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日本共産党兵庫県委員会で働いています。

日韓の歴史をたどる② 日清戦争 農民反乱を機に朝鮮制覇目指す

2019-09-05 08:21:01 | 日韓の歴史をたどる
日韓の歴史をたどる② 日清戦争 農民反乱を機に朝鮮制覇目指す
中塚明
なかつか・あきら 1929年生まれ。奈良女子大学名誉教授。『日清戦争の研究』『憲慰鎌の世界』『歴史の偽造をただす』『司馬遼太郎の歴史観』『日本人の明治観をただす』ほか

1894(明治27)年の春から朝鮮の南部では、当時「東学党の乱」とよばれていた大規模な農民反乱が起こっていました。朝鮮政府の要請で清国(中国)が出兵したのに対抗して、日本政府もソウルの公使館や居留民を守るとして出兵しました。6月はじめのことです。




清以上の兵派遣 抗議無視し布陣
ときの外務次官、林董(ただす)の回想によると「このたびは朝鮮にいる清国軍以上の兵数を送る必要がある。こうなると清兵はかならず日本軍に攻撃をしかけてくるだろうから、これを機会に平壌あたりで一戦をまじえ、勝利をおさめて和を講じ朝鮮を日本の勢力下におこう」と陸奥宗光外相や川上操六参謀次長と話し合っていたそうです。(林董『後は昔の記』、要点を現代語訳)
1880年代には、朝鮮で日本は清国に軍事的に劣勢でした。それから10年、日本は軍拡により、大陸で本格的な戦争をする力をもつようになり、今回の出兵では清国の数倍の兵力を派遣し、朝鮮政府の抗議を無視して仁川からソウルにかけて布陣しました。
ところが日本の思惑通りに事態は動きませんでした。農民蜂起の地域に近い、ソウルからずっと南の牙山に上陸した清国軍は動きませんでした。農民軍の指導者も賢明で、外国軍の干渉を避けるため政府軍と和解、平静に向かいました。ソウルや仁川には農民戦争の余波さえありません。1885年、日清両国が結んだ天津条約には、将来朝鮮に変乱があって相互に出兵しても、ことがおさまれば撤兵すると決められていました。朝鮮政府は両軍に撤兵を求め、清国はこれ応じる意向でした。



公使館と日本居留民の保護を口実に出兵、駐留した日本陸海軍の図(『画報日本近代の歴史5』から)

難問を突き付け朝鮮王宮を占領
こうした状況の中で日本政府が考えたのが朝鮮王宮占領の計画でした。当時、大本営(天皇の指揮のもと戦争指導の最高機関)の参謀だった東条英教(ひでのり)(太平洋戦争開戦のときの首相、東条英機の実父)が書き残した日清戦争の戦史『征清用兵隔壁聴談』(防衛研究所図書館所蔵)にはこう書かれています。(要点を現代語訳)
〈もっとも穏当で、日本の責任を免れることができるには、朝鮮政府から清兵の撃退を日本に依頼させるのが一番だ。そしてこれを朝鮮政府に依頼させる方法は、兵力をもって朝鮮の政府を脅かすのがもっともよいやり方だ。そしてわが兵力を用いるには、まず朝鮮政府が答えるのに窮するような難問を提起し、短い日にちを限って確答を求め、朝鮮政府がもし不満足な回答をするか、答えないときには、そのときをまって朝鮮政府を脅かすのがもっともよい〉
この日本軍による朝鮮王宮占領は、陸奥外相がわざわざ外務省から人を派遣し、朝鮮駐在の大鳥圭介公使や日本軍第五師団混成旅団長・大島義昌少将らと打ち合わせて計画、日本が主導した軍事行動でした。
日清戦争での日本軍の第一撃は、1894年7月23日早朝、朝鮮の王宮、ソウルの景福宮に向って放たれたのです。王宮を占領、国王を事実上、擒(とりこ)にし、朝鮮の国王が清国軍を朝鮮の国境外に追い出すことを日本軍に委託する、こういう形をとって日本軍が清国軍を攻撃して、日清戦争は始まったのです。

戦史を書き替え国の内外を欺く
「中国が朝鮮を属国扱いしている。…日本は朝鮮の独立のためにたたかう」というのが、日本政府が世界に向かって宣言した戦争目的でした(宣戦の詔勅)。しかし、ソウルの王宮占領は、日本の海軍が清国の軍艦とはじめて交戦した「豊島沖の海戦」(同年7月25日)の2日前のことでした。
この事実は、日本の陸軍参謀本部が編纂した日清戦史の草案では詳細に記録されていましたが、「宣戦の詔勅」と矛盾するというので公刊された日清戦史ではウソの話に書き替えられました。
しかし、日本人や世界の人びとを欺いても、朝鮮人に隠すことはできません。秋には春の何十倍もの規模で朝鮮人民の抗日蜂起がおこります。当然のことです。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年5月8日付掲載


日清戦争は日本と清国が朝鮮半島の支配をめぐって争った戦争。
主戦場は中国本土より朝鮮半島だった。明治維新以来の富国強兵政策で、朝鮮半島で清国より優位にたった日本が仕掛ける。
きっかけは何でもよかったということ。

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