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狂喜乱舞のオウンゴール(2005年日本対バーレーン)

2023-01-11 20:30:38 | ワールドサッカー
W杯のビデオは見たいですが、体調が悪く、観戦に集中力が要るサッカーは今は難しいので、記憶ネタから2005年のW杯最終予選、日本対バーレーンの記憶です。当時の日本はジーコ監督が率いており、初戦の朝鮮民主主義人民共和国戦はロスタイムの大黒のゴールで勝利したものの、2戦目のアウェイのイラン戦を敗れ、このバーレーン戦はどうしても勝利が必要な試合でした。

当時、バーレーンはアジアの新興勢力として力を伸ばしていました。4年前のW杯では初めて最終予選に進出し、2003年のガルフカップで優勝したサウジアラビアに次ぐ準優勝を果たしたことで、FIFAランキングが3ケタ台から一気に64位へと躍進していました。当時のバーレーンは3-6-1で、両トップ下がサイドに開きながら、1トップのフセイン・アリに合わせるサッカーをしていました。

しかし、埼玉スタジアムにやってきたバーレーンは、最初から0-0の引き分けを狙ったサッカーをしてきました。5-4-1気味に自陣に引いたバーレーンは、日本に何度クロスを上げられても必ずクリアするという粘り強いサッカーをしていました。三都主や中村俊輔が、いくらクロスを上げてもバーレーンの集中力は途切れず、難しい試合を覚悟しました。

相手の思惑通り0-0で前半を折り返した試合は、その後も膠着状態は崩れませんでした。ボランチに下げた中田英寿や、サイドハーフの中村俊輔が何本FKを取ってもクリアされ、狙い通りの引き分けが近づいてきました。この試合を引き分けると、グループ2位以内が必要なW杯出場には黄信号がともると、ちょっと悲観したときに「事件」は起きます。

宮本が入れたクロスは、日本の選手に合わず、ファーサイドにいた相手10番、サルミーンのところにこぼれました。サルミーンにとってはこれをクリアするのは簡単なタスクのように思えましたが、なんとミスキックでこれを自分のゴールに入れてしまい、オウンゴールで先制した日本は、1-0でこの難しい試合を勝利することができました。

昨年の最終予選の豪州戦で、決勝点がオウンゴールの試合を見ましたが、そういえばこの時以来だと思い出しました。7大会連続W杯出場と、今や予選を通るのは当たり前のようになっている日本ですが、内容を見ると結構際どい試合を拾っており、一つ手を緩めれば敗退するリスクはいくらでもあったと、ほぼ毎回最終予選を見ている私は思います。

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