「踊りやすさ」と「形のよさ」のせめぎあい
日本舞踊の着付けをさせて頂いていると、お勉強をさせて頂く機会に恵まれます。
例えば裾引きの着付けの場合、「裾を入れる」と言いますが、裾細りになるように着付けます。
京人形などの腰から足元にかけてのきれいなシルエットがそれです。
私どもの師匠である岸田先生が「着付けは、何にしろ形がよくないといけない」と事あるごとに言われ、裾をしっかり入れるように教わりました。
しっかり裾を入れると、「踊りにくい」といわれる方もいらっしゃれば、「すごく踊りやすかったわ」といわれる方もいらっしゃるのです。
同じ着付なのですが、この二つのご意見の狭間で格闘しています。
ゆるく着付けると、行燈(あんどん)といって、スカートのような間の抜けた着付けになってしまいます。これではいけません。
今年、五代目中村雀右衛門を襲名する、「京屋さん(七代目中村芝雀丈)」と八千代座でお会いした時に、「裾引きの着付けで、衣裳方に望まれることは…」とお聞きした時がありました。
その時に芝雀丈は、「父(先代雀右衛門)がかねがね言っていましたが、『裾だけはキッチリ入れなさい。そうすると裾がしっかり動きについてくる』と言っていました。しっかり裾を入れることでしょうかね。」と答えて頂いたのを思い出します。
しっかり入れると足元が窮屈に感じる。…踊りにくい…形がきれい…裾がついてくる。
ゆるく入れると、足が自由に動く…動きやすい…行燈になって形はいただけない…裾が遅れる。
これらの問題の解決は、踊り手さんの経験と力量で違ってくるものかもしれませんし、衣裳方の力量が問われてくるのは言うまでもありません。
踊り手さんも、衣裳方も、「踊りやすさ」と「形のよさ」のせめぎあいの中で、最高の舞台を目指しているのです。