眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

観光旅行

2020-11-12 01:22:00 | 幻日記
 総合的、俯瞰的な観点から考えて、私は言葉をより遠くへ運んでいく必要に迫られていると言うことができる。より多くの人へと届けられるように、言葉には何よりも多様性が必要であると認めざるを得ない。ある時、言葉は好奇心あふれる犬のようにボールを追って駆け、また別のある時には、猫のように果敢に木に登って星を見上げる。待ちわびる者と一緒になって遊び、時には人を置き去りにして、不安の中に引きずり込むこともあるだろう。言葉は私の中でコントロールされるように見せかけて、いつでも隙を見つけては故郷にかえろうとする。
 思うようには進まない。突然起こる大渋滞に心を折られそうになったことは何度もある。どうすれば言葉を強く前へ運んでいくことができるか。その方法を私は日夜探究しながら、歩いているのは未だ深い霧の中のようでもある。言葉の多様性を、多くの人に届けようとする時に用いる一方で、どこか狭いところになお深く届けようとした場合、言葉はどうあることが望ましいと言えるのだろうか。私は私なりに言葉の運び手であろうとするが、客観的に見て今現在のところ、多くのところまで届いたという手応えは感じられない。

「これが仕事だ」
 本当は胸を張ってそう言いたいが、「素敵な趣味ですね」と言われ苦笑いするのが今の私であるようだ。
 ならばこれは(観光旅行)に違いない。

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日記を取り戻せ

2020-11-06 05:19:00 | 幻日記
「ただの映画じゃないか」
 友人に指摘されてハッとした。
 ずっと日記を書いているつもりだったのだ。
 俯瞰的に総合的に考察して現代的なガバナンスと国際的な秩序に追随するという観点に重点を置きながら、広く包括的な行動理念に基づく解釈を適正に実践していたが、自覚は友人の率直な指摘に崩壊した。日記を書いているはずが、映画を作っていたとは我ながら驚いた。

「解散!」
 監督をはじめとして、スタッフや大勢の役者を帰らせた。そうして自分を見つめてこそ、正しく日記を書けるだろう。
「すみませんけど……」
 大物俳優のMだけはまだ残っていた。
「君の日記に出させてくれないか」
 奇妙な役者魂がそこにあった。
「ギャラはいいから」
 そう言って白い歯を見せた。

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リア充不思議体験日記

2020-10-25 11:19:00 | 幻日記
 今日は朝から口を開けて朝食を食べました。また、朝が終わってからも1日を通して色々なものを口にしました。野菜を食べたりトマトを食べたりしました。チョコを食べたりアポロを食べたり、お菓子を食べたりポテコを食べたり、おやつを食べたりパイの実を食べたり、アイスを食べたりピノを食べたりしました。
 それから寝転がったり横になったりしました。ロックを聴いたりアジカンを聴いたりしました。
 それから歩いたり前に進んだりぶらぶらしたり、散歩したり街の中を移動したりしました。少しずつ景色が変わったのが不思議でした。


よくできました!
あなたの不思議体験に先生ははんこをあげます!
明日も頑張りましょう!

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業務日誌「ヤモリ」

2020-10-23 00:38:00 | 幻日記
「さっき食堂の隅にヤモリが出ましてね」
「ヤモリ? それでどう対処しました?」
「……」
「まさかそのまま放置したのでは」
「ヤモリと言っても本当にヤモリかどうか。まるで動かなかったし、影のようでもあったし」
「いやいやいや」

チャカチャンチャンチャン♪

「いやずるいよ。ヤモリが出たのでしょう?」
「ヤモリに似ていたかも」
「言いましたよね、ヤモリが出たって。事実をねじ曲げるのはなしでしょう」
「事実というか主観ですから」

チャカチャンチャンチャン♪

「主観といういうのは信用が置けません。特に私の業務上のは」
「それで撃退もしなかった。見逃したのですね」

チャカチャンチャンチャン♪

「そうです。確信がなかったからです」
「確信ね」
「撃退するかわりと言っては何ですが」
「ん?」

チャカチャンチャンチャン♪

「ヤモリの似顔絵を描いてきました」
「暇か」
「これが私の見たヤモリです」
「これはわしじゃないか!」

チャカチャンチャンチャン♪

「まさかそんなことが」
「そろそろ森へ帰る時がきたようじゃ」
「店長、おつかれさまでした!」
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君はロックを聴かないのだろうか

2020-10-21 03:25:00 | 幻日記
 猫が横切った残像に気を取られながら入ったタウンの通路で、ポケットティッシュをもらいそうだった。普段なら避けて通り抜けるところ、何となく受け取ってしまった。手に収まった瞬間、女はもの凄い勢いで話しかけてきた。しかし、僕はイヤホンをしていた。イヤホンをさしてロックを聴いていたのだ。だから歩を止めず歩き続けた。2、3歩行ったところで、彼女はあきらめた。受け取っておきながら、僕は聞かなかった。約束はしていない。

 ロックを聴いていた。恋をしていた

 もしもイヤホンなどしていなかったら、立ち止まって話を聞いただろう。だが、その時はティッシュを受け取ることもないだろうから、話が始まる理由もないのだ。彼女はイヤホンをした者にまで、どうして話しかけてきたのだろう。気配や勢いで足を止められると思ったのだろうか。きっと彼女は想像しなかったのだ。

 僕がまさかロックを聴いているなんて!
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秋の栞

2020-10-16 11:37:00 | 幻日記
「あ、あちー」
 地獄のような熱さだった。つけた足を引っ込めて服を着た。まだ踏み込むのが早すぎた。部屋に引き上げて時を待つことにした。その時が来たら、また改めて湯船に向かおう。
「お食べ」
 ばあちゃんがたこ焼きを持ってきてくれた。楊枝に刺して口に運ぼうとしたが、唇に触れた瞬間、身の危険を感じて引き離した。それは大変な熱さだった。とても今すぐ口に入れることはできない。その時を待って、僕はたこ焼きを食べることにした。
 それから僕は本を開いた。開いた瞬間、挟まっていた尻尾が抜けて猫が逃げて行った。猫の夢のあとに物語は広がっている。今こそ本を読む時なのだろう。時折、開けっ放しの窓から風が入ってくる。もう、秋である。



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納得未食(マイ・クッキング)

2020-10-02 17:57:00 | 幻日記
 シンプルに料理をするのが好きだ。
 お椀に納豆を入れ、タレ、からしを入れる。少し葱を入れたらあとは混ぜるだけ。ただ混ぜるだけなのだが、なかなか奥が深い。しっかりとお椀を持ち、もう片方の手に箸を持つ。箸を小刻みに回転させながら全体にタレやからしがよく絡むようにする。絡んだから終わりというわけでもない。混ぜるほどに粘り気が増して行く。それは旨みと言い換えることができる。簡単な料理だからと脇見をしながらでもできるが、手は抜きたくないものだ。万一途中で手が滑ってお椀をひっくり返しでもしたら、とんでもない事態になる。床に落ちた納豆を完全に元に戻すことはできない。できれば生きている間に、そんな酷い経験はしない方がいい。料理に当たる時は、しっかりと手元だけに集中すべきだ。

(混ぜるほど旨くなる)
 そんなシンプルな料理が好きだ。
 混ぜる、混ぜる、混ぜる……。

「お前はいつまで混ぜるのだ?」
 料理は根気。そして、自分自身への問いかけだ。

(混ぜれば混ぜただけ旨くなる)

 世の中は頑張れば上手く行くとは限らない。
 小説は書くほどに面白くなるとは限らない。
 それに比べてなんて報われる世界だろう!
 この小さなお椀の中、尽くすほどに旨くなるのだ!
 止める理由/機会が見当たらないほどだ。
 混ぜて、混ぜて、混ぜて。いつまでも、混ぜている。

(この時間が何よりも好きだ)

「食えなくたって、とことん楽しい!」

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である日記

2020-09-29 14:13:00 | 幻日記
 まだ時間前なのにドアが開いているのである。中で人が待っているのである。
「おはようございます」
 始まっているのである。
「保険証もありますか」
 きかれるのである。お大事に。診察室から人が出てくるのである。……さん、どうぞ。呼ばれるのである。
「仕方ないね。お薬出しときましょう」
「1,230円になります」
 お大事に。もう帰るのである。まだ9時前なのである。心療内科の前では多くの人が待っているのである。私は通り過ぎて、階段を下りるのである。


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決意の入店

2020-09-15 07:38:00 | 幻日記
 お店に入るのは怖い。どんな見過ごされ方をするのか、どんな案内をされるのか、どんな混雑があるのか。まだ見ぬ店の中は怖いことばかりだ。未知の店に入るくらいなら、透明なコンビニにでも立ち寄ってサンミーをテイクアウトすることも考えられる。その夜、病院からの帰り道、店の階段を上った。(もう決めてあった)お店に入れない弱点を突かれる日が訪れることを恐れたからだ。

 扉を開けると誰もいない。タッチパネルがいきなり大きな声を出した。人数を入力するとカウンターでよろしいですねとメッセージが出た。それ以外に選ぶことはできない。42番の紙切れを持って次の扉を開けた。案内板に従って奥へ進む。途中2人の従業員とすれ違った。
 42番のカウンター席をみつけて椅子を引いた。タッチパネルを見上げていると首が疲れた。画面の端に別の注文方法が載っていた。アプリを起動し規約に同意するとスマホをタッチパネルにかざしQRコードを読み取った。
「ほー、できました?」
 パーティションを越えて声がした。
「あー、はい」
 最初に言葉を交わしたのは隣の客とだった。
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つもり炊飯反省記

2020-09-14 13:08:00 | 幻日記
 炊飯器に無洗米を入れ、あとは水を入れてスイッチを入れるだけというところまで準備しておいた。少しずつ準備をしておけば、色んなことが後々楽だ。そうしておいて、他のことを色々とした。
 しばらくしてから、コードを差して炊飯器のスイッチを入れた。炊飯が始まった。全く何も思わなかった。これが大失敗だとは少しも思わなかったのだ。しかし、炊飯器にはまだお米しか入っていないのだ。

「あとは水を入れてスイッチを入れるだけ」という状態が、しばらくする内に「あとはスイッチを入れるだけ」という意識に切り替わってしまったのだ。「水を入れる」という重要な部分が完全に消えていた。
 振り返ってみて、私は「疲れていた」という言い訳を思いついた。実際、疲労は単純なミスを引き起こしやすい。
 もう1つの問題は平行的な処理の多用にある。1つ1つ片づければ確実なのを、色々なものにちょっとずつ手をつけてしまう。少しずつ少しずつ手を入れて、いつか幸せの構図がパッと完成することを夢見ている。そのような手法を用いるが故のトラブルだということはわかっていた。どうしてかはっきりとしないのだが、気がついたらそのように動いてしまうのだ。(少しかじったモチーフを置いて、別のモチーフに移る。広げかけたモチーフを寝かせて、別のモチーフを掘り起こす。そんなことばかり繰り返してPomeraの中に、書き出しただけの作文が溜まって行くのだろう)

 炊飯器にお米を入れた頃、玉葱の皮を剥き、スマホを充電し、メモをとり、お茶を作り、次に着るTシャツのことを考えたりしていた。
 スイッチを入れてから1時間ほど経ってから、私は炊飯器のランプが保温になっていることに気がついた。しかし、蓋を開けた時、何か様子が変だった。わーっと出てくるはずの湯気が全く出てこない。お米が全く盛り上がっていない。最初に入れた時と同じように低いままである。ただ、全体が熱くなっているというだけだ。その時、私はすべての失敗を悟った。(この話はここを話のはじめに持ってくるべきではないか)

 私は水を入れたつもりでスイッチを押してしまったのだ!

 これまでの1時間は何だったのか。スイッチを押してからというもの、私はご飯ができることを何も疑わなかった。炊飯器の存在も忘れていたくらいだ。それほどに信頼していたのだ。その間、うどんを食べ、玉葱を食べ、豆腐を食べ、作文を書いた。ご飯が炊けたら、すし太郎を作ろうと団扇を用意して待っていたのだ。
 信頼は裏切られた。私が最初に炊飯の順序を守らなかったからだ。
 行き場を失ったすし太郎が途方に暮れいてた。
 悪いのは自分だ。しかし炊けなかったくらいで済んでよかったとも思えた。物によっては器が燃え尽きてしまっていたことも考えられる。

 改めて水を入れてスイッチを押したが、炊飯は始まらなかった。ディスプレイには見慣れないアルファベットが表示され、繰り返し私に反省を促した。何度試みても結果は同じだ。炊飯器は私よりも賢いようだった。








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ワン・テイク/ニュー・シングル

2020-09-08 07:44:00 | 幻日記
 どれでも同じだからと言ってMサイズを選んでからというもの、夜は急激に薄まっていった。トンネルの向こうから蛍の光がこぼれている。おじいさんは、何度も何度も同じことを問いかけてくる。
「今は平成何年なのか」って木曜日に答えたことをまた火曜日には問いかけてくるから、スマートウォッチをプレゼントして、何でもへいSiriって問いかければ教えてくれるようにしてあげたんだ。明日が晴れでもその次が雨でも夏日でも猛暑日でも、美味しいイタリアンの店だって何でも、その手首から答えを引き出せることができるよって。

 蛍の光はエンドレスでいつまでも許しをくれるから、木漏れ日に甘えるように充電期間を設けていたのはいつだったかな。本当は来年の夏くらいまでたっぷりと時間をかけて制作期間としたいところなのに、なかなかままならないものがあって。免許を更新に行かなくちゃ。「なあ、今は何年だったかな」って、やっぱり僕に向かって問いかけてくるのはどうしてなのか、僕は道行く人に向かって話しているところ。

「ねえ、みんなどうしてなのかな」って、あの人この人、僕が見つめるのは横顔ばかりで、一瞬だけこっちに顔が向くこともあるけれど、すぐに間違いだったと気がつくみたい。停止ボタンは組み込まれてはいない。「ねえ、みんな」僕はそうやって誰かを笑わせたり、共感の企みの中に引き込もうと躍起になっていたけれど、どうやらそれは人迷惑な話にすり替わってもいたみたいだ。「はい、どうも」僕の声は届いていない。道行く人はみんな胸に蛍の光を飼っているのだから。コンビニのドアが何度も何度も開いたり閉じたり、猫じゃない、それはみえない者の仕業だ。なりたかったようにはならず、僕は邪魔師に成り下がっているばかりだ。

「今は平成何年なの」って、おじいさん。やっぱり、それは僕が答えた方がいいのかもしれないよ。ねえ、おじいさん。時間だけはあるんだ。こうして長い間、行き過ぎる人に向かってとりとめもない話をし続けているくらいには。だけど、風に乗って流れていくはずさ。夏のレコーディングを煮詰めたら、僕はもう帰らなくちゃならないんだ。

 今となっては頭からちゃんと聴く者なんていない。じっくりと見つめられるジャケットなんてないんだ。スキップされ、ピックアップされ、シャッフルされて、ピザの上にのせられるのさ。だから歩きながらでも拾ってもらわなくちゃ。コンセプトも、流れも、物語性も、求められてはいない。次、次、次。偶然でも、瞬間にでも、ほんの少しの花火を打ち上げてみせなきゃね。

「新しい曲はできましたか」2曲できたと僕は答える。
「じゃあ、水曜日に出しましょう」

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2%インナー・スペース

2020-09-05 07:38:00 | 幻日記
 ロッカーを開ける。ハンガーにかかったポロシャツの胸に刺さったままのボールペンを取って、テーブルに置こうとして、はっとした。
 ない!
 胸ポケットにボールペンはなかった。そして、更にはっとする。
 ある!
 テーブルの上にボールペンがあるではないか!
 いったい誰が?
 それは自分以外の誰でもない。
 私は無意識の上で、文章にすれば1行にもなろうかという動作を行っていたに違いなかった。
 夏になってから、そんな奇妙なことが時々起こるようになった。
(無意識に何かをしてしまっている)
 それが、よいこと、何でもないことだったらいいのだが。もしもそうではなかったとしたら……。


「こちらは飲食スペースです」
 と書かれた立て札がテーブルの側に置かれていた。わかりきったようなことが書いてある場合、それは小さな警告のようなものではないか。
 言葉は私たちにとって食事に等しいものだ。
 そう解釈すると既にPomeraが開かれていた。カチカチという咀嚼音を楽しみながら、空想の旅に出る。時々、立て札がまだ視界に入ってくる。

「*こちらのスペースは店内飲食に該当します」
 何だって!
 言葉を失って指先はPomeraの上に止まった。

「お持ち帰りでよろしいですか」
「はい」
「ミルクとシロップは……」
 数分前の会話を思い出してみる。
 正しく持ち帰ったつもりが、無意識の内にこのインナー・スペースに足を運んでいたということだ。
 
 たぶん、好きなのだろう。
(氷がとけきる前に)
 私は現在地に戻って再びPomeraを離陸させる。

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命じるままに、意のままに  

2020-09-03 03:39:00 | 幻日記
 手に職をつけた。(はずだった)
「一生食いっぱぐれはないぞ」
 恩師はそう言って笑っていた。
 その時、私は大きな船に乗ったような気分だった。
(一生……)
 それは時代が一つも動かなかった場合だ。
 言わば机上の空論に等しいものだった。

 今、小学生が30分かけて練習したガジェットによって、私の技術は簡単にコピーできてしまう。
 苦労して覚えたあの「ふっかつのじゅもん」は何だった?
 睡魔と戦った日々とは、仲間と競った研修期間とは……。あのすべてはいったい何だったのだろうか。

「そこのあなた」
 そこにある間、どうかお大事に
 あなたのかけがえのない仕事を!


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ルート2(不要不急の道)

2020-09-01 07:48:00 | 幻日記
 改札へ向かう道は2つ。ルート1とルート2だ。ルート1は人が多く、ルート2は極端に少ない。
 ルート1は気の抜けない道だ。一定のペースで歩かなければ、踵を踏まれてしまうかもしれない。進む人も、向かってくる人も、同じように多い。コース取りを誤れば、肩がぶつかってしまうかもしれない。
 ルート1は早い(近い)。わかりやすい。みんなが行く王道だ。リスクがないわけではないが、流れに乗ってしまえば問題ない。人の後をついて行けばいいのだ。ルート1を歩く人は、みんなそれを理解している。
 ルート2など、そもそも候補にならないのだ。
 いつものようにルート1に足を踏み入れたところで、私は思い直した。

(道が呼んでいる)

 本当に、ルート2は選ぶに値しないのか……。
 特に急ぐこともなかった朝、ルート2の中を歩いてみた。
 ルート1に比べて広い。暗い。(幻想的)人がいない。(空き地みたい)(独りになれる)遠い。遠回り。(短い階段、またはエスカレーターあり)(アトラクション感!)
 ルート2を選ぶ時、その理由はすべてルート1の裏返しだ!
 そこは詩情、冒険、遊びの詰まった「不急の道」だった。

 私は時々、ルート2を歩くようになっていった。
 空き地の果て、前を行く男が突然ターンして戻ってくる。
 ルート2は難しい。だから、迷える道でもある。
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カスタマイズ・ライス

2020-08-18 14:26:00 | 幻日記
「みそ汁の葱の量はどうしましょう?」
 そうそう。みんな同じじゃつまらない。
 ここは何でも事細かに注文できる素敵な店だ。

「それではご注文を繰り返させていただきます。
 サラダのドレッシングはマヨネーズ。
 豚肉の焼き加減、しっかり。
 みそ汁の味の濃さ、濃いめ。
 みそ汁の具の多さ、やや多め。
 みそ汁のスープの量、やや少なめ。
 みそ汁の葱の量、たっぷり。
 ご飯の炊き方、かため。
 以上でお間違えなかったでしょうか」
「はい」
 あとは待つこと1時間。

 何かを待つことをこれほど幸福に感じる時間はない。
 炊き立てのご飯以上に望む「ごちそう」なんてないのだ。
 すぐ先に約束された未来を楽しみにしながら、私は借りていた本を開く。今ならばどのような物語でも、広い心で受け入れることができる。優しく強い読者となって、私はページをめくる。淀んだ空気の中に停滞しても、葛藤が満ちていても、行間から不条理な闇があふれ出たとしても、テーブルの上には、理想のオーダーが通っているのだから。憂いなし。
 しばし本を伏せて窓の外を眺める。モンスター級の鴉がストレッチしているようだ。
 昼休みはまだ3時間ある。
 

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