「未払い金が多数あります。このままでは明日にも通信ができなくなります。今すぐ上のURLをタップして確認してください」
通信の遮断は困る。僕は疑うことなくリンクをタップしてその足で街のコンビニに向かった。コンビニには先に関係者の人たちが来ていた。
「この度はどうも」
「どういう意味です?」
「そう深刻に構えることはありません」
そこで僕の記憶は途絶えるが、肩に何らかのチップを埋め込まれて地球人サンプルとして扱われていたような気もした。
「待ちなさい」
あなたは騙されているんだ。コンビニ店員が僕の後を追って駆けてくる。待合室のオルゴールはどこかで聞いたようなメロディーだった。どこか……、僕は記憶のメロディーの切れ端に沿って歩いている。楽しげな犬、手をつなぐ老夫婦、ローカルなハンバーガーショップ、ランドリー、フェンスの向こうの草サッカー、唐揚げを待つ自転車、台風の予感、ダンススクール、ダンプのような自転車、耳にソラニン、両手にマルチーズ、ブランコに乗った青年、ゆっくりと後悔を冷ましている、いつかの水たまり、独りの共感、天国みたいに広い歩道、僕だけが七分袖、夏の終わりへと足跡は薄まりながら、だんだんと振り子になっていく。目を開ける。ああ、こちらの方が現実か。
「ああ忙しい」
そこは誰もが忙しい村だった。
「何もかにもが忙しくなってしまった。あいつが来てからだ」
「あいつ? 誰です?」
「……」
村人は堅く口を閉ざしている。
「どうしたの? 何かあったの?」
何かあったの。猫の頭の中でおじいさんの言葉が繰り返される。何もないことがよいことだと信じられている、そんな世界から抜け出すことをずっと考えていたのだ。冒険の書を枕にして眠る日々の中で、旅の心は次第に熟成されて、ここは心地よく暖かく不満も何も見当たらないけれど、落ち着くことはゴールではなく、自身の影が薄れていくことには耐えられそうもないから、私は私を見つけに行かなければならないのだと猫は思う。
「どうした?」
心配そうに問いかけるおじいさんの目を、猫は見つめ返すことができなかった。そうだ。もう見てはならないのだ。私は私を再生する旅に出る。そう決めた瞬間、日溜まりの猫は冷たい闇に向けて歩き始めていた。
宇宙人は猫を抱いたままブランコを飛び出して……。
僕はそれを思い切りゴミ箱に向けて投げ、外れたのでゴミ箱まで歩いた。
ゴミ箱のそばには警官のようなものが立っていた。
「どこから入った? 誰に雇われた?」
「市町村だよ。どうして投げた?」
男は制服を着て、手には棍棒のようなものを持っていた。
「市町村? どこのだ?」
「そのアクション必要か。肩に力入れて投げる必要があったのか?」
男は僕の質問を完全に無視した。自分の方が上の立場にいるつもりだろうか。警官でなければ警備員に違いない。
「そういう尺度では……」
「何?」
「いちいち考えてないよ。ゴミになったから投げただけ」
それは当たり前のことだった。何よりここは自分の家ではないか。どうしようと僕の自由だ。
「考えてない? 恐ろしい話だ」
「恐ろしい? 何が?」
「考えてない? その場のノリで? どうでもよかった?」
「そんなことは言ってない」
「あんたそのうち人をやるぜ」
男の主張にぞっとした。勝手に解釈を拡大して他人に罪を被せようとする。きっとそういう人間だ。
「何を馬鹿な!」
「そうなってからでは遅いんだよ」
「ただの遊びだろうが。みんなやってんだよ。わからないのか?」
「いいやそんなことはない。賢い人は決してそんなことはしない。もっと普通にすることができる。あんたは力の加減が歪んでいるってことさ」
「勝手に人の家に入ってさっきから何言ってんだ」
「まともに働きもせずだらだらだらだら」
ハッタリか。それともずっと見張られていたのだろうか。
「何をわかった風なことを」
「挙げ句の果てにゴミに当たるそういうお前こそがゴミなんだよ!」
「お前って誰に言ってるんだ!」
「ゴミ野郎!」
「お前は何だ!」
ゴミ呼ばわりされて僕は怒りの感情を抑えきれなくなった。男の方に近づくと思い切り肩を押した。男はよろけることもなかった。埃が着いたというように、右手で肩を払った。落ち着いているのが余計に腹立たしい。男は間違いなく不法侵入者でその存在は脅威に値する。これは正当防衛なのだ。僕は出口の方へ追い出すように両手で男の胸を押した。男は少しよろけ半身になりながら後退を拒んだ。右手にある棍棒のようなものを振りかざして向かってくる。ついに凶暴な本性をみせたか。僕は棍棒をつかんで奪い取ろうとした。男は攻撃力を失った棍棒を置いて左手で僕の胸を押した。激しく押し合う間に男の帽子が脱げて中から金髪が露わになった。
「お前は、誰なんだ?」
その時、つかんでいた棍棒がぐにゃりと曲がった。バランスを崩して男の革靴を踏んだ。棍棒は折れ、半分はゴミ箱の中に落ちた。押しても押しても男をドアの向こうに押し出すことはできなかった。棍棒の切れ端がゴミ箱の底に落ちる音がした。僕は男のベルトをつかんだ。男も僕の腰をつかみ互いに相手を持ち上げようとしたが、どちらも決定力不足だった。もみ合いになる内に足がもつれ、ふらついた次の瞬間、ゴミ箱に落ちていくのがわかった。どうしてこんな奴の道連れにならなければならないのだ。
(はめられた)
挑発に乗せられてしまうなんて愚かなものだ。ゴミ箱の底は知る人ぞ知る抜け道になっていて、こっそりと商店街に続いていた。僕は警備のものから解放されて独りだった。賑やかな人通りはない。完全に廃れた商店街はシャッター通りだった。こぼれ梅あります。わらび餅あります。甘酒入荷しました。マスクあります。こっそりと誰かに伝える暗号のようなメッセージがシャッターの表に貼られているのを眺めながら、僕はゆっくりと歩いている。いつからそうしているのか、まるで作り置きのたこ焼きのように思い出せない。祖父の代より続いて参りましたが、未知のウイルスによるインバウンドの減少、急激な物価の上昇、止まらない円安、ネットの普及による需要の変化、様々な時代の波にもみくちゃにされてはもはやここまで、今月をもちまして店を閉めさせていただく運びとなりました。長い間、多くの人々に支えられてきたことに感謝の気持ちでいっぱいです。これからもこの商店街の繁栄を願いつつ、笑って笑って笑い転げて生きていきます! 地球一周99円。パリサンジェルマンがやってくる。冷やしあめあります。伝えたいことの尽きない道だった。
ピンポン教室始めました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます