眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

あけましておめでとうございます!

2019-01-27 20:42:40 | 自分探しの迷子

 滞空時間の長い12月に浮いているのが好きだった。みんながきれいに見える。「忙しい、忙しい」そんなことを言いながら、餅をついたり、部屋を片づけたり、愛を追ったりしている。今までだって時間はあっただろうに、急に世界が始まったように(終わってしまうように)躍起になっている、そんな人々を見ているのが好きだった。前はもっと長い時間、12月の中に浮いていられた。そんな風に僕は思う。(もっと、色んなことをできたんだ)「よいお年を」なんて挨拶をしたり。だけど、そんなことを言い始めたらきりがない。そいつは危険な挨拶に違いない。「よいお年を」会う人会う人みんなにそれを徹底することができるのか。あるいは、それを適当に使い分けるのか。そんな器用なことが僕にできるのか。それはとっても疲れることじゃないか。「よいお年を」だいたい、よいわるいって誰が決めるのだ。ずっと前なら、滞空時間の長い12月の中に浮いていられたように思う。もう一度、昔のように飛んでみたい。時々、そのようなことを思う。12月の高揚の中に浮き止まったままで、いつもよりも一つ高い視点から、みんなを許したい。みんな忘れたい。だけど、今では、12月さえも、ほんの一瞬だ。「あけましておめでとうございます」
 いま目が合いましたよね。あれ、女は私の前を素通りして行ってしまいました。「本年もよろしくお願いします」向こうの方で、女の改まった声が聞こえます。女は神妙な顔で頭を下げています。見ていなくても私には女の姿が、腰を折る角度までもが見えているのです。できる人です。あなたはちゃんとするべきことができる。ちゃんとするべき人にはできるのです。よくできました。忘れます。もう、完全に忘れるとします。私は何も言いませんでした。おめでとうなんて大げさなことなど言ってません。いいえ、私はいませんでした。めでたいなんて露ほどにも俺は思わない。俺は暦なんかに振り回されるのはごめんだ。
 俺はいつもようにショッピングモールに歩いていく。いらっしゃいませ。(元旦も休まずに営業いたします)いや、休め! 靴屋も、書店も、カフェだって開いている。休めってんだ。こんな時に休まなくていつ休む。俺は日常に感謝を捧げながら、エスカレーターに乗って上を目指す。エスカレーターは一時も休むことなく、俺の体を上へ上へと運んでくれる。お前も休め。フードコートはいつものように開いている。いつものおばあさんが、いつもの席で、いつもと同じ姿勢で新聞を広げてくつろいでいる。いや、休め! ああ、休んでるのか。それでいい。俺は日常にエールを送りながら、コーヒーを注文する。「おめでとうございます」ああ、「おめでとうございます。よろしく……」かけられた挨拶は返すのが俺の流儀だ。そんな風に挨拶ばかりちゃんとしてたら、きりがない、とわしは思いながらも、猫に竹輪をやったもんじゃ。
 今では猫はわしのことをちゃんと覚えていて、わしの顔を見ると寄ってきて「何かくれ」と言うようになった。寄ってこない時は、お腹が空いてない時じゃ。何かくれと言われたら、わしは何かをやらねばならん。そうするまでは、猫は去らんのじゃ。最初にわしが間違えたのかもしれん。最初の接し方を間違えてこうなったのかもしれん。「よーし。お年玉じゃ」今年もよろしくしてくれんさいな。おーそうか。旨いかの。
「あけましておめでとうございます」
「あれ? 初めてだったっけ?」
 あーそうですか。随分と色んな人に会われたのでしょう。さぞかし面倒臭かっただろうな。僕は愛想笑いを浮かべながら、新年の挨拶を済ませる。(よしっ!)これでよし。もう、すべての人に言ったぞ。挨拶が終われば、お正月も終わりだ。特別な12月に向けてまた日常が始まる。
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クライ・ベイビー

2019-01-22 21:22:30 | 自分探しの迷子

 空耳だったらよかったのに。列の中から男は時折叫び声をあげていた。待ち切れないというのか。たったそれだけのことで不満をぶちまけねばならないのだろうか。列を成す人々が一層強く固まっているのが見なくてもわかる。受付は三つほどあったが、男がたどり着いたのは僕のいるカウンターだった。怒りは収まっていない。待たされたことも、名前を書かされることも、同じように不満を顔に出し、声に出し、時に意味不明のことを口にした。酔っているに違いない声の大きさは、周りにいる人の顔を強ばらせていた。僕はなるべく男を刺激しないように冷静な対応を心がけた。「うるさい! 俺に命令するな!」命令なんて……。そんな風に伝わってしまうかな。男はカウンターに備え付けのボールペンを投げつけた。それは直接私に向けたものではなかっただろうけれど。きっとかまってほしかったの。私は独り白い目に晒された男のことを哀れにも思いました。かわいそうな子。かわいそうな赤ちゃん。聞いてほしかったの。わかってほしかったの。ただ泣くだけならよかったのに。あの頃ならね。だけど、あなたは言葉を知ってしまいました。立派に力を持ってしまいました。人を傷つけたり、怖がらせたりもでる。なのにあなたは何もわかっていない。わしは驚いた。
 ふと顔を上げると女が表で手を振っておったのじゃ。雨の中に立ちながら、わしが気づくまで。雨か。わしはその日雨が降るとは聞いておらんかった。だが、確かに雨じゃった。わしがようやく気づいて手をあげると彼女は一礼して帰って行った。わしが彼女を見かけたのはそれが最後じゃ。初日から熱心に働く真面目な人だった。彼女が去ったのはこの街の雰囲気が思っていたのと違ったことが関係していたそうじゃ。わしの記憶は今でもあの雨の中のままじゃ。それにしても。いつからふっておったのかのう。わしが気づいたのは、どれほど遅かったろうか。もう手遅れだ。ボールペンが投げられた時、それは俺にとっての合図だった。
「もう帰ってくれ!」
 俺の仲間がそう叫んでいた。一瞬のターン。がまんの時は終わった。立ち去るがよい。愚か者よ。言えば通ると思うんじゃねえ。酔ったら許されると思うんじゃねえ。自分の言いたいことばっかり言うんじゃねえ。今更言い訳なんかするんじゃねえ。帰れ帰れ! 俺の仲間がそう言ってんだ。本当は仲間でも何でもねえ。こういう時だけの仲間だ。とにかく、今日はもう帰れよ。ここに君の居場所はない。お気の毒ですが。僕はもうさよならしか言えないよ。もう赤ん坊とは違うんだ。
 もしもあなたが赤ん坊だったら。
 みんなはうれしく思うだろう
 優しく思うだろう 懐かしく思うだろう
 愛おしく思うだろう
「ぼくがここにいるよ」って泣いていたら

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