眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

左利きなら天才だったかもしれない

2023-06-29 19:04:00 | コーヒー・タイム
 ストローの先はぐにゃっと曲がったタイプ。氷はきめ細かい。パーティションの汚れが近づいてみると目立つ。椅子は脚が高くかけ辛いようで下に横木が入っていて案外大丈夫。思っていたよりずっと柔らかい。シロップは見慣れないメーカーのもの。カウンターの奥行きはかけてみると随分広い。あると思い込んでいた電源はない。

「かけてみないとわからない」

 勘が働いて合っている場合もあるが、全く的外れであることも多い。街でも家でも実際に住んでみないとわからないことは多い。仕事や職場も同じだろう。実際に深く潜入してみてはじめてわかる。想像のつくところがある一方で、全くかけ離れているところもあるものだ。アイスコーヒーは以前飲んだことのあるホットと比べて随分とまずく感じる。まさかシロップがまずいのか。そうでなければコーヒーそのものがまずいのだ。


 夢の中では友人の家にいて連ドラの再放送を見ていた。大してすることのない暇な家だった。本棚には神々のアドリブ、見たことのある個包装の高級菓子があった。目が覚めると毛布の中だった。誰かが毛布をかけたのだ。
「おはようございます」
 警備員は外国人だった。彼は夕べ起こさなかったのだ。帰るところがなかったので助かった。自分の席に戻ってみるとポメラも鞄も無事だった。


 店の前の通りは坂道になっている。この店は坂道に建てられているのだ。東へ行く人は少し速く、西へ行く人は少し遅くなっている。商店街の果てなので、天井の照明や人々の表情にも少し陰りが見える。次の一口のことを考えると憂鬱だ。そういう状態になったら外食(飲食)は不幸だ。次の一口が楽しみでわくわくしている。それならどれほどハッピーか。

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スロー・フード/スロー・ウォーク

2023-06-28 18:46:00 | コーヒー・タイム
「お待たせいたしました」
 それは待望のトーストか。注文した品が届けられることを、誰もが心から待ちわびるとは限らない。もう少し、もう少し、主人公の到着をただ待っていたい人もいるだろう。まだ現れぬ風景を想像しながら静かに過ごす時こそが宝物だとも考えることができる。実際にその時が来たら、時は急速に終点に向けて動き始めてしまう。「お待たせいたしました」届けられたトーストは、止まっているように見えた時計の針を押してしまうのだ。「ありがとう」感謝の言葉の裏には切なさも見え隠れしている。


「急ぎたくない道がある」

 テレビがまだ半分くらい信じられていた頃、鬼のようにゆっくり歩く技術を極めた人がいた。スーパー・スローウォークだ。素人目には完全に止まって見えたが、実際はほんの少しずつだが前進している。簡単なようでいて特別な筋肉を使っている、というような運動だ。すごさを検証する企画としてだるまさんが転んだに挑戦するも、AIの目を欺くことはできなかった。世の中には奇妙なチャレンジがあるものだ。尊敬や憧れを持ちつつテレビを見ていたことを思い出す。
 急ぐ必要のない道がある。たどり着きたくない目的地がある。着いたところであの人と顔を合わせる。早く着いたら儲かるの? 好きな人でも待っていてくれるの? だからと言って……、留まってゆっくりできるほどの時間もない。だから、僕は歩きながら時間をコントロールできたらと考えるようになった。
 昔は、人を追い抜いて歩いて行くのがいいと思っていた。歩く速さを誇ってもいるようだった。(行きたいとこがあったのだろうか)だが、今はそれとは逆だ。人よりもゆっくりと歩いて行きたい。

「ゆっくり動いて進まないのは当たり前だ」

 そうではない。目指すべき理想のフォームとは?
 自然に動いて、きびきび歩いているように見えながら、実際にはさほど前進に至っていない。運動はしているが、効率的な前進を第一目的としていない。そのような歩きが好ましい。歩行者の中に違和感なく溶け込んでいるが、不思議と周りから遅れを取っていく。まるで別の時空にいるように……。
 人にどんどん抜かされて行っても、少しも負けているようには感じない。なぜなら、抜かされているのではなく、抜かせているのだから。
「どうぞお先に」
 どん尻はずっと僕が受け持つのだ。

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惰性コーヒー

2023-06-26 20:51:00 | コーヒー・タイム
 コーヒーには代わりがないのだろうか。僕は本当にコーヒーが好きなのだろうか。ふとした時に疑問は湧いてくる。2時間持つというコーヒーは何リットルもあるのか? 本当に好きならすぐになくなるのではないだろうか。好きな漫画や小説を一気読みするみたいに止まらなくなるのではないか。本当はそんなにも好きではないのかもしれない。
 毎日毎日、好きでもないのにつき合っているのか? だったらあまりに馬鹿らしいから好きである必要があるのではないか。今更嫌いになるわけにはいかない。他に行くところがないではないか。コーヒーとポメラがあれば落ち着ける。落ち着いているのに時間は早くすぎる。時間は不思議だ。
 ふとした瞬間など存在するのだろうか。最初から全部組み込まれているということはないか。時々そのように考えることもある。


「発車まで5分ほどお待ちください」

 それでさえただ待つとなると長く感じられる。時間は意識するきつくなることがある。

「まだ15時か」
 退勤時間を気にしながら時計を見ているようでは、時はなかなか経たないだろう。
「もう2時か」「もう3時か」
 眠れない夜に時計の針だけが進んでいくのも苦しいものだ。
「もう7時か!」
 一度も時計を見ずに(意識せずに)一気にまとまった時間を飛び越えるのは、充実している証拠だ。布団の中でそうなったのなら熟睡できたということで、理想的な睡眠と言える。


「塩麹をつけて冷蔵庫で3時間ほど寝かせてください」

 3時間?
 初めてそれを聞いた時、僕は地球の外に放り出された時のようなめまいを覚えたものだ。3時間は長すぎる。確かに3分と比べればあまりにも長い。だけど、ずっと意識する必要はない。覚えておくことはない。冷蔵庫の前で正座して3時間待ち続けなくてもいいのだ。一旦冷蔵庫に入れたら忘れていればよく、忘れてから思い出せばいいのだ。上手く忘れることができれば、3時間などないに等しいとわかる。

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事前不安の続き/ブラック・カフェ

2023-06-12 19:52:00 | コーヒー・タイム
 物事は始まる前が大変不安だ。色々な可能性が残っていて、何も決まっていないからだ。実際のところ始まるかどうかさえも定かではない。どこでどんな邪魔が入り込むかわからないし、自分自身に問題が起こるかもしれない。いざ始まってしまえば、第一の問題は解決したも同然。あとは覚悟を決めて、動き始めた物語に向き合って集中するだけだ。けれども、始まったと思ってもまだ油断できない場合もある。自分は始まったつもりでも周りが止まったままの時はどうだろうか。
 56歩。中飛車を宣言した手に相手の手が早くも止まっている。
 長考中?
 通信障害?
 時間切れ勝ちか?
 待っても待っても動かない局面に不安は高まる。
 意を決してシャットダウン。BGMが消える。
 改めて対局を開始。
 あっ! 84歩が指されている。残り時間は2分。
「止まっていたのは僕の方か……」
 あきらめる? 普通に指して負ける?
 この場合、有力な道は1つだ。
 破れかぶれでさばいて圧倒して勝つのだ。
 条件は相手が好戦的にきてくれること。待たれると自然に辛くなる。(それでなくても振り飛車は待たれると辛いことがあるのだ)


 初めて行くカフェは不安が多い。店長は正気だろうか。アラクレの雇われ店長だろうか。入り口と出口は分かれているかもしれない。間違えるとスタッフ一同から袋叩きにされるかもしれない。ミルクはちゃんとわかるところに置いてあるだろうか。高すぎるところにあって自分では手が届かないかもしれない。指定席と予約席で埋め尽くされていたらどうしよう。分煙はされているだろうか。分煙だとしても2対8、1対9の比率で肩身が狭いかもしれない。フードとセットでなければ何も販売しない頑固店長だったらどうしよう。カレーもパスタもレトルトだろうか。全部がレトルト・サービスだったらどうしよう。スタッフは全員アンドロイドかもしれない。マドラーは奇妙によじれていないか。とんでもないカップで提供されるのではないか。何かの拍子に雇われてしまいはしないか。田舎にも帰れないほどに働かされてしまうのではないか。

 トレイを持って2人掛けの席へ向かう。ソファーにはガムテープが貼られている。前の人が一旦近づいてから店の奥へ歩いていった原因は、これだろう。僕はソファーではなく、椅子の方に掛けた。地下街を行き過ぎる人を見ることはできない。反対に店の様子を観察しやすい向きだ。返却口の場所がわかる。どんなペースで、どんな人がやってきて、どんなものを注文して、どのようなペイを用いるのか。観察しながら、スタッフの顔も見える。思っていたよりも落ち着いた感じだ。ゆっくりと時間が流れていく。


 すれ違う列車に手を振って見送ったあと、ホームにまだ動かぬ人が残っていることに気づいてはっと我に返る。先に行ったのは彼らの方で、我々はまだこのホームにいるのだ。止まってみえたあの列車は我々の幻想にすぎなかった。

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君はPayPayを使えるか

2023-06-10 09:10:00 | コーヒー・タイム
 入り口のドアが30センチほど開いていた。すぐに誰かが出るのではなく、ずっと開いているのだ。それは冷房をつけていないことを語っていて有り難かった。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
 イートイン客は誰もいないようだった。案内は適当な空間で止まった。あとはお好きなところへということだろう。入り口に近い場所にかけてコーヒーを注文した。10年振りくらいだろうか。相変わらず壁に貼り紙が多い。
7時~19時30分まで 
コーヒー350円(原価高騰のためやむなく値上げしました)
英会話始めませんか?
 昔は21時か22時くらいまで開いていたと思う。時短と値上げが世の中の今の流れのようだ。
☆お知らせ
 席の移動はお控えください。
 一度お座りになった席でお願いします。


 継続は力だろうか?
 継続だけが力をくれるように思える。
 続けたい。ずっと続けていきたい。
 ずっとコーヒーを飲み続けたいと思う。


 昨日は少し怖い夢をみた。少し怖いほど印象に残る。
「行ってみようよ」
 カップルが部屋に近づいていた。彼らはきっとテレビを貸してくれと言うはずだ。中でゲームをやりたいのだ。僕はベルが鳴る前にドアを開けた。カップルではなく、奥にもう一人いたので少し驚いた。一緒に来てほしいと言う。それも予想外だった。あと一人が足りないらしかった。
「哀れなヤンキーを助けると思って」
 一番奥の男が目を光らせながら言った。
「ゲームなんだけど、授業料は千円でいいんで」
(別に勝てばあれだし……)
「いいけど」
 僕は彼らについて部屋を出た。参加者は思ったより多く、ギャラリーもいた。会議室を走り回って、簡単なかけ算の間にしりとりを、動物占いの間に謎々を解いた。ハンカチをたくさん集めて、最終的には暗号化された自分の名札がある場所に着席する。座るだけなのに。わかってはいたが、最後になって自分の体が思うように動かなかった。最下位だ。
「こんなの3000回くらい練習しないと無理だろよ!」
 最下位になって僕はきれた。
「悪かったよ。金はいいから」
「金は払う!」
 ヤンキーはあっさりと金を受け取った。やっぱりな。

 部屋に戻るとすぐに鍵をかけた。もう出ないつもりだ。その時、窓の向こうを誰かが横切ったような気がした。念のため財布の中を確かめた。
 誰だ?
「ママー!」
 2歳くらいの男の子が冷蔵庫の横に立っていた。どこから入ったのだろう。
「ママはどこ?」
「ママー!」
 泣いてばかりの男の子をすぐに連れ出した。会議室に入るとヤンキーたちはスーツを着て立派な大人に成長していた。

「この子を知っていますか?」
「そこに置いといてください」
(見ときますから)
 彼らからは危機感がまるで伝わらなかった。見えているものが違うのかもしれないと思い、僕はぞっとした。

「部長、これ直ると思います?」
「わからない。とりあえず光に当てておこう。あとは時間と、信頼だな」
 

 1時間の間に客は3人ほど来たが皆テイクアウトの客だった。ここは半分ケーキ屋さんなのだ。売り切れですかと残念そうに帰って行った者もいたようだ。シュークリームだろうか。店内に客がいなくてもあまり問題がないのは、ファスト・フードと同じだ。席を立つとすぐに店の人がレジまで来てくれた。

「PayPayで」
「PayPayは650円からになります」
(あー……)
「いらっしゃいませ」

 小銭を出す間に客が入ってきた。前にもこんなことがあったのだ。シールがあっても油断してはならない。PayPayは夜だけとか、週末だけとか、条件付きの店も多いのだ。
 650円からね。
(コーヒーをおかわりしとけばよかった)

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雨と地下街

2023-06-08 19:02:00 | コーヒー・タイム
 雨の日に人混みを歩き続けるのはストレスになる。道が広いところならそうでもないのだが。しばらく歩いて地下街に降りて皿うどんを食べた。1050円。それなりに空腹が満たされた。300円くらいで作れそうだ。もうちょっと熱がほしかった。地下街の中にはそれなりの数のカフェがあって、その中から選べることは幸福だ。気づくとなくなっていた店もあり、新しくできた店もあるようだ。店によって色々と個性があって面白い。少し場所が変わるだけで客層も微妙に違っているのも不思議だ。それは何によって決まるのか。ふとそのようなことを考えていた。

 気持ちのよい接客をする店には、気持ちのよい接客を求める客が足を運ぶ。気持ちの悪い接客をする店には、神経の図太い客、七難八苦を求める客が足を運ぶ。快適な空間を提供する店には、快適な空間を求める客が足を運ぶ。不快な空間を提供する店には、七難八苦を求める客が足を運ぶ。駅が近い店には、駅で働く人々、駅前留学生等が足を運ぶ。天井の高い店には、伸び伸びとした人が、くつろぎやすい店には、くつろぎを好む人が、ケーキセットがお得となれば、ケーキ好きの人が足を運ぶだろう。

 電源が完備されていれば、電源を求める人が足を運びそこにPCをつないでパソコン通信を始め異国の人、あるいは星を跨いで交流を試みようとするように、それぞれの興味・関心がマッチアップされて、それが客層と言われるようなものを形成しているのかもしれない。クレバーは難波の西寄りに位置し店内には様々なタイプの席がある。10年以上も前からあり、開店当初からの白を基調とした店の雰囲気はそう変わっていないようだ。かつて喫煙ルームだった奥側は、その名残もあって少し雰囲気が違っているようにも感じられる。カウンター席の椅子は脚が高いため、じっくりと腰を落ち着けて利用するには少し不向きかもしれない。

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消えた1時間/ハラスメントが始まる

2023-06-07 05:20:00 | コーヒー・タイム
 降ったりやんだりの雨で街には傘をさしたりささなかったりの人が歩いていた。さっきまでさしていた傘を僕は閉じた。傘をさすまでもない。時折吹き付ける強風がむしろ疎ましい。千日前通に近づいたところで青信号が点滅してあきらめた。(駆け出した瞬間に突っ込んでくる自転車が怖い)待つよりはと思い地下への階段を下りる。北階段から地上へ出てみるともう信号は青に変わっていた。そんなに早いのなら立ち止まって待つ方が楽だった。無駄な労力を使ってしまった。それというのも、ただ待つという時間を恐れすぎたためだ。待つには長すぎる信号もある。待っても何でもない信号もある。街に数ある信号機の待ち時間は一定ではない。それにも関わらず、待ち時間はどこにも明らかにはされていないように見える。だから、人は無理して駆けて渡ろうとしたり、無駄な回り道をしてしまうのではないだろうか。街の信号は聞きなさい。これより先、信号の前に待つ人が現れたら、時を読んで知らせること。

 地下街は割高だ。ふとそんなイメージを持った。このくらいの雨ならとも考えて、僕は歩いてアメ村に向かった。高架下にあると噂に聞いた中華店で見つけたのは、看板と下りたシャッターだけだった。(またグーグルの情報に踊らされてしまった)地下街に戻る手もあったが、もういいやと近くのラーメン屋に入った。券売機はない。店内は外国人客ばかりだ。しばらくして水を持って店員がやってきた。シンプルなラーメンを注文する。

「トッピングは?」
「なしで」
「なしで」

 狭い厨房の中に動き回る男が3人、4人……。ずっと動いているので正確に人数を数えられない。暑いだろうか? もっと夏になったら。上下関係はあるだろうか? もしも自分がカウンターの向こうにいる側に立ったらと考えてみた。勤まるだろうか、無理だろうか。5分ほどでラーメンが届く。790円。
 麺は細麺、スープは濃厚。ふーふー。手に負えないほど熱くはない。「旨いけど」チャーシューは口の中でとろけて消えた。もう浮かんではいない。(一切れか……)チャーシュー麺でないとは言え、一切れか。「トッピングは?」5分前の店員の問いかけが思い出される。全体的に寂しくも感じられるのは、トッピングありきで設計されているからとも考えられる。(だったら千円は絶対超えてしまう)もはやラーメンはパスタよりも高級品なのだ。だが、これくらいのものなら家で作れば400円ほどで可能だろう。メンマはキャンドゥで購入できる。チャーシューにこだわる必要はない。豚バラともやしをタジン鍋で蒸して入れれば簡単だ。元のラーメンは、マルタイでも藤原製麺で十分だろう。少し手間暇をかければ、家で美味しく節約だってできるのだ。

「これくらいのものなら」
 それは僕の完全な主観だ。旨いことは旨い。(世の中には、残念ながら一口食べて逃げ出したくなるようなラーメンも存在する)しかし、旨さによって引き出される笑みが、どうにも抑えられないというほどではない。
「ラーメン屋でラーメンを食べるなら感動しなければ意味がない」
 これも僕の勝手な思い込みだろう。
 シンプルに旨いラーメンは5分で食べ終わった。
(およそ千円……)
 僕が働いてきた1時間と同じ。
 安易な計算式に虚しさを覚えながら、僕は地下街を歩いていた。


 夢の中では掴み取りが催されていたが、誰も積極的に参加しないことが不思議だった。20秒かきまわせば500円にはなる。500円! と思えば気合いが入る僕が少しずれているのか。じゃりじゃりと手を突っ込む内に、今までとは違う感触がる。記念硬貨のお化け5円だった。
「10年前とは積もり方が違うような……」
 おばあさんが言ったのは天気についてか自身の疲れについてかは不確かだった。角屋食堂はシャッターを下ろしていた。10年に1度の定休日だった。おじいさんに電話だ。(こっちだって50年振りに足を運んでるんだよ)あきらめて帰る道すがらマリに会った。
「知り合いのやってるチーズの美味しい店があるけど行かないよね」
 僕は手をあげてじゃあねと唇を動かした。全くなんて誘い方だよ。


 夢の中には街があり、街の中にはモールがあり、モールの中にはカフェ、めがね屋、うどん屋。うどんの中には野菜があり、野菜の中にはカエルがあり、カエルの中には緑、緑の中には街があり、街の中にはカフェがあり、コーヒーの中にとけていくミルクが、僕のみている夢と交じっていくのだ。


 社会に出れば様々な働きかけがある。それは錯覚やマインド・コントロールとの戦いだ。早く歩け。無駄なく進め。お客様を第一に。(時にそれらは大いなる矛盾を含む)ちゃっちゃとやるように。すいすい動け。手首を上から動かして、おいでおいで。(僕らは子犬になったのだろうか)
 それで反発されたこともないのだろう。相手が不快に思っているなど夢にも思わないのだろう。最初は何も知らなくて当然、誰でもできなくて当然、失敗もあるし慣れるには時間もかかる。(効率なんて徐々に上げていくものだろう)そうした配慮もなく常に上から上から押しつけるような態度で、果たしてどれだけの人がついていくだろうか。自分の社会の中心は、世界の中では片隅にすぎない。
 だから「いつでも逃げ出していい」。そうした覚悟/余裕を持って自分を守ることも大切だ。
 スマートフォーンは封じられて、僕らは一定の自由を制限されている。録音を試みたり、写真や動画に収めることは難しくなった。だが、まだ文字があり言葉があり、心にひっかかることを発信する自由までは失ってはない。会社は王様でも支配者でも何でもない。ただのカテゴリーだ。
「僕らは会社の下になんかいない」

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勝手がわからないラーメン屋

2023-06-05 05:48:00 | コーヒー・タイム
 エプロンを外し歩き始めた夕暮れの街は少しだけ雨が降っていて、傘をさす人ささない人がそれぞれに歩いていた。尾道ラーメンは手堅かったが新しいものを求めて東へ向かった。
「通常より多少混んでいます」
 グーグルを頼りに到着したうどん屋はシャッターが下りていた。

(本日定休日)

 空腹のまま歩き続ける。興味のあるラーメン屋があったが、店頭に掲げられた看板の煙草愛に圧倒されて逃げ出してしまった。もう一件のラーメン屋は定休日だった。新なにわ筋から南へ東へと進んで行く内に、気がつくとアメ村を歩いていた。

「煮干しセット、半チャーハンで」
「食券を!」

 千円札は何度も投入口から戻ってきた。今まで財布の中で眠りすぎていたせいだ。シェフは一人。僕が食べ終わるまでに1組の男女(夫婦だろうか)が訪れた。

「ごちそうさまでした」
「丼をカウンターに上げて!」

 近頃は何となく外食すると軽く千円飛ぶ。1時間分の賃金など一瞬だ。(それでさえ満足するには程遠い)家で味噌汁にもやしを入れて食べた方が体には良さそうだ。地下街への入り口は工事中のため閉鎖されていた。西から回らなければならないようだ。体調が冴えなくても、コーヒーくらいは飲まないといけない。

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ショートが氷水になるまでに

2023-06-03 17:54:00 | コーヒー・タイム
 活力が満ちているわけではないのに、習慣としての着席がある。コーヒーのそばにルーティーンとしてポメラが置かれる。そもそも開く気力がない。そもそも開く体力がない。体力がないから気力も湧いてこないのだろうか。それでももっと気力があれば体力を引っ張りながら気力は湧いてくるのではないか。体力が先か気力が先か。考え始めると気が遠くなる。

 何か1つ浮かばないかな。いつもよりも弱っている自分だからこそ、いつもとは少し違うところから出てくる何かがあるのではないか……。そんな都合のよいことを、こっそりと期待している自分がいる。

 やはり人間は、寝てないと駄目になるのだろうか。眠れない日は、とにかく寝付きがわるい。夢から引き戻される一瞬に、初めて眠りを意識する。実際に眠ったのは明け方の数時間くらいだろうか。眠れない時には、絶対に焦っては駄目だ。焦るなと強く意識する時点で焦り始めているのだから、自然に構えている方がいい。咳が出たり鼻水が出たり、冴えたり、寒かったり暑かったり、色々と重なって、苦しくて眠れなくなる。十分に眠れないまま、朝からの仕事はきつい。せめて昼からだったら少しはましだ。

 閉じたポメラの上にA6のノートを開いてみる。ポメラと目を合わせられず、キーボードに指をかけられないような時でも、紙とペンに触れるくらいのことはできる。淡い期待を持ちながら、もう少しここで粘ってみる。

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エアコンが早すぎる/オムレツも作れない

2023-06-01 02:45:00 | コーヒー・タイム
 5月になって夏日の日などが出始めるとどこも一斉にエアコンを働かせて冷房をがんがん利かし始める。そうなったら、もう止められない。当日の気温なんてお構いなしなのか。延々と冷房を利かしすぎて、僕みたいな寒がりは行く先々の店内で腕を抱えて震えて過ごす覚悟がいる。
「季節ってそんなに単純か?」
 本日より夏になりました。もう戻ることはございません。まるでそんな態度かと疑われる。7月8月は確かに夏だろう。毎日エアコンを稼働させて冷房を利かせなければ危険でさえあるだろう。だが、5月も同じでいいのか? 5月はもっとふんわりとした季節ではないか。5月であっても、日によっては10月中旬だったり、3月上旬であるかのような日に変わったりするのではないか。それでも頑固者はエアコンを止めようと動かない。どうしてなのか? 3月なのに、10月と同じなのに、冷房なんか利かせて何も不思議がないというのか?
 もう20時30分だよ。
「もう暑くないんだから、いい加減止めないか?」
 おい、そこのモールのフードコート!


 フィクションくらい好きにさせとけよと思わなくはない。
 傷つきやすい人は、傷つけることにも敏感だ。言葉を口にしたり、物を書いたりする時は、(これって誰か傷つけてない?)と一旦慎重な姿勢を取ることは、普通だ。だが、どう考えたところで100%は無理だろう。
(何を言っても駄目だ)
 喧嘩が拗れてどうにも気まずい空気に支配された時、適当な言葉が見つからずにずっと黙り込んでしまったという経験はないだろうか? その状況下では、素直に受け取れる言葉なんてなく、互いに傷つかないことができなくなっている。言葉を尽くしたとしても、ちゃんとしたとこには届かない。(無理ゲーなのだ)
 生きている限りは、誰かを傷つけたり迷惑をかけることを避け切れないのではないだろうか。一切角を立てないつもりなら、何も歌わないのが一番安全だ。皆はそれほど静寂を愛しているのだろうか。きっとオムレツだって作れなくなる。


 5月というのにインナー・ダウンを着ていた。僕はあまり前に出るタイプではないのだ。けれども、商品は前に出さなければならないという。後ろに引っ込んでいては売れず、また商品には表と裏が存在し必ず顔を前に出しておかないと駄目だという。ひたすら前へ前へと引き出していく仕事にはなかなか終わりが見えなかった。(弾けるような成果というものには程遠い)
「ありがとうございます」
 客が商品を1つ手に取ってカートに入れた。ありがとう? 商品が売れる。確かにそれはいいことのはずだ。だけど、心から喜べない。店の利益がどうした? どうあろうと賃金には何も関係がないようでもある。前に出ていた商品が消えたことがくやしくもある。(前に出ていたとうだけで売れたのか?)またやりなおしだ。整えたところで崩れるのはすぐ先の風景だった。単調な作業の繰り返しは眠たくもなる。誰か困っている人が現れてくれないだろうか。瓶詰めのマスタードでも、練りゴマでも、フライドガーリックでも、何でもいい。いつでも準備はできている。誰かを案内しながら、僕は歩き出したかった。


 僕が部屋にひきこもっていた頃のことだった。親戚の姉さんが部屋に入ってくるとジャラジャラとカーテンを開けた。太陽の光が射し込んで、部屋の中の魔物たちが一斉に悲鳴を上げた。
「社会復帰しないとね」
 彼女はさらりと言った。ごく自然な挨拶のように軽かった。けれども、僕はその言葉に本当は酷く驚いたし、傷つきさえもした。平静を装って頷くのが精一杯だった。(彼女はその時のことなどまるで覚えていないはずだ)
 社会とは…… 復帰とは……
 僕はいつ外れたの?

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仕切り直し/KFCコーヒー

2023-05-29 23:55:00 | コーヒー・タイム
 今日はハンガーがないどころかロッカーがなかった。休憩室、会議室、喫煙室、お手洗い、水飲み場、更衣室……。そして、ロッカーがまだ間に合っていない。僕たちのロッカーは後回しにされたのでは? 従業員の幸福を重んじているというのは本当か。心遣いは行き届いているか。まさか地べたにポメラを置いておくわけにはいかない。家に置いてきたのは正解だった。

 何もない棚に透明な仕切を入れる作業を延々と繰り返していた。ノンストップで4時間。途中でくらくらしてきて数を数えるのも苦しくなった。集中力には限りがあるのだ。みんな適当に休めてる?

 単純作業、寒さ、寝不足、疲労、ポメラの不在、色々と疲れ切っていた。もう今日は駄目か。KFCコーヒーを飲みながら30分、ノートと戯れていると、だんだん冴えてきた。興味・関心のある題材と向き合う時間が、人生には必要だ。それがささやかな言葉遊びだとしても、今はそれで十分だと思えた。

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