眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ジャンプ

2010-04-05 18:19:41 | 猫を探しています
 子供が近寄ってきて興味深そうに分厚いジャンプに手を伸ばした。
 それは僕のだよと言いかけるが、そんなところに置いておくのがわるい。地べたに置かれたジャンプが僕のであるという証拠もないのだし僕は黙った。
 さほど混んでもいない車内でいつしか僕は立っていて、隣には議員秘書が立っているのだった。秘書は、新しく開発した老人に席を譲るシステムについて熱心に説明してくる。
「スロットを回します。5つの中に当たりが1つ。当たると赤く光ります。当たったら席を譲ることができます。どうしてかというとそうする決心がつくからですね。決断できなければ何もできないでしょう。」
 エスカレーターを上りながら、秘書の話を思い出していた。決心だけか。1Fでまた秘書の声を聞いた。秘書は秘書を連れていた。タクシーを使わないようにと指示を送っていた。
 突然のライトダウン。これもエコだよと秘書の声がする。
 僕は真っ暗になった駅を出た。

 最初の一歩が肝心だが、僕は方向音痴で何もわからなかった。鞄から方位磁石を取り出すと強い意思を見せてNを指した。Wが西部劇だからNは北に違いないと確信して、北を目指した。歩いていくと道はどんどん細くなった。細い道を選んでいるわけでもないのに、道は細くなっていき気がつくと海岸沿いを歩いているのだった。高低差が激しく、重い荷物を持って歩くのはくたびれる。一刻も早く大きな道路へ出たかったのだが、僕の歩いているそこは車も通らない道だった。
 道を間違えている嫌な予感がした。けれども、僕は本部に電話をすることをためらった。なぜなら、ここは僕が生まれ育った場所だからである。右も左もわからないなんておかしいじゃないか、いくらなんでもそれは。そう考えながらも、僕はあれやこれや考えを巡らせていた。生まれたのは生まれたが、育ったのは別の場所ということにしようか。それとも単純にあまりに久しぶりで忘れてしまったことにしようか。新しく生まれた考えを僕は怯えながら葬りながら歩いた。小さな切れ端が、どこでどうつながって秘密の核心に至ってしまわないとは限らない。そんな危険を犯すこと自体がどうしようもなく自分が不甲斐なく思えて嫌だったのだ。今さらどうでもいい秘密かもしれなかったが、守れるものなら守っていた方がよかったし、今になって失敗するのはなおさら不甲斐なく思えたのだった。けれども、同時に少しの疑いもあったのだ。本当はどこにも秘密なんてなかったのではないか、記憶が嘘の秘密を作り出しているのでは。

 昼に向かっていくのか夜に向かっていくのかわからない時間帯だった。手すりのついた細い石段を、いくつも越えていった。浜辺で部活動に励む学生の一団の横を、あやふやな足取りで歩いた。波の音に交じって汗と筋肉が踊る音が聞こえた。風に乗って笑顔の一端が飛んできて、僕の肩にぶつかった。次から次へと僕はぶつかった。ぶつかる度によろけそうになるけど、僕は少しもぶれていないように装って歩いた。
「もっと真面目に……」誰かが勢いのあることを言った。
 自分だけが目標を持たない人間のようで、どこかずっと遠くへ逃げ出したくなった。

 海を見ながら歩いていると、前からスーツを着た2人組が歩いてきた。
「フクオカはなかなか甘くないね」
一人が言った。僕の代わりに言ってくれたような気がした。
 広げた地図を盛んに覗き込みながら、ゆらゆらと歩いてくるくたびれた様子は、慣れない土地に来て迷っていることを容易に想像させるものだった。うれしかった。
「何かお困りですか?」
 想像の中で、声をかけた。想像の中で、道案内した。
「ありがとうございます。おかげで助かりましたよ」
 想像の中で、感謝された。
 その時、僕は思い出したのだ。 僕は、本部とは何も関係がなかったことを。連絡する必要もなく、だから秘密もなかった。目的の場所さえなかった。
 今日の僕は自由だ。 想像の中で、僕は大きく両腕を広げた。
 それから少し、怖くなった。
 依然として、細い道が続いた。



「どうでした?」
フランサの顔が目の前にあった。

「猫は見つかりませんでした。
ただ、自分が迷子になっていたような気がします」

「すべてのヒントが、すぐ答えに結びつくとは限りません。
けれども、それらはどこかで結ばれることもあるのです」

「はあ」
 僕はため息に相槌をかね合わせた。

「それが夢のパワーなのです」

コメント
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