田沢湖姫観音と朝鮮人強制労働③ 玉川毒水とクニマス絶滅
茶谷十六
古来、田沢湖には、固有種の淡水魚クニマス(国鱒)が生息し、山間の人々にとっての貴重なたんぱく源となっていた。妊産婦が食べると丈夫な赤ちゃんが生まれ、お乳もよく出るようになるとして、高い値段で売買された。湖周辺の人々は漁業協同組合を組織し、クニマス漁を重要な生計の糧としていた。1935(昭和10)年には、人工養殖にも成功して、大きな発展が期待されていた。
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当時のクニマス漁風景(伊藤孝祐撮影)
生保内発電所建設にかかわって3本の導水路が掘削されたが、そのうちの玉川導水路の上流には強酸性の玉川温泉があり、そこから流出する酸性水は「玉川毒水」として下流の住民たちから恐れられていた。
37年、この玉川毒水を田沢湖に導入しての発電計画が発表されると、豊富な魚資源が絶滅することを憂えた湖岸の住民たちは、工事計画の変更を求めて反対運動を展開した。生保内村長であった医師の鬼川(きかわ)貫一は、この年9月、直接上京して、内閣東北局長・桑原幹根(みきね)に対し槎湖(さこ)漁業協同組合長名で陳情書を提出した。国立公文書館に、当時提出された文書がそのまま保存されている。現代語にすると以下のようである。
「陳情書
最近、東北振興の諸計画が着々と進められ、私たち東北人の生活が一新を画すに至ったことは大へん感謝するところです。ところが、東北振興電力株式会社の発電計画で玉川の毒水を田沢湖に流入させるとの企図は湖畔漁民の生活に一大脅威を与え、ひたすら憂慮焦心いたして居る次第です。
当漁業組合は明治45年以来、当局の多大なる御指導と御援助により、魚族の養殖に苦心惨憺(さんたん)の結果、近年、その功があらわれ、今や年産額3万余円を突破しました。ようやく曙光(しょこう)を見いだし、将来ますます進展すべき時に、玉肝毒水の流入による魚族の死滅がとうてい免れないのは明瞭な事実であり、当漁業組合員65名、その家族470余名は永久に生活の根拠を失い、湖畔漁村はたちまち衰亡の一路をたどるほかない次第です。
仰ぎ願わくは右の事情をとくと御洞察、御憐愍(れんびん)を垂れさせられ、適当の対策を講じていただくよう、特別の御恩典にあずかりたく、ここに非礼をかえりみず嘆願に及びました」
名文達筆で書かれた原文には鬼気迫る切迫感がある。この年7月7日の盧溝橋事件を発端として中国への本格的な侵略戦争が開始された直後、東北の一寒村の住民から提出されたこの陳情書は、「富国強兵」「産業報国」の名の下に一蹴されてしまった。毒水の流入とともにクニマスをはじめすべての魚族が絶滅し、辰子姫伝説に彩られた神秘の湖は死の湖と化してしまった。
(ちゃだに・じゅうろく 秋田県歴史教育者協議会会長)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年12月11日付掲載
生活の糧としての田沢湖のクニマス養殖。
生保内水力発電建設による玉川導水路により、毒性の高い強酸性の水が田沢湖に。
やめてほしいという名文達筆の陳情書も、国策の前に握りつぶされた。
茶谷十六
古来、田沢湖には、固有種の淡水魚クニマス(国鱒)が生息し、山間の人々にとっての貴重なたんぱく源となっていた。妊産婦が食べると丈夫な赤ちゃんが生まれ、お乳もよく出るようになるとして、高い値段で売買された。湖周辺の人々は漁業協同組合を組織し、クニマス漁を重要な生計の糧としていた。1935(昭和10)年には、人工養殖にも成功して、大きな発展が期待されていた。
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当時のクニマス漁風景(伊藤孝祐撮影)
生保内発電所建設にかかわって3本の導水路が掘削されたが、そのうちの玉川導水路の上流には強酸性の玉川温泉があり、そこから流出する酸性水は「玉川毒水」として下流の住民たちから恐れられていた。
37年、この玉川毒水を田沢湖に導入しての発電計画が発表されると、豊富な魚資源が絶滅することを憂えた湖岸の住民たちは、工事計画の変更を求めて反対運動を展開した。生保内村長であった医師の鬼川(きかわ)貫一は、この年9月、直接上京して、内閣東北局長・桑原幹根(みきね)に対し槎湖(さこ)漁業協同組合長名で陳情書を提出した。国立公文書館に、当時提出された文書がそのまま保存されている。現代語にすると以下のようである。
「陳情書
最近、東北振興の諸計画が着々と進められ、私たち東北人の生活が一新を画すに至ったことは大へん感謝するところです。ところが、東北振興電力株式会社の発電計画で玉川の毒水を田沢湖に流入させるとの企図は湖畔漁民の生活に一大脅威を与え、ひたすら憂慮焦心いたして居る次第です。
当漁業組合は明治45年以来、当局の多大なる御指導と御援助により、魚族の養殖に苦心惨憺(さんたん)の結果、近年、その功があらわれ、今や年産額3万余円を突破しました。ようやく曙光(しょこう)を見いだし、将来ますます進展すべき時に、玉肝毒水の流入による魚族の死滅がとうてい免れないのは明瞭な事実であり、当漁業組合員65名、その家族470余名は永久に生活の根拠を失い、湖畔漁村はたちまち衰亡の一路をたどるほかない次第です。
仰ぎ願わくは右の事情をとくと御洞察、御憐愍(れんびん)を垂れさせられ、適当の対策を講じていただくよう、特別の御恩典にあずかりたく、ここに非礼をかえりみず嘆願に及びました」
名文達筆で書かれた原文には鬼気迫る切迫感がある。この年7月7日の盧溝橋事件を発端として中国への本格的な侵略戦争が開始された直後、東北の一寒村の住民から提出されたこの陳情書は、「富国強兵」「産業報国」の名の下に一蹴されてしまった。毒水の流入とともにクニマスをはじめすべての魚族が絶滅し、辰子姫伝説に彩られた神秘の湖は死の湖と化してしまった。
(ちゃだに・じゅうろく 秋田県歴史教育者協議会会長)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年12月11日付掲載
生活の糧としての田沢湖のクニマス養殖。
生保内水力発電建設による玉川導水路により、毒性の高い強酸性の水が田沢湖に。
やめてほしいという名文達筆の陳情書も、国策の前に握りつぶされた。
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