先日海幸山幸のお話をしました.海幸山幸の父君であるニニギノミコトが高千穂の峰に天から降りてこられました.そしてその天孫族と呼ばれているアマツカミが、いかに土着のクニツカミと同化して日本を作り上げていかれたか、その道すがらを語り伝えたのが日本の神話です.
マクロビオティックの久司先生は興味深いことを述べておられます.それは人間には二種類あると.その二種類は、他の天体からのイミグレーションと地球の土着であると.神話はその記憶を伝えたのかもしれません.アマツカミは他の天体で進化して何らかの理由で地球にやってきた入植者、クニツカミは土着の地球上での進化により発展してきたもの.或いはまたそれは地球上での話かもしれません.その後も神の名や天皇の贈名やイミナとして伝えられる名称から推測するに、同じ様なことが繰り返し起こった可能性は否定できません.そのようにして私達は日本民族を作り上げて今日に至っています.神話は民族の記憶です.記憶を共有するものを民族といいます.いま民族間の争いが世界で絶えません.記憶がある限り民族の垣根は取り除くことが出来ないものでしょうか.
もう一度神話を思い出してください.宇宙が混沌としていた時代に初めて形を持って現れたのは、ウマシアシカビヒコジの神でした.カビのような生命進化の原点です.それから幾世代を経て、イザナギ・イザナミ両尊の時代になります.そのお二方から地球上の国土も草木もあらゆるものが生まれ出て、最後にアマテラスとツクヨミとスサノオがお生まれになります.アマテラスが天界を、ツクヨミが海原を、スサノオが地上をお治めになります.兄弟です.そのアマテラスの子孫がアマツカミ、ツクヨミとスサノオの子孫がクニツカミです.元をただせばウマシアシカビヒコジです.私達の神話はそう言っています.人間ばかりでなく全てのものは同じ起源だと言っています.
アマテラスとスサノオの争いの神話があります.あれは後代のアマツカミとクニツカミの争いの象徴でしょう.つまりアマテラスとスサノオの名を借りた第何次かのアマツカミ・クニツカミの衝突の記憶でしょう.でもそうやって私達は日本民族を作り上げてきました.これは民族融和の証拠ではないでしょうか.日本神話はアマツカミとクニツカミが民族を溶かしあった記憶ではないでしょうか.古事記は西暦700年以降の編纂です.遠い生命の原初の記憶から、新しい大海人皇子の政治体制確立までの記憶を述べたものです.日本人は同じ記憶の土壌に自分達の今を重ねて古くは神話、新しくは歴史と呼ぶものを積み上げてきました.記憶は今と同じ性格のものです.そしてその記憶が未来を作ります.未来も同じです.生命は繰り返し繰り返し繋がっています.この世界は繰り返しが発現の原則です.ですから太陽は朝に昇り夕べに沈みます.朝が来、夜が来ます.私達の世界は陰陽交互の世界なのです.
日本人はもっと神話に親しむべきではないでしょうか.個々の体験という記憶は体験をした人々の範囲という限界があると思います.しかし生命の記憶は生命である限り共有できるはずです.平和運動の限界が垣根を越えるためにも生命の記憶に辿り着くべきだと思います.明日8月9日は、長崎に原爆が投下された日です.その悲惨さは語り継がれるでしょう.しかし私達が紀元前の戦争の悲惨さを実感することが出来ないように、いや、同じ長崎県の元寇の悲惨を実感することすら出来ないように、何れ冷静な感情の許に納められる日が来ます.その時私達はどのように平和運動を展開するのか、この解答を示しているのがマクロビオティックの運動だと思います.桜沢先生や久司先生はこの平和運動を展開しておられます.マクロビオティックが唯一の道だと私は思っています.
マクロビオティックの久司先生は興味深いことを述べておられます.それは人間には二種類あると.その二種類は、他の天体からのイミグレーションと地球の土着であると.神話はその記憶を伝えたのかもしれません.アマツカミは他の天体で進化して何らかの理由で地球にやってきた入植者、クニツカミは土着の地球上での進化により発展してきたもの.或いはまたそれは地球上での話かもしれません.その後も神の名や天皇の贈名やイミナとして伝えられる名称から推測するに、同じ様なことが繰り返し起こった可能性は否定できません.そのようにして私達は日本民族を作り上げて今日に至っています.神話は民族の記憶です.記憶を共有するものを民族といいます.いま民族間の争いが世界で絶えません.記憶がある限り民族の垣根は取り除くことが出来ないものでしょうか.
もう一度神話を思い出してください.宇宙が混沌としていた時代に初めて形を持って現れたのは、ウマシアシカビヒコジの神でした.カビのような生命進化の原点です.それから幾世代を経て、イザナギ・イザナミ両尊の時代になります.そのお二方から地球上の国土も草木もあらゆるものが生まれ出て、最後にアマテラスとツクヨミとスサノオがお生まれになります.アマテラスが天界を、ツクヨミが海原を、スサノオが地上をお治めになります.兄弟です.そのアマテラスの子孫がアマツカミ、ツクヨミとスサノオの子孫がクニツカミです.元をただせばウマシアシカビヒコジです.私達の神話はそう言っています.人間ばかりでなく全てのものは同じ起源だと言っています.
アマテラスとスサノオの争いの神話があります.あれは後代のアマツカミとクニツカミの争いの象徴でしょう.つまりアマテラスとスサノオの名を借りた第何次かのアマツカミ・クニツカミの衝突の記憶でしょう.でもそうやって私達は日本民族を作り上げてきました.これは民族融和の証拠ではないでしょうか.日本神話はアマツカミとクニツカミが民族を溶かしあった記憶ではないでしょうか.古事記は西暦700年以降の編纂です.遠い生命の原初の記憶から、新しい大海人皇子の政治体制確立までの記憶を述べたものです.日本人は同じ記憶の土壌に自分達の今を重ねて古くは神話、新しくは歴史と呼ぶものを積み上げてきました.記憶は今と同じ性格のものです.そしてその記憶が未来を作ります.未来も同じです.生命は繰り返し繰り返し繋がっています.この世界は繰り返しが発現の原則です.ですから太陽は朝に昇り夕べに沈みます.朝が来、夜が来ます.私達の世界は陰陽交互の世界なのです.
日本人はもっと神話に親しむべきではないでしょうか.個々の体験という記憶は体験をした人々の範囲という限界があると思います.しかし生命の記憶は生命である限り共有できるはずです.平和運動の限界が垣根を越えるためにも生命の記憶に辿り着くべきだと思います.明日8月9日は、長崎に原爆が投下された日です.その悲惨さは語り継がれるでしょう.しかし私達が紀元前の戦争の悲惨さを実感することが出来ないように、いや、同じ長崎県の元寇の悲惨を実感することすら出来ないように、何れ冷静な感情の許に納められる日が来ます.その時私達はどのように平和運動を展開するのか、この解答を示しているのがマクロビオティックの運動だと思います.桜沢先生や久司先生はこの平和運動を展開しておられます.マクロビオティックが唯一の道だと私は思っています.