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人気のヴァイオリン協奏曲

2023-04-18 21:00:00 | ロマン派
久しぶりに、本当にやっと行けた🌸里山に行ったら、山桜が満開でした。

もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし
      前大僧正行尊 百人一首
深い山奥(大峰山)で理解してくれる人もなく、独り修行している時に、山桜が咲いているのを見て詠んだ歌。


猫さんも、山桜のそばから動きません。


池の向う側も

水の中にも



マックス ブルッフ(1838-1920年)プロイセン王国ケルン生まれ、ドイツ王国ベルリン没
音楽教師でソプラノ歌手の母から音楽を学びます。
ボン大学に入るまでに、フェルディナンド ヒラーとカール ライネッケ

に作曲を学びます。
卒業後27歳でコブレンツの音楽監督に就任します。
29歳でイギリスに渡り、リバプールフィルハーモニー協会の首席指揮者を務めます。
43歳ソプラノ歌手クララ トゥチェック


と結婚し、後に4人の子どもをもうけます。

ブルッフと長女マルガレーテ
45歳ブレスラウ演奏協会長に就任します。
53歳プロイセン芸術アカデミー作曲部長ベルリン高等音楽院教授に就任します。
晩年は、ケンブリッジ大学から名誉博士を贈られたり、芸術アカデミーの副総裁に就任します。また、ベルリン大学から神学と哲学の名誉博士号を贈られます。

ブルッフは「バイオリンはピアノより旋律をよく歌うことができるし、旋律は音楽との魂だ」と語っていて、ヴァイオリンのための交響曲を書き、評価されています。

また、「歌というものに対して不親切な時代における1つの光明」ともいいヨーロッパの様々な歌に興味を持ち
、民族音楽的な要素を取り入れています。

「ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26」はブルックの代表作で、数あるヴァイオリン協奏曲の中で広く愛好されている作品の1つです。

1864年に着手され1866年に一度完成し、コブレンツでオットー フォン ケーニヒスロウの独奏で初演されました。
これは好評でしたが、満足せず友人のヨーゼフ ヨアヒム(1831-1907年)


に助言を求めて大規模な改定を進めました。

1868年ブレーメンでヨアヒムの独奏、ラインターラーの指揮によって現行の形での初演が行われました。

この作品はブルッフ自身は「幻想曲」と名付けていましたが、ヨアヒムに説得されて「協奏曲」に変えています。
ブルッフは「協奏曲」とつけるには構成が自由すぎると思ったのかもしれません。

好評でブルッフは「2週間ごとに誰かがやってきては、僕の第1番を弾きたいと言ってくる。」
「ひょっとして僕は協奏曲をこの1曲しか書かなかったのかな?」と、1887年楽譜出版社ジムロック社宛の手紙に書いています。

1903年家族に当てて書いた手紙では
「悪魔に全部持って行かれてしまった。僕が他に良い協奏曲を書いていなかったみたいに」と書いています。

確かにヴァイオリンでは第2番、第3番。クラリネットとヴィオラのための協奏曲、2台のピアノのための協奏曲などを、書いています。

しかし、やはり中でも、ヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章は、山の自然に抱かれているような曲でみんなが弾いてみたいと思うのもわかるような気がするのですが、いかがでしょうか?