
緩いタッチが好きだった。筆を立てているような、寝かせているような。撫でているような、いないような。ありありとしていながら、どこかかすれている。確かなようなふたしかなような。そのようにして描きたいものと憧れていたあの人を、懐かしむほどに見かけなくなった。一説では転職したとか。
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順に職業を訊かれる。
「会社員です」
「パンをつくっています」
「派遣社員です」
「製造業です」
「旅人です」
「将棋を指しています」
青年はあえて棋士とは口にしなかった。こちらにくる。徐々に質問がこちらに近づいてくる。ああ、何と答えようか。何と答えても反応が怖い。偽ればうそつきの顔をしなければならない。雷が落ちないか。少し停電すればいいのに。
・
集合写真が嫌だった。僕は横を向いたまま地べたに座り込みスマホをのぞき込んでいた。(一緒は嫌なのだ)最前列からも突き出して通行人のように、参加していた。普通ならば許されまい。
「ま、まいっか」
そう言って先生はカメラをのぞき込んだ。みんながくすくすと笑う。僕だけは笑ってはならない。通行人としての大事な務めだった。
「チーズ!」
シャッターを切ると夏が終わった。
先生はもういない。
いつになってもそれは信じられない事実だった。
ただあなただけを「先生」と呼べるのに。
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