昨日、TBS「はなまるマーケット」を見ていたら、坂本龍一さんが出てきたので、驚いた。
まあ、「はなまるカフェ」にはいろんな人が登場するから驚くのもヘンだけど、つい「あの、坂本龍一が」と思ってしまうので、やはり、不思議な感じがする。
今度行われるピアノ・コンサートがらみの出演だが、話はニューヨークでの生活を中心に、意外やお茶目な雰囲気も伝わってきて、見ていて楽しかった。
坂本さんといえば、新しいCDと同時に、新しい本も出ている。『音楽は自由にする』(新潮社)だ。
クルマ雑誌『ENGINE』にずっと連載された“自伝”である。
連載時の「連載:ぼく自身、語りおろし 坂本龍一による坂本龍一。」というタイトルも好きだった。写真も豊富だったしね。
通読すると、あらためて「面白い人だなあ」と思う。
音楽ファンには、YMO時代の話が興味を引くかもしれない。
後にYMOを結成することになる高橋幸宏さんと、野音の楽屋で初めて対面した時、そのファッショナブルな姿を見て、「こんな野郎がロックなんかやってんのかよ!」と呆然とした、なーんてエピソードが満載だ。
私は、幼少時代の部分に登場する、坂本さんの父・坂本一亀さんに関する部分が興味深かった。結構厳しいお父さんとして出てくる。
ちょっとした文学ファンなら知っているが、坂本一亀さんは、河出書房で、野間宏、三島由紀夫、島尾敏雄、高橋和巳などの作品を手がけた “伝説の編集者”だ。雑誌『文藝』の編集長も務めた。
坂本一亀さんは6年ほど前に亡くなったが、実は、ずっと以前、たった一度だけ、お見かけしたことがある。いや、口をきいたことがある。
場所は、当時の新宿厚生年金会館近くのバーだ。
誰に連れて行かれたのか、もう覚えていないが、とにかくそのバーで飲んでいた。カウンターだっただろうか。
突然、隣にいたオジサンが話かけてきたのだ。その人は、もうだいぶ前から店にいて、十分に酔っているようだった。
「おい、キミは何というんだ?」とオジサン。私の名前を聞いているらしかった。で、答えた。
すると、酔眼のオジサンは「ワシは坂本一亀じゃ!」と、フルネームを大きな声で言った。この名前は「かずき」と読むのだが、私の記憶では、この時はご本人が「イッキ」と発音していた。
青年だったワタクシも、もちろん坂本一亀の名前は知っていたから、びっくりした。
しかしながら、その後、坂本一亀さんと、中身のある話をした記憶はない。一亀さんは、私に名乗った後、すぐ店を出たからだ。話をしていれば、あの高橋和巳を育てた名編集者の言葉を忘れるはずがない。
その時、女将というかママに向かって、「じゃあ」と手を振っただけで、勘定を払う様子もなく店を出て行く一亀さんを見て、青年は「ああ、さすが坂本一亀ほどになると、ツケが利くんだ」とヘンなことに感心していた。
「ワシ」という言い方と、「イッキじゃ!」の「じゃ!」の部分が、今も懐かしく耳に残っている。
まあ、「はなまるカフェ」にはいろんな人が登場するから驚くのもヘンだけど、つい「あの、坂本龍一が」と思ってしまうので、やはり、不思議な感じがする。
今度行われるピアノ・コンサートがらみの出演だが、話はニューヨークでの生活を中心に、意外やお茶目な雰囲気も伝わってきて、見ていて楽しかった。
坂本さんといえば、新しいCDと同時に、新しい本も出ている。『音楽は自由にする』(新潮社)だ。
クルマ雑誌『ENGINE』にずっと連載された“自伝”である。
連載時の「連載:ぼく自身、語りおろし 坂本龍一による坂本龍一。」というタイトルも好きだった。写真も豊富だったしね。
通読すると、あらためて「面白い人だなあ」と思う。
音楽ファンには、YMO時代の話が興味を引くかもしれない。
後にYMOを結成することになる高橋幸宏さんと、野音の楽屋で初めて対面した時、そのファッショナブルな姿を見て、「こんな野郎がロックなんかやってんのかよ!」と呆然とした、なーんてエピソードが満載だ。
私は、幼少時代の部分に登場する、坂本さんの父・坂本一亀さんに関する部分が興味深かった。結構厳しいお父さんとして出てくる。
ちょっとした文学ファンなら知っているが、坂本一亀さんは、河出書房で、野間宏、三島由紀夫、島尾敏雄、高橋和巳などの作品を手がけた “伝説の編集者”だ。雑誌『文藝』の編集長も務めた。
坂本一亀さんは6年ほど前に亡くなったが、実は、ずっと以前、たった一度だけ、お見かけしたことがある。いや、口をきいたことがある。
場所は、当時の新宿厚生年金会館近くのバーだ。
誰に連れて行かれたのか、もう覚えていないが、とにかくそのバーで飲んでいた。カウンターだっただろうか。
突然、隣にいたオジサンが話かけてきたのだ。その人は、もうだいぶ前から店にいて、十分に酔っているようだった。
「おい、キミは何というんだ?」とオジサン。私の名前を聞いているらしかった。で、答えた。
すると、酔眼のオジサンは「ワシは坂本一亀じゃ!」と、フルネームを大きな声で言った。この名前は「かずき」と読むのだが、私の記憶では、この時はご本人が「イッキ」と発音していた。
青年だったワタクシも、もちろん坂本一亀の名前は知っていたから、びっくりした。
しかしながら、その後、坂本一亀さんと、中身のある話をした記憶はない。一亀さんは、私に名乗った後、すぐ店を出たからだ。話をしていれば、あの高橋和巳を育てた名編集者の言葉を忘れるはずがない。
その時、女将というかママに向かって、「じゃあ」と手を振っただけで、勘定を払う様子もなく店を出て行く一亀さんを見て、青年は「ああ、さすが坂本一亀ほどになると、ツケが利くんだ」とヘンなことに感心していた。
「ワシ」という言い方と、「イッキじゃ!」の「じゃ!」の部分が、今も懐かしく耳に残っている。
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