昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山に山賊狩りにおばあさんは川に洗濯に行きました。かごいっぱいの洗濯物を抱えてようやくのこと川に着いたおばあさんは、せっせと洗濯に励みました。洗濯板に汚れた服をごしごしと擦り付けては、1つ1つの汚れを心を込めて落としていくと、しつこくこびりついた油汚れも、芝の上で転んでついてしまった時のしつこい緑色の汚れも、みるみる綺麗になっていくのでした。
「汚れの数だけ生きてきたのだわ」
どんなにしつこい汚れに対しても、おばあさんはこれっぽっちの悪意も抱きませんでした。そればかりかそれを今まで一生懸命生きてきたことの証だと思って、その1つ1つを愛おしく思いながら立ち向かっていたのでした。しつこくついた緑は、いつか芝の上で転んでしまった時の真緑でした。けれども、それは何よりも絵の具の中の緑に似ています。おばあさんは遥か昔パレットの中に溶け出した緑を使って描いた壮大な山々のことを思い出していました。昔々のこと、山には緑があふれていて、おばあさんはその中を駆け回って動物たちと遊んだり、山菜をとったり、緑いっぱいを使って山の絵を描いたりしたのでした。ああ、けれども、おじいさんは無事だろうか……。
そうして時々は、遥か山々のことや、懐かしい絵の具のことや、愛するおじいさんのことを思い出し、長く同じ姿勢が続いて折り曲げた腰に疲労を感じた時などには一時その手を休め、しばらくの間、体力の回復を待ってからまた洗濯板に手を伸ばすのでした。何しろ洗濯物ときたらかごいっぱいにあったのだし、その汚れの数だけ一生懸命に生きてきた証もあるのでした。
「おーい! おばあさん!」
その時、山賊に追われながら傷だらけのおじいさんが駆けてきました。
「待てー! くそじじい!」
山賊の大将が斧を振り回しながら、叫びました。その斧は全長2メートルはあろうかという大斧で、もしも熟練した使い手がその大斧を使いこなせたとすれば、ワニでもサイでも凶暴なピンクライオンだって一撃の下に葬られてしまうかもしれないと思われるほどでした。大将は武術の達人がいつもつけているような豪快な顎鬚を震わせながら、叫びます。
「待ちやがれ! くそじじい! 返り討ちにしてくれるぞ!」
「ひー、おばあさん! 助けて!」
おじいさんは命からがら、洗濯仕事で忙しくているおばあさんの下に逃げてきました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
穏やかに流れる川辺で、ようやく2人は再会することができました。
「おじいさん、大丈夫かい?」
「危ないところだったわい、おばあさん」
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
穏やかな川の音が、追ってきた山賊たちの前に立ち塞がりました。
「くそー! 川の奴め!」
川の出現を目の当たりにした山賊たちは、流石に敵わないとばかりに引き上げていきました。
2人は、それからしばらくの間、手を休めてぼんやりと肩を並べていました。
(どんじゃらぽっぽ、どんじゃらぽっぽ……)
「おじいさん、川が流れる音がしますよ」
「ああ、おばあさん。川が流れているからさ」
そうしている内に、危ない橋を渡ってきたおじいさんの傷もゆっくりと癒えていくようでした。