるのに都合の悪い男(別居中の夫)。思ひぐまなく=(退けなんて)察しが悪い。主語は伊周。
 別居中の夫と顔を合わせないようにという中宮の配慮がありがたい。華麗な行事の中に、中宮と清少納言の心の交流が描かれています。素晴らしい段ですね。難しいけれど……。

「わたしなりの枕草子」#310

2012-02-08 09:46:57 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑧
 みな、乗りはてぬれば、曳き出でて、二条の大路に榻(しぢ)にかけて、物見る車のやうに立て並べたる、いとをかし。「人も、さ見たらむかし」と心ときめきせらる。四位・五位・六位などいみじう多う出で入り、車のもとに来て、つくろひ、物言ひなどする中に、明(あき)順(のぶ)の朝(あ)臣(そん)の心地、空を仰ぎ、胸を反らいたり。
 まづ、院の御迎へに、殿をはじめ奉りて、殿上人・地下などもみな参りぬ。
「それ、わたらせ給ひて後に、宮は出でさせ給ふべし」
とあれば、「いと心もとなし」と思ふほどに、日さしあがりてぞ、おはします。御車ごめに、十五、四つは尼の車。一の御車は唐車なり。それにつづきてぞ、尼の車。後(しり)・口より水晶の数珠、薄墨の裳・袈裟・衣、いといみじくて、簾は上げず、下簾も、淡色(うすいろ)の、裾少し濃き。次に女房の十。桜の唐衣・淡色(うすいろ)の裳・濃き衣・香染め・淡色(うすいろ)の表(うは)着(ぎ)ども、いみじうなまめかし。
 日は、いとうららかなれど、空は緑に霞みわたれるほどに、女房の装束の、匂ひあひて、いみじき織物・色々の唐衣などよりも、なまめかしう、をかしきこと、限りなし。
 関白殿、その次々の殿ばら、おはする限り、もてかしづき、渡し奉らせ給ふさま、いみじくぞめでたし。これをまづ、見たてまつり、めで騒ぐ。
 この車どもの、二十立て並べたるも、また、「をかし」と見るらむかし。
「いつしか出でさせ給はなむ」と、待ち聞こえさするに、いと久し。「いかなるらむ」と、心もとなく思ふに、からうじて、采(うね)女(べ)八人、馬(むま)に乗せて曳き出づ。青裾濃(あをすそご)の裳(も)・裙帯(くたい)・領(ひ)布(れ)などの、風に吹きやられたる、いとをかし。豊前(ぶぜ)といふ采女は、典(てん)薬(やくの)頭(かみ)重雅(しげまさ)が知る人なりけり。葡萄(えび)染(ぞめ)の織物の指貫(さしぬき)を着たれば、
「重雅は色許されにけり」
など、山の井の大(だい)納(な)言(ごん)笑ひ給ふ。
 みな、乗り続きて立てるに、今ぞ、御(み)輿(こし)出でさせ給ふ。「めでたし」と、見奉りつる御有様には、これはた、比ぶべからざりけり。

【読書ノート】
 曳き出で=(門外へ)。
 榻(しぢ)=牛車の牛をはずした時、轅(ながえ)の軛(くびき)を支え、また乗り降りの踏台として用いる具。→広辞苑第六版。こういうのを電子本で図示できたらなあと思います。一目瞭然ですものね。
 つくろひ=(車を)整える。明(あき)順(のぶ)の朝(あ)臣(そん)=貴子の兄。中宮の伯父。晴れの行啓に大得意です。
 院=東三条院(九六二ー一〇〇二)円融天皇の女御。 藤原兼家の娘。藤原道長の姉。一条天皇の生母。九九一年出家。太上天皇(譲位後の天皇の称号)に準じて女院号の最初である東三条院をさずけられた。名は詮(せん)子(し)。→ (デジタル版日本人名大辞典+Plusから抜粋)。大変な女性ですね。
 それ、わたらせ給ひて後に=女院が、こちらへ起こしになってから。
 心もとなし=待ち遠しい。御車=お召し車。ごめ=含めて(一五台)。後(しり)・口=車の後先の簾から。
 匂ひあひて=(春の日差しと)色調が釣り合っていて。いみじき織物・色々の唐衣=立派な織物やいろんな色の唐衣よりも(なまめかし=優美である)。もてかしづき=大切にお世話をして。渡し奉らせ給ふさま=お供されている様子は。これをまづ=(私たちは)。女院の行列をまず(拝見して)。
 この車=中宮側の女房車。見るらむかし=(先方では)。
 いつしか=早く。
 采(うね)女(べ)=宮中の女官の一。天皇・皇后のそば近く仕え,日常の雑役にあたる者。律令制以前には地方の豪族が,律令制では諸国の郡司以上の者が一族の娘のうち容姿端麗な者を後宮に奉仕させた。うねべ。知る=親しい。「重雅は色許されにけり」=豊前(ぶぜ)と重雅の関係を揶揄した。女人でも馬に乗る時は指貫(さしぬき)をはいた。
 御(み)輿(こし)=(中宮の)。御有様=(女院の)。比ぶべからざりけり=比較にならぬ素晴らしさだった。

「わたしなりの枕草子」#309

2012-02-07 07:16:20 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑦
「御経のことにて、明日わたらせ給はむ」
とて、今夜(こよひ)参りたり。
 南の院の北面にさしのぞきたれば、高杯どもに火をともして、二(ふた)人(り)、三人(みたり)、三(さん)、四(よ)人(にん)、さべきどち、屏風引き隔てたるもあり、几帳など隔てなどもしたり。また、さもあらで、集まりゐて、衣ども綴(と)ぢ重ね、裳(も)の腰さし、化粧するさまは、さらにも言はず、髪などいふもの、明日よりのちは、ありがたげに見ゆ。「寅の時になむ、わたらせ給ふべかなる。などか、今まで参り給はざりつる。扇持たせて、求め聞こゆる人ありつ」
と告ぐ。
 さて、「まことに寅の時か」と、装束きたちてあるに、明けはて、日もさし出でぬ。
「西の対の唐(から)廂(ひさし)にさし寄せてなむ、乗るべきとて、渡殿へある限り行くほど、まだうひうひしきほどなる新参(いままゐり)などはつつましげなるに、西の対に殿の住ませ給へば、宮も、そこにおはしまして、「先(ま)づ、女房ども車に乗せ給ふを御覧ず」とて、御(み)簾(す)のうちに、宮・淑(し)景(げい)舎(き)、三、四の君、殿の上・その御妹(おんおとと)三(み)所(ところ)、立ち並みおはしまさふ。
 車の左右に、大納言殿・三位の中将、二(ふた)所(ところ)して簾(すだれ)うち上げ、下簾引き開けて、乗せ給ふ。うち群れてだにあらば、少し隠れどころもやあらむ、四人づつ、書(かき)立(たて)にしたがひて、「それ」
「それ」
と呼び立てて、乗せ給ふに、歩み出づる心地ぞ、まことにあさましう、「顕(け)証(そう)なり」といふも、世の常なり。
 御簾のうちに、そこらの御目どもの中に、宮の御前の「見苦し」と御覧ぜむばかり、さらに侘びしきことなし。汗のあゆれば、つくろひ立てたる髪なども、「みなあがりやしたらむ」とおぼゆ。からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、恥づかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふも、現(うつつ)ならず。されど、倒れで、そこまでは行きつきぬるこそ、かしこきか、面(おも)なきか、思ひ辿らるれ。

【読書ノート】
 わたらせ給ふ=(中宮様が)積善寺へ行啓される。今夜(こよひ)=前夜。
 高杯どもに=いくつもの高杯に。「ども」複数であることを示す。さべきどち=さるべき仲間。以下準備に忙しい女房達の姿である。
髪などいふもの、明日よりのちは、ありがたげに見ゆ=「いふ」は「結ふ」の誤写か。なくなってしまいでもしそうに(一生懸命に手入れ)をしている。→萩谷朴校注。不詳です。
 寅の時=寅の刻は午前3時~5時。正寅の刻として午前四時。べかなる=はずだそうです。扇持たせて、求め聞こゆる人ありつ=(注文の)扇を(使いの者に)もたせて、お探しなっている人があった。
 告ぐ=(私に)。
 ある限り=女房がみんな。つつましげ=気おくれするようす。宮(定子当年十八才)・淑(し)景(げい)舎(き)(中の宮)、三、四の君(御匣(みくしげどの)殿(どの))
、殿の上(貴子)・御妹(おんおとと)三(み)所(ところ)(定子の乳母→九十段、二百二十三段)=清少納言はこの時淑(し)景(げい)舎(き)の後ろ姿を見たと答えた(九十九段)。→萩谷朴校注。
 大納言殿=伊周。三位の中将=隆家(伊周の弟)。華麗なる一族の総出演。
 下簾=牛車 の簾の内側に掛ける絹のとばり。長さ 三Mほど。二筋を並べ掛け,簾の下から外へ長く出して垂らす。→大辞林。
 書(かき)立(たて)=順番を記した書き付け。
 顕(け)証(そう)=あらわである。世の常なり=言い足りない。
 さらに侘びしきこと=それ以上に辛いこと。あゆ=吹き出る。つくろひ立てたる=きれいに整えた。あがり=逆立つ。面(おも)なき=図々しい。思ひ辿らるれ=あれこれ思われることだ。

「わたしなりの枕草子」#308

2012-02-06 07:53:26 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑥
 御(み)輿(こし)は疾く入らせ給ひて、しつらひゐさせ給ひにけり。
「ここに呼べ」
と仰せられければ、
「いづら」
「いづら」
と右京・小左近などいふ若き人々待ちて、参る人ごとに見れど、なかりけり。
 下るるにしたがひて、四人づつ、御前に参りつどひて候ふに、
「あやし。なきか。いかなるぞ」
と仰せられけるも知らず、ある限り下りはててぞ、からうじて見つけられて、
「さばかり仰せらるるに、遅くは」
とて、ひきゐて参るに、見れば、「いつの間に、かう年来(としごろ)の御すまひのやうに、おはしましつきたるにか」と、をかし。
「いかなれば、かう『亡きか』とたづぬばかりまでは、見えざりつる」
と仰せらるるに、ともかくも申さねば、もろともに乗りたる人、
「いとわりなしや。最果(さいはち)の車に乗りて侍らむ人は、いかでか、疾くは参り侍らむ。これも、、御厨子(みづし)がいとほしがりて、譲りて侍るなり。暗かりつるこそわびしかりつれ」
と詫ぶ詫ぶ啓するに、
「行事する者の、いと悪しきなり。また、などかは。心知らざらむ人こそはつつまめ、右衛門など言はむかし」
と仰せらる。
「されど、いかでかは、走り先(さいだ)立(たて)ち侍らむ」などいふ。片への人、「にくし」と聞くらむかし。
「さま悪しうて、高う乗りたりとも、かしこかるべきことかは。定めたらむさまの、やむごとなからむこそよからめ」
と、ものしげに思しめしたり。
「下り侍るほどの、いと待ち遠に苦しければにや」
とぞ申しなほす。

【読書ノート】
 疾く=「早く」と「すでに。とっくに」。ここは後者です。しつらひゐさせ給ひにけり=(御座所の設けも)整えて座っておいでである。
 なかりけり=(私は)いなかった。
 下るるにしたがひて=(車から)下りた順番に。
 ある限り=全部。見つけられて=(若き人々)に見つかって。
 ひきゐて=引っ立てられて。年来(としごろ)=長年。
『亡きか』=死んだのか。
 ともかくも申さねば=何にも言わないので。
 これも=これでも。乗ってきた車も。
 詫ぶ詫ぶ=困り果てて。
 行事する者=係の役人。心知らざらむ人=事情の分からないもの。清少納言。つつまめ=遠慮もしよう。
 走り先(さいだ)立(たて)ち侍らむ=「我勝ちに車に乗った女房」を暗にさしているのか。片への人=(耳の痛い)はたの女房たち。
 高う乗りたり=(身分違いの早い車)。定めたらむさまの=規定通り。やむごとなからむ=格別なのが。ものしげに=不愉快そうな。
「下り侍るほどの、~=車から降りる時。右(うえ)衛(も)門(ん)が中宮からお咎めを受けた女房達をとりなした。
 非公式であったので、車に乗る順番は必ずしも決まっていなかったらしい。そこから混乱が起こった。→枕草子・小学館。

「わたしなりの枕草子」#307

2012-02-05 08:31:05 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に⑤
 さて、八九日のほどにまかづるを、
「今少し近うなりてを」
など、仰せらるれど、出でぬ。
 いみじう、常よりものどかに照りたる昼つ方、
「『花の心開(ひら)け』ざるや。いかに、いかに」とのたまはせたれば、
「『秋』はまだしく侍れど、『夜(よ)に九(ここの)度(たび)のぼる』心地なむ、し侍る」
と聞こえさせつ。
 出でさせ給ひし夜、車の次第もなく、「先(ま)づ、先(ま)づ」と、乗り騒ぐがにくければ、さるべき人と、
「なほ、この車に乗るさまのいとさわがしう、祭の還へさなどのやうに、倒れぬべくまどふさまの、いと見苦しきに」
「ただ、さばれ。乗るべき車なくてえ参らずは、おのづからきこしめしつけて賜はせもしてむ」
など、言ひあはせて、立てる前より、押し凝りてまどひ出でて、乗りはてて、
「かう期(ご)」
といふに、
「まだし。ここに」
といふめれば、宮司(みやづかさ)寄り来て、
「誰々おはするぞ」
と、問ひ訊きて、
「いとあやしかりけることかな。『今はみな乗り給ひぬらむ』とこそ、思ひつれ。こは、など、かう遅れさせ給へる。今は、得(とく)選(せん)乗せむとしつるに。めづらかなりや」
などおどろきて、寄せさすれど、
「さば、先(ま)づ、その御心ざしあらむをこそ、乗せ給はめ。次にこそ」
といふ声を聞きて、
「けしからず、腹ぎたなくおはしましけり」などいへば、乗りぬ。その次には、まことに御厨子(みづし)が車にぞありければ、火もいと暗きを、笑ひて、二条の宮に参り着きたり。

【読書ノート】
 近うなりて=(供養当日)。
『花の心開(ひら)け』=「白楽天詩集」の第六句を引いて帰参を促している。
『秋』=同じく「白楽天詩集」の第四句を引いて返事をする。
 出でさせ給ひし夜=二月六日頃内裏から二上の新邸においでになった夜を回想。突然時間を遡ります。次第もなく=(車の)順番を守るでなく。「先(ま)づ、先(ま)づ」=われ先に。さるべき人=適当な。祭の還へ=二百五段参照。
 さばれ=どうとでもなれ。ままよ。おのづからきこしめしつけて=自然とお耳に達して。賜はせ=(車を)。
 乗りはてて=乗り終わったので。
「かう期(ご)」=これでおしまいですか。
 宮司(みやづかさ)=配車係の役人。
 得(とく)選(せん)=下級女官。めづらか=珍か。珍しい。
「さば~」=古参の右(うえ)衛(も)門(ん)(前出のさるべき人)の科白。
 御厨子(みづし) (御厨子所に仕える女官)=(得(とく)選(せん)の)。

「わたしなりの枕草子」#306

2012-02-04 07:33:05 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に④
 掃司(かもんづかさ)参りて、御格子(みかうし)参る。主(との)殿(も)の女官、御きよめなどに参りはてて、起きさせ給へるに、花もなければ、
「あな、あさまし。あの花どもはいづち往ぬるぞ」
と仰せらる。「
「暁に『花盗人あり』といふなりつるを、なほ、枝など少しとるにやとこそ聞きつれ。誰がしつるぞ、見つや」
と仰せらる。
「さも侍らず。まだ暗うて、よくも見えざりつるを。白みたる者の侍りつれば、『花を折るにや』と、後ろめたさに、言ひ侍りつるなり」
と申す。
「さりとも、みなはかう、いかでか取らむ。殿の隠させ給へるならむ」
とて笑はせ給へば、
「いで、よも侍らじ。『春の風』のして侍るならむ」
と啓するを、
「『かう言はむ』とて隠すなりけり。盗みにはあらで、いたうこそ、風流(ふり)なりつれ」
と仰せらるも、めづらしきことにはあらねど、いみじうぞめでたき。
 殿おはしませば、「寝くたれの朝顔も、時ならずや御覧ぜむ」とひき入る。おはしますままに、
「かの花は失せにけるは。いかで、かうは盗ませしぞ。いとわろかりける女房達かな。睡(い)汚(ぎた)なくて、え知らざりけるよ」
とおどろかせ給へば、「
「されど、『我よりさきに』とこそ思ひて侍りつれ」
と、忍びやかにいふに、いと疾(と)う聞きつけさせ給ひて、
「さ思ひつることぞ。『よに、こと人出でゐて見じ。宰相とそことのほどならむ』とおしはかりつ」
といみじう笑はせ給ふ。
「さりけるものを、少納言は、春の風に負(お)ほせける」
と、宮の御前のうち笑ませ給へる、いとをかし。
「虚言(そらごと)を負(お)ほせ侍るなり。『今は、山田もつくる』らむものを」
などうち誦ぜさせ給へる、いとなまめき、をかし。
「さても、ねたく見つけられにけるかな。さばかりいましめつるものを。人の御方には、かかるいましめ者のあるこそ」
などのたまはす。
「『春の風』は、そらにいとかしこうもいふかな」
など、またうち誦(ず)

「わたしなりの枕草子」#305

2012-02-03 07:26:49 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に③
君など、いみじく化粧(けさう)じ給ひて、紅梅の御衣(おんぞ)ども、「劣らじ」と、着給へるに、三の御前は、御匣(みくしげ)殿(どの)、中姫君よりも大きに見え給ひて、「上」など聞こえむにぞよかめる。
上もわたり給へり。御几帳引き寄せて、あたらしう参りたる人々には見え給はねば、いぶせき心地す。
さしつどひて、かの日の装束・扇などのことを言ひあへるもあり。また、挑み隠して、「まろは、何か。ただあらむにまかせてを」などいひて、
「例の、君の」
など、憎まる。
夜さり、まかづる人多かれど、かかるをりのことなれば、えとどめさせ給はず。
上、日々にわたり給ひ、夜もおはします。 君たちなどおはすれば、御前、人ずくなならでよし。
御使、日々に参る。
御前の桜、露に色はまさらで、日などにあたりてしぼみ、わろくなるだに口惜しきに、雨の、夜降りたるつとめて、いみじく無徳なり。いと疾(と)う起きて
「『泣きて別れ』けむ顔に心劣りこそすれ」といふを聞かせ給ひて、
「げに雨降るけはひしつるぞかし。いかならむ」
とて、おどろかせ給ふほどに、殿の御方より、侍の者ども、下(げ)種(す)など、あまた来て、花の下(もと)にただ寄りに寄りて、曳き倒(たふ)し、取りてみそかに行く。
「『まだ暗からむに』とこそ仰せられつれ。明け過ぎにけり。不(ふ)便(びん)なるわざかな。とくとく」
と倒し取るに、いとをかし。
「『言はば言はなむ』」とか、
「鼠がことを思ひたるにや」
とも、よき人ならば言はまほしけれど、
「彼の花盗むは誰ぞ。あしかめり」
といへば、いとど逃げて、引きもて往ぬ。なほ殿の御心はをかしうおはすかし。枝どもも濡れまつはれつきて、「いかに便なきかたちならましと思ふ。ともかくも言はで入りぬ。

【読書ノート】
君など=姫君達は。「劣らじ」=負けないわ。「上」=奥方。
上も=北の方。貴子。伊周、定子の生母。あたらしう参りたる人々=私たち新参の女房には。いぶせき=(どんなお方かと)気にかかる。
かの日の=供養当日の。挑み隠して=競争して隠し。何か=何も(支度など)。「例の、君の」=あなたったら、いつもの調子ね。
まかづる人=(里に)退出する女房。かかるをり=準備に忙しい時だから。
無徳=形無し。『泣きて別れ』=泣いて別れたという顔(古歌)に比べると(この桜は)見劣りがする。いかならむ=(桜は)。おどろかせ給ふほどに=お目覚めになる時に。
『まだ暗からむに』とこそ~=侍が下(げ)種(す)に言っている。不(ふ)便(びん)なるわざかな=まずい事になった。
「『言はば言はなむ』」とか「鼠がことを思ひたるにや」とも=咎めるのなら咎めなさい」(古歌を引用)とか「鼠のまねでもしているのですか」と、機転の利いたことを(言いたかった)。よき人ならば言はまほしけれど=よき人なら言いたかったけれど、(侍どもには通じそうもないので、)。枝どもも=(そのままだと)。
道と桜の造花。桜に固執していたのでしょうか。意外とナイーブなのかも。

「わたしなりの枕草子」#304

2012-02-02 07:07:51 | 読書
【本文】
関白殿、二月二十一日に②
御前にゐさせ給ひて、ものなど聞こえさせ給ふ。御いらへなどのあらまほしさを、「里なる人などに、はつかに見せばや」と見奉る。 女房など御覧じわたして、
「宮、何事を思し召すらむ。ここらめでたき人々を据ゑ並めて御覧ずるこそは、羨ましけれ。一人わろき容貌(かたち)なしや。これみな家々の女(むすめ)どもぞかし。あはれなり。よう顧みてこそ、さぶらはせ給はめ。さても、この宮の御心をば、いかに知り奉りて、かくは参り集まり給へるぞ。いかにいやしく、もの惜しみせさせ給ふ宮とて。われは、宮の生まれさせ給ひしより、いみじう仕(つかうまつ)れど、まだ下ろしの御衣一つたまはらず。何か、後憂言(しりうごと)には聞こえむ」
 など、のたまふがをかしければ、笑ひぬれば、
「まことぞ。烏滸(をこ)なりと見てかく笑ひいまするがはづかし」
などのたまはするほどに、内裏より式部の丞なにがしが参りたり。
御文(おんふみ)は、大納言殿取りて、殿に奉らせ給へば、引き解きて、
「ゆかしき御文かな。ゆるされ侍らば、あけて見侍らむ」
とはのたまはすれど、
「『あやふし』と思(おぼ)いためり。「かたじけなくもあり」
とて奉らせ給ふを、取らせ給ひても、ひろげさせ給ふやうにもあらず、もてなさせ給ふ、御用意ぞありがたき。
御(み)簾(す)の内より女房、茵(しとね)さし出でて、三、四人御几帳のもとにゐたり。
「あなたにまかりて、禄のことものし侍らむ」
とて立たせ給ひぬる後(のち)ぞ、御文御覧ずる。御返し、紅梅の薄様(うすやう)に書かせ給ふが、御衣(おんぞ)の同じ色に匂ひ通ひたる、「なほ、かくしも推しはかり参らする人はなくやあらむ」とぞ口惜しき。
「今日のはことさらに」
とて、殿の御方より、禄は出させ給ふ。女の装束(さうぞく)に紅梅の細(ほそ)長(なが)添へたり。
「肴」
など、あれば、酔(ゑ)はさまほしけれど、
「今日はいみじきことの行(ぎやう)事(じ)に侍り。吾(あ)が君、許させ給へ」
と、大納言殿にも申して、起ちぬ。

【読書ノート】
例によって上機嫌の道隆の冗談が始まります。→百七十六段。
あらまほし=あってほしい。理想的。里なる人=里にいる人。実家の人達。→萩谷朴校注。はつかに=ちらりと。
何事を思し召すらむ=「何の不満もなかろう」の意をこめたもの。家々の=名門の。あはれなり=しみじみと心動かされる。ああ見事だ。たいしたものだ。ここは何か意味がありそうですね。顧みて=目をかけて。さても=それはそうと。さて、さて(みなさんは)。ここから道の冗談が始まります。宮とて。→ここで句点とします。→萩谷朴校注。他の解釈は内容の説明として下に続くとします。その方が分かりやすいけれど……。下ろし=中宮のお古。冗談です。後憂言(しりうごと)=陰口。陰口なんか申すものですか。堂々と真ん前で言ってやる。→冗談。でも、道の性格が出ていますね。
烏滸(をこ)なり=ばかげていること。
御文(おんふみ)=天皇から中宮へのお手紙。大納言殿=藤原伊周。【道隆の子。定子の兄】
ゆかしき=拝見したい。
『あやふし』=(中宮が)不安だとお思いのようだ。「かたじけなくもあり」=恐れ多くもありますから。もてなさせ給ふ=振る舞いなさる。御用意=心づかい。気配り。
茵(しとね)=(勅使に対して)敷物。
禄=(お使いへの)褒美。かくしも=このように。色を合わせた配慮。
ことさらに=特別に。殿の御方より=(中宮の代わりに)。細(ほそ)長(なが)=表着。
行(ぎやう)事(じ)=担当。

「わたしなりの枕草子」#303

2012-02-01 07:23:25 | 読書
【本文】
二百六十段
関白殿、二月二十一日に①
 関白殿、二月(にぐわち)二十一(にじふいち)日(にち)に法(ほ)興(こ)院(ゐん)の積善寺(さくぜん)といふ御堂(みだう)にて一切(いつさい)経(ぎやう)供養(くやう)せさせ給ふに、女院もおはしますべければ、二月(にぐわち)一(つい)日(たち)のほどに、二条の宮へ出でさせ給ふ。
ねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。
つとめて、日のうららかにさし出でたるほどに起きたれば、白う新らしう、をかしげに造りたるに、御簾よりはじめて、昨日掛けたるなめり、御室(おほむし)礼(つらひ)、獅(し)子(し)・狛(こま)犬(いぬ)など、「いつのほどにか入りゐけむ」とぞをかしき。
桜の一丈ばかりにて、いみじう咲きたるやうにて、御階(みはし)のもとにあれば、「いととく咲きにけるかな、梅こそただ今はさかりなれ」と見ゆるは、造りたるなりけり。すべて、花の匂ひなどつゆまことにおとらず。いかにうるかさりけむ。「雨降らばしぼみなむかし」と思ふぞ口惜しき。
小家(こいへ)などいふもの多かりける所を、今造らせ給へれば、木立など、見所あることもなし。ただ、宮のさまぞ、気(け)近うをかしげなる。
 殿わたらせ給へり。青(あお)鈍(にび)の固紋(かたもん)の御指貫(さしぬき)、桜の御直衣(のほし)に紅(くれなゐ)の御衣(おんぞ)三つばかりを、ただ御直衣に引き重ねてぞたてまつりたる。
 御前よりはじめて、紅梅の濃き・薄き織物、固紋・無紋などを、ある限り着たれば、ただ光り満ちて見ゆ。唐衣は、萌(もえ)黄(ぎ)・柳(やなぎ)、紅梅などもあり。

【読書ノート】
最も長い段です。胸突き八丁です。頑張らなくちゃ。
 「枕草子」中最も長大な一段。九九四年二月二〇日(二一日は誤り)。「関白殿」は道隆。当時四十二才。一族の盛時の様子を記しています。作者は出仕後半年にも満たない時期のことです。
女院=東三条女院藤原詮(せん)子(し)。道隆の妹。一条帝の生母。三十三才。歴史上の人物です。
二条の宮=道隆が中宮のために造営した新宅。次ぎにその印象を記述。
御室(おほむし)礼(つらひ)=室内のしつらえ、装飾や調度の配置。入りゐけむ=入って座りこんだのだろう。本物の動物に例えての表現。
御階(みはし)=中宮のおいでになる御殿の中央にある階。匂ひ=色合い。うるかさり=手間隙かけた。
多かりける所を=(取り払って)。宮=御殿。気(け)近う=親しみやすく。御衣(おんぞ)=下着。ただ=(出袿(いだしうちき)をせず)直に。
御前よりはじめて=中宮様を初めとして。ある限り=おそばに侍っている女房が皆着ているので。(部屋中が)。