まい、ガーデン

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ある歌舞伎役者の半生が語られる『国宝 上・下』吉田修一

2019-06-14 07:31:04 | 

 私、吉田修一さんの作品は『横道世之介』で2回も挫折しました。
1回目は読み始めてすぐ、2回目挑戦も半分くらいまで行くと「もういいかな」の気持ちになって脱落。
なにがもういいかなか分からないけれど、ともかく読み続ける気にならないわけよ。相性が悪いのかなと。

それが書棚に並んでいた『国宝上下』2冊。国宝といったっていろいろある。
なんの国宝かと手にとって紹介文を読んだら、歌舞伎役者三代目花井半二郎の半生、もちろん架空の人物。

これ以上でもこれ以下でもないので、あらすじ2例紹介。

昭和39年の長崎であった侠客(きょうかく)同士の争いで父を亡くした主人公・喜久雄は、縁あって関西歌舞伎の名家の養子に。生来の美しい容姿で「女形」として頭角を現す彼を、やがて血筋をめぐる確執や醜聞が襲う。
栄光と絶望の落差にもがきながらも芸への愛を胸にはい上がる喜久雄の濃密な半生が、昭和の高度成長期から平成へと至る大阪や東京の空気とともにつづられる。

任俠の一門に生まれながら、この世ならざる美貌を持った喜久雄。上方歌舞伎の名門の嫡男として生まれ育った俊介。二人の若き才能は、一門の芸と血統を守り抜こうと舞台、映画、テレビと芸能界の転換期を駆け抜けていくが――。長崎から大阪、そして高度成長後の東京へ舞台を移しながら、血族との深い絆と軋み、スキャンダルと栄光、幾重もの信頼と裏切り、数多の歓喜と絶望が、役者たちの芸道に陰影を与え、二人の人生を思わぬ域にまで連れ出していく。

なんといっても特徴は文体にある。

たとえば、第3章大阪初段の最後「喜久雄はこの日から、すっかり鶴太夫直伝の義太夫節の虜となっていくのでありますが、
そろそろ今章のページも尽きますれば、その辺りのお話はまた、次章にてお付き合い願えればと存じまする。」
第5章スタア誕生の最後は「その辺りのの情けない事情につきましては、ぜひ次章にて本人からの言い訳を少しばかり
でも聞いていただければと、心よりお願いする次第にござりまする。」
と、まるでそばで誰かの口上を聞いているような気がして、するする次々ページをめくるわけ。

ときに、主人公が演じる歌舞伎演目についてあらすじの紹介や見どころといった部分が語られる。

また、新作の「源氏物語」光源氏と空蝉などの女たちを、喜久雄と俊介が日替わりで演じるという趣向の『源氏物語』
が大成功を収めて評判になるというくだりでは、今の海老蔵さんのおじいさんが演じた『源氏物語』が大当たりをとって
「海老さま」ブームを起こしたことなどが記憶の底から蘇る。

喜久雄が最後に挑戦した女形の大役『阿古屋』については、
琴、三味線、胡弓、3つの楽器を使い、歌右衛門が昭和の終わりに唯1人演じた「阿古屋」を、坂東玉三郎が演じた
というニュースを見たな、なんてことも浮かんでくる。

こういったエピソードが私の興味をさらに刺激して、この話この役者は誰のことかななんて想像したりして。

そして先にも言った「・・であります」「・・でございます」「・・でございましょう」と、
物語をするすると勧めていく語り口が、最後までその興味を引っ張って面白く読んでいくわけでして。
けれどその語り口に騙されて、そこについての喜久雄の心理をもっと深く追及してよ、と思うところでもすっと流され、
気がつけば奥行き浅く物足りなさも残る。

吉田修一さんもインタビューで、

今回は、毎回毎回そんな試行錯誤の連続で、どうすれば歌舞伎っぽくなるか、この作品らしさが出るかということを
考えながらやっていたので、逆にいうと登場人物とかストーリーというのはあんまり考えなかった気がします。

とおっしゃっているのだから、私の物足りなさなんてどうってことないのね。
しかし、なんのかんの言いながらもラストシーンは圧巻で、喜久雄のすべてがそこに集約されて物語は完結していくのかと。
まるでカメラで撮影しているかのように、目の前でその光景が展開されているのがはっきりと見えてくるようで圧倒された。

さらに、吉田修一さん インタビューから

「この役者の幕切れはこの演目で行こうと、筆が乗って描いている感じがしました。」とインタビューアー。

それはもう、間違いないですね。登場人物が出てきた瞬間に、この人が死ぬんだったら、こういう感じだろうというのが、ぼんやり浮かんでいたし、一番いい舞台で死んでほしいというのは、思っていました。喜久雄が最たるものなんですけど、師匠の白虎にしても、萬菊にしても、俊介にしても、最高の幕切れを用意したいと思った。でもそうしたら、誰が国宝になるのかという結末も、最初に想定していたのと変わったんですよ。

納得です。
かなり分厚い本でしたが、小説の面白さ満載で一気読みでした。

 

 

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