眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

未来を指しながら

2019-12-24 04:08:00 | 自分探しの迷子
 テーブルの上に寝そべったまま僕は誰かが僕を動かしてくれるのを待っていた。
 その手に導かれて僕はどこへ向かうのだろう。まだ僕の知らない未来。ここにいる長い時間のことを思えば、どこへでもいいと思うだろう。理想もないとこだとしても、その瞬間は、離れていくという事実が何よりも最初の救いになるだろう。
 僕に触れて導いていくものの存在。君はいつやってくるのだろう。
 僕には君が必要だ。そして私はいくつものテーブルの間を縫って、ついに私という存在を見つけ出すあなたが現れる瞬間を心待ちにしながら、今という退屈な時間をただ待つという行為に捧げているのでした。他に方法があるのなら、例えば自ら声を上げてあなたに私という存在を知らせることができたなら。あるいは、他のものに頼んでそのヒントの端くれのようなものでも、どこかにそっと置くことができたなら。
 できるものなら、私は迷うことなくそうすることでしょう。僕は小屋から抜け出すことを知らない犬のようなものだ。わしはコントロールされて駆けることを覚えすぎた馬のようなものじゃ。

ヒヒーン! ヒヒヒヒーン! そうわしの声はそのように単純に訳することもできるのじゃ。じゃがな、もし、わしが馬であったとして。俺はペン。ずっと俺はここにいる。ここに忘れられたままだ。いったい誰が? それを問うたとこで何になる。
 ともかく俺は待つしかない。
 待つしかない存在。それが俺だ。だが、俺は自分のことを疑ってはいない。そいつは必ずやってくるだろう。
 俺はここに存在する。お前はどこかで俺を探している。俺を探してさまよっている。動かなくても俺には見える。俺は動かない。お前はあきらめない。だから、俺にはわかっている。出会うことは必然だ。俺は未来を指している。あっしはヒヒーンの使い。ずっと一つの未来を指しながら、僕はここで君が訪れるのを待っている。忘れられた哀れな存在などではない。僕はここに静止した状態で長い助走を取っているのだと思う。
 ここに流れている時間は、きっとそういう時間だ。
 僕には君が必要だ。君にとっても同じだろう。

 どこまでもどこまでも進むことができる。それが君と僕の先にある未来なのだから。誰かが私の存在に気づいて近づいてくるけれど、その目は長い間探し続けたものをついに発見した人の目ではなく、ただ何となくそれを見てしまった者の目なのでした。見たいものを見つめるのではなく、他に何も見あたらないからという理由で、気もなく向いているような目。
 その時、私は寒気さえも感じ、実際テーブルの上で音を立てて震え始めていたのでした。

「君じゃない!」僕が待っていたのは君じゃない! 
来ないでくれ! 向こうに行ってくれ! 
どうか見つけないでくれ! 
「触れないでくれ!」僕をどこにもつれてかないで。
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家出飛行機

2019-11-06 16:42:49 | 自分探しの迷子
 狭苦しい自分の部屋には無数の逃げ場所がある。
 ノートを開いても何ページ進めるかわからない。罫線の先を追っている内に僕は気がついてしまう。そこにリモコンがある。扉がある。スイッチがある。スナックがある。シャワーがある。何よりもあたたかい布団がすぐそこにある。もしも一瞬でも誘惑に負けてそこに手を触れてしまったら、もう永遠の夢に向けて一直線さようなら。自分の弱さがわかっているから、僕はここを出なくちゃならない。逃げ場のないところへ逃げ出さなくちゃならない。
 逃亡の計画を練りながら部屋の中に縮こまっている私は震えが止まりません。リモコンが、コミックが、扉が、スイッチが、何よりもあたたかい布団が……。無数に存在する逃げ場所を置いて、私はどこにも逃げ場所のない世界へと逃げ出さなければなりません。一歩踏み込めば届いたようなバスルームが、今では遙か宇宙の彼方のように遠いのです。
 エアコンが息を吐き切った後で静かになった。リモコンの背中を開けて新しい乾電池を入れる。それでも駄目。換えても換えても換えても換えても、吹き返さなくなったエアコン。家中の乾電池はみんな古いガラクタで、それは室温を突き抜けて人生の評価値までも急激に降下させてしまうのでした。
 キッチンの片隅に積み上げられた無数の缶詰の中に含まれているのが、私という存在です。この先誰が、私を見つけることがあるでしょう。私を私と証明する手立ても持てず、開かれた瞬間の世界を受け止められるよう、心の準備だけはしておこうか。なんてことを想像しながら、私は逃げ場のない世界へ逃げ出すことにさえ恐れを抱き、言い訳ばかりを探しているようです。
 
 恐れが狭い室内で飽和に達した時、俺はドアを蹴り破って自分の中から飛び出した。広さはさほど変わらない。
 小さなコックピットの中が、今は俺の居場所になっている。
 世の中に出て行くということは、社会という翼を背負うことだ。
 俺はもう戻れなくなっていた。
 命が欲しければ飛び続けなければならない。
 未来が欲しければ飛び抜けなければならない。
 そんな空の中に俺は浮いていた。
 
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アーモンドチョコレート

2019-09-06 04:20:35 | 自分探しの迷子
 アーモンドとチョコレートを口の中で融合させて、僕はアーモンドチョコレートを作り出した。アーモンドはアーモンド、チョコレートはチョコレート。僕の口の中でそれは紛れもないアーモンドチョコレートになった。アーモンドが欲しい時、僕はアーモンドを食べる。チョコレートが欲しい時、僕はチョコレートを食べる。別々にやってきたアーモンドとチョコレートが私の口の中で出会い、私の歯によって噛み砕かれる時、アーモンドチョコレートが生まれました。素晴らしいハーモニーが、生まれながら溶け合いながら、私の中に消えていきました。
 
 甘い気分でない時は、僕はアーモンドを食べる。チョコレートには目もくれず、アーモンドばかりを食べる。甘い気分に浸りたい時、私は純粋にチョコレートに手を伸ばします。アーモンドは置いといて、なめらかなチョコレートだけに溺れていくことができます。俺にあるのはアーモンドチョコレート。出会いも融合も必要ない。それは既に誰かがやったこと。他人の経験に興味はない。
 
 アーモンドチョコレート。それは完成品。俺は美味しいとこだけいただくとする。完成された水戸の一行よりも、僕はどこからか集まってくる侍の方に惹かれていく。アーモンドはアーモンドとして弾けていく。チョコレートはチョコレートらしく熱に弱い。それでも縁があれば二つは僕を通じてアーモンドチョコレートになることがある。それくらいの緩さでちょうどいい。アーモンドチョコレートがそこにあれば、いつだって最良のバランスをつかむことができます。
 
 けれども、私は鈍くなった。いつからか、ハッピーエンドは私を幸福にしなくなった。あるいは、私はもっともっと欲張りになったのです。荒削りにすぎるアーモンドと素朴なだけのチョコレートを持ち寄って、私の中で変えてみたくなったのです。私の中でアーモンドチョコレートになっていく時間こそが、どんな完成にも勝る喜びだったのです。くだらない過程はいらない。俺には一粒のアーモンドチョコレートがあればいい。欲しい時に一つ、もっと欲しい時にもう一つ。それだけあったらそれでいい。
 アーモンドチョコレート。そこに理屈をつけることはない。完成されたものの果てはいつだってかなしい。僕はまだアーモンドと一緒に転がっている方がいい。混じりけのない道ほど先は長そうだ。
 
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ファースト・ステップ

2019-08-20 22:08:00 | 自分探しの迷子
 転げることを怖がることはない。
 転ぶ前に一歩前に踏み出せばいい。それは簡単なことだ。体が覚えてしまえば、もう考えることはない。何よりも自然に、空気に触れているようにできるのだ。
 不安は最初の数歩だけだ。
 一歩、一歩、先へ進んでいけばそれでいい。確信は余裕へと変わるだろう。
 僕はもう大丈夫。そう思った瞬間に、僕はつまずいてしまう。また3歳に戻ってやり直し。

(ふりだしに戻る)

 大丈夫よ。みんなも普通にやってるんだし。あなたも普通にできるはずよ。友達の後押しもあって、前に進みかけていた。私は15歳だった。
「それはピアノを弾くより簡単よ」そうだった。
 言われるままに歩き始めれば、確かにその通りだ。私はもう十分に大人だ。
 人生のファースト・ステップは、とっくに乗り越えてきたのだ。
「簡単ね」
 とんとん拍子で、私は道を歩いていった。
 もう何も悩まずに行ける。そう思った瞬間、私はつまずいてしまう。私はまだ3歳の子供にすぎない。

(ふりだしに戻る)

 大丈夫。何もあわてることはない。時間はたっぷり残されている。
 3歳からやり直すにしても、僕には学習の経験が残っている。すぐに追いついて、追い越すこともできるだろう。何も難しくない。
 一歩、一歩、ただ繰り返すだけでいいのだ。プログラムを組むよりも簡単なこと。
 ほいほいと歩いて僕は20歳になっていた。

「大丈夫よ。あなたならきっと世界の真ん中を歩くことができる」
 叔母さんはそう言って僕の背中を押してくれる。
 そうだ。このままの調子で突き進もう。もう迷う必要もないんだ。世界の真ん中は無心で歩く内にたどり着くものだろう。
 輝きの中に踏み込んだ瞬間、僕はバランスを崩してしまう。
 過信だ。
 僕はつまずいてひっくり返って、立ち直れなかった。
「大人になるって大変なんだな」何度なっても、なり切ることができない。

(何度でもふりだしに戻る)

 ここは誰かが編んだ小説の中なのかもしれない。
 私は3歳で自我に目覚め、自立した歩行の先で80歳になっていた。
 もう平気だ。信頼の時は十分すぎるくらいに流れたのだ。
 おっとっと。
 軽はずみなことで信頼が揺らぐ。僕は3歳に立ち返り、立ち上がると160歳になっていた。歩き始めてから忘れるほどの時が経っていた。少し出過ぎたところで蹴躓いた。普通にやったつもりなのに、普通にはなれなかったか。まだ少し行き過ぎだったのか。
 どこまでも遠い。また、出直すことになりそうだ。ここまで来て、戻りたくはないな。

「簡単に思えることが一番難しいことだったんだ」私は3歳に立ち返って学び始めた。僕は5歳でようやく自我に目覚めた。急ぐからよくないのか。道が歪んでしまうのか。

 一歩ずつ。そうだ。ただ、一歩ずつ、一歩ずつ進んで行こう。
 追いつくことも、追い抜くことも、人の道からはかけ離れている。
 僕は16歳で立ち止まった。ためらいの中に足踏みを覚えて。
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僕たちの恐怖

2019-08-06 18:23:22 | 自分探しの迷子
 僕は5人の少年が怖かった。ずっとずっと前から。彼らは怖いものなしで、僕には怖いことだらけだったから。どこからやってきてどこへ帰って行くのか、まるで興味はないのに。彼らの話す大きな声が怖かった。高く響く笑い声が怖かった。
 でーんと構えた男が前にいるのが怖かった。開いた足の隙間が怖かった。
 おいお前! 突然飛んでくる声が怖かった。
 
「何か面白い話をしてくれよ」
 何でもいいという漠然としたものが怖かった。なんとかなるものと、なんともならないもの、なんとかしろというもの、なんとでもなるものが、怖かった。帰らないものが、くっついて離れないものが怖かった。突然、ペンを投げつけてくるものが、私は怖かった。
 
 5人の少年が私は怖かった。知恵を身につけた150人の大人が怖かった。
 でーんと構えた顔が怖かった。顔のないものが怖かった。
 5人の少年の笑い声が私の背中を刺して、私を恐怖の中に老いさせていくのでした。彼らはまるで怖いものなしで、私の周りには怖いもの以外に見えなかったのですから。約束を守らないものが、約束を守るだけのものが。すぐに刃向かうものと、決して刃向かわないものが。反省しないものが、反省しかしないものが。腕を組んだもの、足を組んだもの、手を組んだ5人の少年の……。何を恐れる必要が? 俺は5人の少年を恐れない。
 
 6人でも7人でも、25人のメンバーでも、150人の派閥でも。俺は恐れない。
 奴らは元をたどれば、赤子にすぎない。ミルクを欲しがるだけの赤子だ。
 でーんと構えた男も、お前を武器にする男も。俺は恐れない。
 恐れは自身の影だ。いいえ、その影の後ろにあるものこそ、私たちは恐れなければならない。
 恐れは私を研ぎ澄ませる。生きて進むべき道を照らす光にもなるでしょう。
 5人の少年が私は怖い。無数の虫がわしは一番怖いんじゃ。無数の虫がまとまってわしの方に向かってくる。
 
「しっ! あっち行け!」
 
 無数であるだけに、その輪郭もわしに捉えきることはできん。お前たちわしが好きなんか? 
 突然の好きが、私は怖かった。離れていく好きが、私は怖かった。沈黙を守るのも破ることも、私は怖かった。
 意を決して口を開けば、言葉は歪んだまま飛んでいき、相手の胸に突き刺さった。
 ほらっ、また。傷ついて、傷つけて、傷ついて、傷つけて……。みんなみんな恐怖に値する。
 
「君、名前は?」
 
 突然の問いかけが、僕は怖かった。
 答える自分が、答えない自分が、5人の少年が、200年の大人が、みんな怖かった。
 怖くて逃げたくて逃げられなくて、あきらめへと向かう心の道が、僕は怖かった。
 
 
 
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千駄ヶ谷の駒台

2019-07-31 15:49:24 | 自分探しの迷子
 長い旅路の果てに僕は盤上から消えた。千駄ヶ谷の魔神の駒台の上には、豊かな個性が揃っていた。中盤で激しい戦いが起こり、流れはもはや止まらない。至るところで歩がぶつかっている。次の接触でまた誰かが宙に舞い、こちら側の世界に移ってくるだろう。「大きな奴がやってくる」そんな噂が聞こえるが、ここから中央を俯瞰で見ることはできない。私は険しい旅路の果てに盤上から消えた。
 
 そして、今は千駄ヶ谷の魔神の駒台の上にいます。今までいたところから比べると随分と狭く感じられるこの場所が賑わっていることが、現在の戦況を物語っていることは言うまでもないでしょう。それにしても狭い。いつまで持ちこたえることができるでしょうか。定員オーバーに達することはもはや時間の問題と思えます。(もしもそれまでこの戦いが終わらなければ)またどこかで駒が接触する音が聞こえます。「さあ、向こうに寄って」「スペースを空けて」魔神の指に導かれて、私たちは次の備えを急ぎます。俺は長い旅路の果てに盤上から消された。
 
 今はこんな狭いところに押しやられた。この辺りでは既に多くの不満がくすぶっているようだ。だが、それもすぐに消えるだろう。120手オーバーはない。俺の読みでは、もうすぐどちらかが詰み形を築くだろう。
「おい次の奴がくるぞ」
「もっと寄って」
「もっと詰めて
「これ以上は無理だ」
「何するんだ? 落ちちゃうじゃないか!」
「もっとまとまって。上手くまとまって」
「そうだ。使われやすいように」
「小駒は小駒で順に並ぼう」
 僕は銀と交わってここまでやってきた。千駄ヶ谷の魔神の戦果はこの狭い駒台の上にあふれている。先ほど見た様子では、既に寄り筋は近づいている。ため込まれた戦力は、その時一気に爆発するだろう。「おーい。もっと寄って」「ギリギリまで詰めて」「またやってくるぞ」私は馬に食べられてここまでたどり着くことになりました。
 
 千駄ヶ谷の魔神の力は恐ろしく、この小さな空間が今の充実ぶりを物語っているのです。けれども、もうスペースは多く残っていません。
「強すぎるよ
「あふれるほどに強い」
「本当に?」
「疑う余地なし」
「欲張りじゃないの?」
「寄せを知らないんじゃない?」
「そんなことはない」
「もうすぐわかるよ」
「どうして私たちにわかるの?」
 
 この状態が続けば、いったいどうなってしまうのでしょう。私たちには他にスペースはないのです。私たちが体を持たない言葉なら、あるいはグラスの中の氷なら、時の力に任せて溶けていくこともできる。けれども、私たちは皆それぞれの利き腕を持った駒。指先の力を借りずにどこかへ向かうことはできないのです。インプットに費やした時を、外へ向いて放出する手番はそこに迫っています。
 
「なんで捨てられちゃったんだろう」
「なんでこんな窮屈なんだ」
「捨てられたんじゃない。さばけたんだ」
「あの頃はうんと広かったな」
「これでよかったんだよ」
「みんな運命なんだから」
「ずっと残るよりはいいんだから」
「捨てられたのは、ちゃんと生きたってことだよ」
「いいように言うね」
「また捨てられるの」
 
 俺は時を稼ぐためにここにきた。ふりだしの頃に比べて価値観は様変わりした。見回すまでもなくここは既に飽和している。戦いの質が、俺の予想を超えたからだ。臨時列車はこないのか。時間がない。白紙の上に線は引き尽くされた。カウントダウンの声が、盤上に響いている。もうすぐ、また俺の出番がくる。俺たちは皆これから向きを変えるのだ。
 
「何が残ると言うの?」
「何も残らない」
「残ってたら駄目なんだよ」
「だけど残っていてほしい」
「だから君は重いんだよ」
「次の奴がくるの?」
「もうこないの?」
「金ちゃんはいいな。最後まで残れる」
「それだけのことだよ」
「今日は違うかもよ」
 
 僕は一手と引き替えにここにきた。時は金なり。最後に笑うのはどっちだろう。千駄ヶ谷の魔神か、それとも……。50秒を超えて、一秒一秒、時が細かく刻まれていく。再び、僕はここを離れるだろうか。僕たちの最後にたどり着く場所はいつも決まっている。それは同じようで同じではない未来だ。最後の一秒が読まれる。その刹那、魔神の指が僕の隣の駒にかかった。
 
「残せるのは思い出だけだよ」
「銀ちゃん。上手いこと言うね」
「何も上手くない」
「ああ。高い音!」
「なんて高い!」
「王手がかかってるぞ!」
 
「ああ。誰か入ってきた!」
 
「立会人だぞ!」
「違うぞ!」
「後がない! 連続王手だ!」
「違う! 観戦記者の人だ!」
「さあ、行くぞ!」
「僕も行くぞ!」
 
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空友

2019-07-05 03:53:27 | 自分探しの迷子
 とっくに中身を飲んでしまったカップを持って行くところが見当たらない。仕方なく僕は空っぽのカップを持ったまましばらくの間、歩くことになるのだ。しばらくの間……。3分でも20年でもそんな概念はどうにでもなる。僕はそれなりの忍耐力は持っている。行き場のないカップはずっと手にくっついている。どこかにゴミ箱はないかな。ゴミ箱はどこにもない。僕がそれを探し求めているからだ。僕の体を温めて少し甘くした後のカップはとても軽い。その存在を忘れてしまいそうになるほど軽かった。カップはそれでいていつも僕の手と共にあった。何かを持ち上げようとするとき、何かを操ろうとする時、ふとその存在に気づかされるのだ。使い捨てのマイカップ。捨てたくても捨てることができない。空っぽのカップは、まだ私の手の中にあるようでした。
 
 控えめな態度で私の手の中にそれとなく収まっているのを、私はまだ捨てることができずにいました。私がゴミ箱を探し始めてからしばらく経ったはずですが、それはまだ私の目の前に姿を現してはくれません。しばらくというものは、ほんの15分を指すこともあれば、人類が誕生してから今この瞬間を指して言うことも可能で、使われ方にはなかなかの幅があるものです。私がゴミ箱を見つけようと努力しているのは、私の手を煩わせるこのカップが、既に本来の役目を終えてゴミになったからだと言うことができます。しばらくしても見つからないのは、この街の治安のよしあしが少しは影響していると言えそうです。僕はまだゴミ箱を見つけ出すことができない。
 
 その辺にポイ捨てできないのは、僕がモラルある人間だからだ。あるいは、わしはかっこつけているのかもしれんな。優しい自分に酔っていたいジェネレーションなんかもしれん。わしは何時でも熱い飲み物を望んでおるんじゃ。「見つからなくてもいい」次第に僕はそう思うようになっていた。道行く人が恋人やギターやチワワをつれているように、それぞれの相棒と共に歩んでいくように。僕にとってはこの空っぽのこのカップが……。握りつぶさないように僕はカップを強く握りしめた。膝を叩いてリズムを取る。その時、俺はお前を見つけたんだ。
 
「お前はゴミじゃない!」
 俺はもうゴミ箱を見ていない。すぐ目の前をゴミ箱の群が通り過ぎたとしても、俺はそれを見ない。しばらくの間、お前は俺の相棒だ。俺からはお前を捨てない。俺は傷み、老い、だんだん物忘れが酷くなっていく。その分、俺は優しくなるんだ。だから心配するな。先に燃え尽きるのは、俺の方に決まっている。そうだ。名前をつけよう。俺から贈る友情の証。お前は、かっちゃんだ!
「なあ、かっちゃん。次はどこへ行く?」
 
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朝のルーティン

2019-05-24 06:10:22 | 自分探しの迷子
 朝起きてまず最初にすることはスマホを充電することだ。
 僕が疲れて眠っている間に、彼はもっと疲れているのだろう。すっかり弱く今にも力尽きようとしている。急を告げるメッセージが僕が今からやろうとしていることを催促しているようだ。コードは眠っていても手の届くところにある。そうでなければすぐに彼を助けることはできない。僕はまだ半分眠っているからだ。眠りながら布団から抜け出して、何かを取りに行くような真似はできない。
 僕を真に目覚めさせるためには、スマホの助けが必要になる。そのためには、まずはスマホそのものを助けなければならない。
 僕の運命は、いつだって彼とつながっているのだ。離れている時も、僕が眠っている間も、どこかできっとつながっている。そのつながりを断つことは誰にもできない。僕はそれを許さないだろう。自分自身がそうしようとしても許せないはずだ。いつ頃からつながっているかはもう忘れてしまった。今ではもう意識しないほどにつながってしまっている。生まれる前にはそうではなかった。死んでからはどうだろう。まあ、考えることもない。
 僕は布団から抜け出せないままに手を伸ばしコードを取る。今にも消え入りそうなスマホに接続して充電を開始する。
 私が朝目覚めて最初にすることはスマホを充電することです。
 
 私が悪夢から生還する頃、彼はもう命尽きようとしている。つなぎ止めるには人の手助けが必要で、部屋には私しかいないのだから、私が手を伸ばしてどこかにあるコードを引っ張ってくる必要があるのです。悪夢の中で共に戦ってくれた昔の友達や雄弁な猫たちはみんな死にました。
 私が立つべき現実世界を支えるには、どうしてもスマホの力が必要になるのです。いつからそうだったのか、今では思い出すことはできないけれど、未来へ向かう道ではもう決して切り離すことは難しいでしょう。
 生活のすべては既に彼によってコントロールされていて、小さな悩みを残してほとんどの思考は、彼の中の小さく優秀な頭脳に委ねられているのです。
 
「あなたは本当に素晴らしい」
 あなたなしでは一日だって生きていくことは難しい。
 どうか消えないでほしい。私の前から離れないでいてほしい。私はネズミのように手をすり合わせて願うことでしょう。あなたに触れてあなたの素晴らしさを、あなたのような素晴らしさを知ることができました。だけど、もしもあなた以上に素晴らしい存在をみつけた時は、私からあなたを捨てることになるでしょう。私は少しも迷わないでしょう。あなた以前には見えなかった素晴らしさが、今ではもう全部見えてしまうのだから。
 ああ、早く助けなければ、私は私を始めることができない。
 俺が朝起きて最初にすることはスマホを充電することだ。
 
 俺はお前に依存している。
 俺は馬鹿でアホで愚か者だ。
 そんな俺を助けてくれるのがお前だ。
 俺が現実に目覚めた時、お前はいつも死にそうな顔をしている。
 俺はお前を助けなくちゃならない。この部屋には俺しかない。お前を助けられるのは俺だけだ。
 俺は自分を助けるためにお前を助ける。
 簡単なことだ。
 すぐそこにあるコードを引っ張ってくるだけでいい。
 誰にでもできる簡単な仕事だ。時給にすれば500円か、600円といったところか。だが、誰がそれを許すだろう。
 俺は許さない。それは自分でやるべきことだ。
 今すぐに俺はそれをしなくちゃならない。
 俺はまだ自分の生活に興味がある。
 俺はお前の命をつなぎ止める。お前は俺を助け、俺をコントロールする。
 これはハッピーな共存なのだ。
 
 さあ、俺はやるぞ。
 
 冷え切った手を布団から出して、伸ばす。すぐそこだ。それはすぐそこにあるはずだ。何かに敷かれて隠れていたり、もつれて短くなっているだけ。そこに存在することは疑いもない。間もなく俺は、その短いミッションをやり遂げるだろう。
 そして、俺は言うのだ。
「ご苦労様」
 朝に目覚めたお前を労う。すべてはそこから始まる。
 わしは流れ者じゃ。
 
 流れているのか、流されているのか、よくわからないのは、きっと多くの時間が過ぎ去ったせいじゃな。どこに行っても行き止まりだから行くところまで行ったら、また同じところを回るだけじゃ。ぐるぐるぐるぐる、回って回って、わしの周りのものもみんな同じようにぐるぐるぐるぐる、回っておるようじゃ。同じように回っているから、まるで回ってないようでもあるのが不思議なとこでな。回らなくなった時は、わしが眠る時じゃ。
 
 眺めていると僕はもうどにかなりそうだった。
 私にとってそれは視点の移動に等しかったのです。
 それが悪い意味なのかよい意味なのか僕の中でもよくわからないことだった。何度も見たところでもしばらく見続けている内に、別の新しい何かが見えてくる。それは幻想だろうか。突然、出口がそこに現れることがありはしないか。
 回りながら眠ることもないわけではない。とにかくわしらは回るしかないようで、ぐるぐるぐるぐる、とにかくもうそうしておる。
 ぐるぐるぐるぐる……。
 
 おや、わしらの暮らす硝子の向こうを人が回っておる。物珍しそうな目を向けながら、人が通り過ぎる。
 
 わしから見ればみんな同じような顔で、それは日常の風景にすぎないが、わしはただ見つめ返すくらいのもんじゃ。ぐるぐる回るものを見る場所。それはどちら側にとっても似たようなものかもしれん。果たしてどちらに見所があるのか、さてどうじゃろうな。まあ、そんなことはどうでもいいか。
 人はポケットから手を出したら、もうやることはだいたいわかる。小さなそれをわしに向けてかざすんじゃ。そうしてインスタ映えを狙っておるんじゃ。
 
 まあ、本命はわしじゃない。
 もっと大きい向こうの水槽の中におる奴なんじゃ。
 
 僕は布団から抜け出すことができない。
 とうとうコードを見つけ出すことができずに、君は最後の力を使い果たして、眠ってしまった。
 長い眠りだ。僕はまだ夢の中にいる。
 君が目覚めない以上、僕も逆戻りするしかないのだ。あるいは、僕はまだ一度も目覚めていないのかもしれない。
 夢と現実を区別することは、夢の住人にはできないことだろう。
 夢の中で僕はわしになり猫になり、見知らぬ人を先生と呼び、次の瞬間にはそれを父と思うだろう。いかなる瞬間においても、決して自分を疑うこともなく。
 
 
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職質の嵐

2019-05-20 18:52:24 | 自分探しの迷子
「何してる人ですか?」
 
 今何をしているかよりも大事なのはこの先何をしようとしているかだ。なのにみんな今を問いつめることに必死だ。
 
「勿論、何もしていませんよ」
 
 まだ先がある。僕はずっと胸を張って未来を見ている。何をするでもなく、わしは死んでいたようだ。それでも死んでからしばらくの間は、誰もそのことに気がつかなかったようじゃ。わしは死んでもなお水を得た魚のように生き生きとしてプレーしたもんじゃ。気が張っているから、不思議と大丈夫だったんじゃ。痛みも負い目も何も感じんかった。死んで気づくことがあるもんじゃな。わしは死後も変わらず現役でプレーし続けておったんじゃ。わしは立ち止まることをいつも恐れておった。恐れがあるとすればそれだけのことじゃった。
 その瞬間に、死がどっと明るみに出てしまう……。
 そんな風に思えたからじゃ。
 
「今日はおひとりですか?」
 誰かがまた昨日の私を問いつめている。
 今日は昨日は今日は昨日は私は……。
 私は夢を語れない。私はきっと何もしてこなかった。だから、きっと今も空っぽなのでしょう。
「よく来られるんですか」
 よくもない。わるくもない。
 今はここにいる。
 前世と来世の間にほんの少しここにいて許されている。何もしてこなかった過去が今日の空白を作り上げてしまったのでしょう。みんな自分のことは棚に上げて、人に何かの答えを求めてばかりだ。
 
 
「犬って何が楽しいの」
 
 別に決めつけているわけじゃないよ。答えなくなかったら別にいいんだ。そんなに求めているわけじゃない。何か思いついたのなら、教えてくれてもいいんだけど……。こっそりと僕にだけ聞こえるように言ってくれればいい。切羽詰まってきいているわけじゃない。普段から考えているとか、全然そんなんじゃないからね。答えに不自由しているとかいうこともない。それに、僕だって少しは楽しいことがあるんだ。本当に、通りがかりの軽い奴なんだから。
 
「ああ。いらっしゃい。窓際の席でしょう。わかりますよ。私くらいになるとだいたいわかっちゃう。人混みが嫌いなんでしょう。でも誰もいないところも恐ろしい。それで歩き始めたんでしょう。こんなところまでやってきたんでしょう。こんなところ……。でもまあこんなところでもいいか。こんなところがお似合いか。ふっ、こんなところで何やってんだ。カレーでしょう。カレーでいいかい。それしかないんだから、もういいとか悪いとかそういうことじゃない。チャンネル変えましょう。また負けましたね。わかりますよ。監督が悪いんでしょう。ええ、わかります。もうファンじゃないってこともね。随分遠いところからいらっしゃった。わかります。隠し事が多くてお困りですね。勿論わかってますとも。正義ってのは疲れますね。お客さん」
 
 
「君ちょっと。ここで何を?」
 犬に問いかけカレーを食べてたらこんな時間になりましたけど。
「ちょっと鞄の中を見せてもらっていい?」
 ああ。特に何もないけれど。
 
「これは何?」
 ただのpomeraだけど。
 
「これはまな板? 何を切るの?」
 違うよ。打つだけだよ。玉葱なんて切らないって。
「これは何? 翼? どこへ飛ぶつもりだ?」
 ああ。それは今から決めるの。
「君ちょっと。開いてみせてくれる?」
 もう、これは見せ物じゃないんだ。何もないんだって。
「で、この先どうするの?」
 どうもしないって。
 
「どこで売ってるんだ?」
 ジムだよ。
 
 
 
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シングル・スクール

2019-04-26 00:41:22 | 自分探しの迷子
 
 教えなければならないことが私の持ち時間を遙かに超えてしまったから。私に教えることは何もなくなった。そう言い残して先生は教室から出て行こうとしている。先生は逃げるんですね。僕たちを置いて。今までのことはどうしてくれるのです。何もなかったというのに何を教えていたのです。僕は逃げ出していく先生の肩にぶつかって先生を止めた。ファールだと窓にくっついていた虫が騒いだけれど、主審はファールを取らなかった。先生そうはいきませんよ。もしも行くなら僕も一緒です。先生のいない教室はただの部屋、公園、大通り……。私はいずれにせよ、この場所に残る以外のことを考えることはしなかった。与えられた時間を与えられた場所で過ごすこと。
 
 それ以外に私たちが学んだことはなかったのだから。動こうとしても動くことができないのです。教えることがなくなったとしても、私たちには学ぶべきことが残されている。先生が逃げ出すしかなかった理由について、私たちは最初に学び始めることができます。まさにそこに先生という存在がいないからこそ、より長くより深く、それぞれの想像を働かせて、そこにぽっかりと空いた空間のことをじっと考えることができるのです。俺は先生を追いはしない。俺にとっては元からそこに存在していないからだ。俺は先生の声を信じない。
 
 俺は人間の声を信じない。俺は主人公の声を、二次元の声を信じない。元をたどればそこにはいつも人間がいる。ふっ、人間じゃねえか。信じられないな。俺と同じ生き物なんて。俺は鳥の歌声を信じる。俺には理解できない歌だ。だから、疑う余地もない。いったいここにいる人々は何を待っておるのかのう。わしはラーメン・コールを待ちながら、ふとそんなことを考えておったもんじゃ。今そこにある雨はほんの序の口。本降りと言える強い雨は、この先に控えておる。それなのにここにおる人々は何をのんびりと構えておるのじゃろうか。おぬしはそれについてどう考えておるのかの。
 
のーよ。
 
 ふん、聞く耳持たずか。まあ、それもよかろう。何でも聞いておったらろくなことにならんからの。まったく油断ならん世の中よの。雨はどんどん強くなるぞ。おぬしもそうかの。「どうせ教え切れないのだから」それが立ち去る理由だと言うのですか。「そうともさ」だって、教えなくても同じことでしょう。
 
「だったらどうして教えないのですか」
 
 僕は先生のあとを追って教室を飛び出した。逃げていく自分を僕は追いかける。追いかけずにいる自分。居座る自分、不動の自分、居残る自分、動かぬ自分、微動だにしない自分、岩のような自分、銅像のような自分……。「現実から逃げるんですか」いいえ。逆よね。先生が去ったあとの教室には、今までで最も難しい授業が残された。独りの僕と、無数に見え隠れする自分たちが、戸惑いながらも逃避の先にある新しい現実と向き合おうとしていた。
 
 
 
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みそ汁を君へ 

2019-04-15 23:39:06 | 自分探しの迷子
 
 みそ汁を飲もうとしてお椀の中を覗くと何かが入っていた。「何奴だ?」それは僕の好きな奴だった。いったい誰がこんなものを入れたのか。それは僕だった。僕はみそ汁の中に自分の好きな奴を入れて飲むのだ。好きに好きが加わればこれ無敵。一日の始まりに僕はみそ汁を飲まなければならない。
 
 さあ飲むぞとお椀の中を覗くと何か気になる奴が入っている。いったい誰がこんなものを入れたのか。それは私です。私はほとんど何も考えずに、気になる奴が入ったみそ汁をいただきました。いつもと同じようにみそ汁をいただくと、気になる奴も完全に私の中に入ってしまい、もう何も気になることはありませんでした。みそ汁の力によって全身が幸福感に包まれた内に時が過ぎていきます。
 
 一日の始まりに私はみそ汁を飲まなければなりません。お椀に顔を近づけてみると何か嫌いな奴が入っています。いったい誰がこんなもの入れたのか。それは僕だった。個人的には嫌いな奴だったけど、世の中には奴を好く人もいるようで、どこかにいいところもあるのかもしれない。捨てるわけにもいかず、恐る恐る口をつける。悪くない。美味しい。やっぱり今日もみそ汁は美味しかった。みそ汁の中に入ってしまえば、嫌いな奴もそう嫌いではなくなっていた。みそ汁の力によって僕は一日を乗り越えていくことができる。
 
 一日の始まりに僕はみそ汁を飲まなければならない。お椀の中に気がかりな奴が見える。誰の仕業だ。はい、それはわしじゃ。わしはみそ汁を飲むんじゃ。飲み干してみると何も気がかりなことはない。みそ汁飲んでおやすみじゃ。一日の始まりにわしはみそ汁を飲まんと。お椀の中には何かわしの大嫌いな奴が入っておるな。誰じゃ。それは俺だ。俺は大嫌いな奴が入ったみそ汁を迷わず飲み干す。
 
「なんじゃこりゃ!」俺は頭を抱えて倒れる。転げ回って苦しむ。いったい誰が。それは俺だ。俺は自ら選んだ敵に破れた。受け入れるには早すぎる。そんな勝負に俺は敗れた。俺は自分を呪い、みそ汁を呪う。もうみそ汁なんかごめんだぜ! そして私は一日の始まりにみそ汁を飲まなければならない。お椀の中には大好きな奴が入っている。僕も好きだよ! 僕は大好きなみそ汁の中に大好きな奴が入っている光景を前にうっとりとして立ち止まる。口をつける前に、もう満足だ。今日は自分でみそ汁を飲むことをやめて、誰かにみそ汁を贈ることにしよう。美味しすぎるのでお気をつけて。
 
さあ、君へ届けます。
「おみそ汁をどうぞ!」
 
 
 
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煙草男

2019-02-27 05:43:00 | 自分探しの迷子
 右手には煙草。左手に子供の手をつなぎながら、男は前を歩いている。黒い煙が後ろの方に流れてくる。「煙たいな」嫌になって僕は徐々に歩くスピードを緩める。風向きが悪い。右手の煙草の位置は、反対の手でつなぐ子供の顔の位置とちょうど一致する。そんなに吸いたいのだろうか。他に吸う場所がないのだろうか。それとも一刻を惜しんで、子供と一緒に道を歩く時でさえ、吸っていなければならないというのか。好きなのか、好きでたまらないのか。(どちらも手放せない)というほどに、好きなものがあるから、男は幸福なのかもしれない。そんな幸福から僕はゆっくりと距離を取って歩く。ゆっくり、ゆっくり、決して追いついてしまわないように、私は歩かねばならないのです。
 もしも、左右反対の親子が道の向こうから歩いてきたとしたら……。お父さん、あんた平気なのでしょか。何も危険を感じたりしないのでしょうか。ねえ、お父さん、あんたの頭の中はどうなっているのでしょうか。ねえ、お父さん。私の想像の向こう側を、歩いているお父さん。私は流れてくる煙さえも恐れながら、ゆっくりと、ゆっくりと、亀になったつもりで、道を歩くことになりました。私の少しばかりの敵意は、あんたに決して届くことはないでしょう。まだ、微かに私の体はあんたの作り出す煙に触れて、黒く汚れています。ゴホン。俺をせき込ませるものは、どこのどいつだ。
 俺はカブトムシになったようにして歩く。カブトムシが好きなんじゃない。煙が嫌いなだけだ。俺は争いを好まない。好むのは逃避の方だ。カブトムシがどうかはわからない。俺が今、投票に向かっているとしたら、俺は投票箱に着くことはないだろう。もしも、着くことがあったとしても、俺は何も投票するつもりはないのだ。季節がそれを許さないからだ。俺がしていることは、単なる時間稼ぎにすぎない。俺はカブトムシになって自分の力をセーブしている。だが、わしは他人からそれを見透かされるのも嫌じゃ。
 あの人って「カブトムシを演じているのね」。そんな風には見られたくはない。だから、わしはナチュラル・カブトムシに見られるように、全体的なパフォーマンスを調節して、演じているのではなく、カブトムシが歩いているようにしたい。実際にそうなっているかどうかは、果たして怪しいものじゃ。そもそも、誰も見ておらんのではないか。誰が私の歩く形を気にかけているというのでしょう。誰が、僕とカブトムシの関係を、僕とあの親子の間にある空間について、気にかけたり、想像したりするものか。そんなことは絶対にない! 親子が立ち止まった。
(カブトムシに限界がきた)
 もうどうしようもない。あの男の横を僕は通過したくなかった。車が来ないことを確信して、僕は車道を横切る。向こう側にも、歩道はある。
「高い」
 高いハードルが目に入って、歩道に入れないことを悟った。だけど、もうここまで来てしまった。僕が猫だったら、カンガルーだったら……。難なくそれを乗り越えることができたのに。僕にはまだ越えられないハードルがある。
(人間って奴は)
 僕はもどかしく車道の端を歩き続けた。

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ニュアンス

2019-02-21 23:34:00 | 自分探しの迷子

話すということは、他人の中に自分を探すことだった。普通に話していた。普通以上に言葉を選んだつもりだった。「その言い方は何だ」僕はそう言われて驚いた。もっと他に言い方はあったかもしれない。その瞬間、僕はもうあきらめてしまった。謝るということも怒ることもなく、話すという手段をあきらめてしまった。疲れてしまった。私はどうしてもという時に限って言葉を話すことに決めて多くの時を静かに過ごすことにしました。胸の内で自身とかわす言葉以外に外に出て行く言葉はほとんど消えてしまいました。俺はそんなの少しも気にしない。ほとんどのことは気にするに値しない。言葉が何。語尾が何。どうせみんな消えていく。持ち上げたものも、突き放したものも。風が吹けば紙屑みたいに消えていくものさ。俺はそんなものに心を割かない。俺は忙しい。俺の欲しいのは緑茶だ。そいつは簡単に手に入る? いや、そうとは限らない。むしろ、その逆だ。俺が望むがゆえに、そいつは逃げていく。悪意によって隠されてしまう。それが錯覚ならば単に偶然だろう。緑茶はポットに中にある。ちゃんと存在している。だが、そいつはトースターの向こうにある。トースターは二段重ねになっている。トースターの手前には、大きな炊飯器がある。緑茶を探すスタート地点は、その手前にある。俺は上手く見つけられるだろうか。君にしても同じことさ。私は大きな大きな炊飯器の底に無数の言葉を置いて、いつもいつも煮えたぎっていたのでした。ある時は大きな哀しみを、ある時は自分には解析できない怒りをため込みながら……。白いロケットの発射まで15分。そろそろだ。雑用に追われながら、僕は時々液晶を見た。15分。形の上では時間は止まることがある。あの時、僕の言葉は成長を止めてしまったのかもしれない。僕は連絡事項を抱え込んでいた。トラブルを解くためにはどうしても言葉が必要だ。15分。ブランクは繊細なニュアンスを奪っているかもしれない。短い言葉でも、大きな失敗を経験するかもしれない。2分。ため込んでいた時間が突然大きく触れた。飯はまだか。誰かが訴えている。何でも俺にきくな。少しは待て。何だって辛抱さ。

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さよならの残像

2019-02-06 06:59:30 | 自分探しの迷子

 クリスマスの折句を求めてトナカイたちが検索の窓を叩いている。12月の付き人のように、みんなその時ばかりは熱っぽいのだけど。サンタが煙突をすぎて真っ黒に焦げたチキンをナイフで切り刻んだ後には、もう何もなかったみたいになる。元の静寂が帰ってきて、微かに積もった雪もすぐに溶けて、道の上には無数の手袋が捨てられている。誰かの指先にまで深くはまっていたのは、どれくらい……。冷え切った夜にだけ、頼りにされて。バイトA。私は使い捨ての手袋みたいだった。12月のある一日だけ頼りにされた。それまでの時間を問うものは誰もいません。地の底に沈んでいても、月の裏側に隠れていても、どうでもよくて、ただその時ばかりは私を頼りにするのです。私は白い風のマスクなのでした。そして、来るべき時に備えて、俺はスイングを欠かさない。
 俺は代打の切り札なのだ。切り札だからと自分に言い聞かせる。暗示にかけることも俺の切り札なのだ。俺は切り札として、日々の素振りを欠かさない。出番がいつになるか俺は知らない。来ないのかもしれない。切り札とはそういうものだ。俺は暗示にかかっている。それが俺の切り札だ。俺はいつだってその時に備えている。その時に呼ばれたら、期待に応えられるように。俺の準備はいつだって整っている。俺は陰の努力を惜しまない。俺は切り札の暗示を怠らない。陰は俺の切り札だ。陰こそが俺の友達だ。まるであの闇の中に落ちた手袋のように。さよならの途中で時が止まったように。
 その手はいつも道の上に残っている。さようなら。じゃあ、またね。君は右手。僕の左手。また、明日。また、会いましょう。12月の熱狂はすぐに醒めてしまう。冬の頼りはすぐに溶けてしまう。みんなすぐに投げ出してしまう。そこにもあそこにも。僕の足下にも置き去りになった手の跡がある。誰がそれをすくいとるの。誰がそれを拾い上げるの。僕はもう忘れている。自分が繰り返してきた過ちを。いくつかあったさよならを。そこにある。ここにある。向こうにある。今もある。君の足下にも。
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私たちのクリームパン

2019-01-29 01:15:11 | 自分探しの迷子

 自分探しの旅を続ける内にいつしか僕は自分自身を見失っていたようだ。俺はまず自身を再構築することに決めた。歯ブラシに歯磨きをセットする。これでよし。それから蛇口を開き水を出す。水を受け取る。水を吐き出す。繰り返す内に再構築は完了する。これが俺だ。いいえ。私は物心というものがついた時の記憶についてずっと訝しく思っているのでありました。私は私という存在を認める者も認めない者も同じように、訝しい目で見なければならなかったのです。そう、旅というのは生まれた瞬間に始まるものだけれども、遡ってみればそれよりも遙かに前に始まっていたとも言えるのですから。そして、僕はコーヒーを注文した。その中に自分の姿を映すためだった。あるいは、小さくても自分の欠片のようなものを見つけるために。わしはそうすることを望んでおったのかのう。いや、それにしてもじゃ、わしにとって12月とはお前にとってのこの夏にも似た存在と言えるんじゃ。だってごらん、炬燵だってみかんだって、あの冬のまんまなんだもん。俺にしてみりゃ、それはまたどうでもいいことだ。俺のやり方はいつもシンプルだ。棚の上から素早くクリームパンを取る。それをレジに持ち運ぶ。行列に恐れをなして引き返す。棚の上にクリームパンを戻す。着想をリセットする。ここから私は落ち着いた心を取り戻すことができるでしょうか。突然、私は居心地が悪くなり、感情の起伏をコントロールすることが難しくなってしまうのでした。俺は俺を知らない。誰だってそうだ。俺はクリームパンを戻した。もはや俺のクリームパンではない。当然のことだ。俺は手を引いたのだ。だから俺のではない。俺のものであったこともない。俺のクリームパンになる未来は確かにあった。未来に近づいた瞬間は存在した。だが俺は進まなかった。引き返すことを選択した。その時の感情は定かではない。俺はここに。僕は自分探しの旅の中でそれぞれの自分を見つけ、それぞれの自分と別れなければならなかった。真っ直ぐに進むだけの道だったとしても、常に迷子と隣り合わせだった。自分探しの旅とは、そういうものだった。僕のそばにはいつも僕を認める者と少しも僕を認めない者とがいた。そのいずれもが僕に似ていて、僕はいつも心を許せずに長い旅、あるいは訪れる本編のための助走を取っていたのだ。私を追いかけているのは10月下旬に吹き抜ける風に似たスランプのようだと思えました。別の見方をするならば、びっくり箱の中で眠り続ける鰐の抱える慢性的なブルーと言うこともできるのでした。種々の見方を試しながら進んでいく道の中には飢えた獣が潜んでいるのも、既に学習済みの問題とも言えたのですが。俺は自分を見失いかけていた。それは俺の好みでもある。俺は俺を憎む。誰よりも愛する俺を。
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