暑いです、連日。八王子の郊外にあるキャンパスも暑い。広い構内を、研究室から教室に向かって歩くだけで大汗。だから、今日はアロハを着て大学に行った。1月にマウイで買った本場モノだから、正しく派手だ。もちろん、本学において、アロハで授業をする先生は珍しい、というか、いない。でも、ハワイじゃ正装だし。って、八王子はハワイか。
八王子は、暑さでは(湿気はともかく)ハワイ並みだが、先日の通り魔殺人で、ハワイどころか秋葉原になってしまった。中央大の女子学生、本当にむごい。こんな事件のたび、なぜだ、と思う。この国が、「あり得ないこと」が「普通にある」社会になっている事実は分かる。ただ、どうしたらいいのかが分からないのだ。
フジテレビさん、27時間使っての「お祭り」も結構ですが、専門家でも政治家でも宗教家でも何でもいいから、この国の英知をお台場に集結させて、27時間ぶっ通しで「どうしたらいいか」を考えてみたらどうでしょう。でも、視聴率はこないもんなあ。放送しないよねえ。
さて、気を取り直して(?)、『顰蹙文学カフェ』(講談社)である。高橋源一郎さんと山田詠美さん。コンセプトは、巻頭のご両所の対談のタイトル通り、<「顰蹙」買えたら、作家は一人前>ってことかな。
顰蹙買われる作家の方々、顰蹙の王者、顰蹙の権化をお招きして、「文学」の真髄に触れよう、という凄い企画。そういえば(関係ないけど)、「顰蹙」って文字を見るだけで、「挑戦者は顰蹙を買ってナンボ」と言っていた幻冬舎の見城徹さんを思い出す。強烈な刷り込みだ。
ゲストには島田雅彦さん、中原昌也さん、車谷長吉さん、古井由吉さん、そして大トリは瀬戸内寂聴さん。確かにヒンシュクの大量購入。豪華だ。
個々の鼎談(3人だから)は、それぞれ「ぶっちゃけトーク」みたいで、無類の面白さだ。話題になる作家の名前が、当たり前のように「実名」で出てくるだけでも、この本はすごい。またヒンシュクだろうに。
読んでよかったなあ、と思ったのは、この1冊で、いわゆる「ブンガク方面」の事情に、だいぶ明るくなったような気になれたこと。現状把握のための、自分なりの「見取り図」みたいなものを思い描くことができたってことだ。
それにしても、エイミー姐さんの「閉店の弁」によれば、『群像』誌上で営業していたこの素敵なカフェ、4月号でおしまいになっちゃったみたいで、残念。まさか、全く別の「顰蹙」を買っちゃったんじゃあるまいね。「顰蹙文学カフェ」、いい店だから、また来たかった。陰ながら、復活を望みたい。
ところで、ふと思ったんだけど、純文学の純と、純喫茶の純って、意味的にも、ちょっと似てるよね。ん、似てないか。いや、似てるぞ。ま、いいけど。
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