三井記念美術館で開催されている、高橋誠一郎浮世絵コレクションの前期展には行った。中期も観るつもりでいたが、うっかり見逃してしまった。後期展も危ういところだった、この日が最終日だったのだ。それにしても、それぞれの展示会が、全とっかえだから、膨大なコレクションである。
高橋さんは小学生のときに、最後の浮世絵師といわれる小林清親の浮世絵を親にプレゼントしてもらい、そして最初のお小遣いで月岡芳年を買ったというから、相当、年期が入っているのだ。経済学者として著名だが、本気でやったら、一流の美術評論家になっていただろう。事実、浮世絵に関する本も書いていて、その原稿が国宝茶室”如庵”(コピー)の中に飾られていた。そして、そのとき初めて知ったのだが、如庵は戦災を逃れるために、大磯の三井別邸に一時、移築されて、さらに犬山に移転することになった。そのときの移築委員長が、大磯に別邸をもっていた高橋さんだったのだそうだ。
前置きが長くなってしまったが、いくつか印象に残ったものを記しておきたい。はじめに迎えてくれたのが、菱川師宣の”よしはらの躰”で、吉原遊郭の台所風景という珍しいものだった。調理人たちが、蛸、アワビ、タイなどの食材をこれから料理しようという場面だった。色っぽい”衝立のかげ”シリーズを期待していたのだけど(汗)。
写楽は、今回は”市川蝦蔵の竹村定之進”だった。突如現れ、たった10か月で姿を消してしまった浮世絵師として名高いが、また、名前を変えて、別の画風で活躍した誰れかであることは間違いないだろう。こうゆう、謎の浮世絵師は、それだけで、心がうきうきしてしてしまう。役者の、一瞬の表情を見事にとらえている。
ぼくの好きな北斉の風景画もたくさん観られて、良かった。有名な赤富士もあった。さすが、あの神奈川沖の波間にみえる富士の作品(中期に展示されたはず)と並ぶ名画だ。富嶽三十六景といっても、評判が良いので、10図追加され、実際は46図あるらしい。その中でも、唯一、富士山中の作品があり、それも展示されていた。また、はじめの頃の作品は、鉱物顔料であるベロ藍を手に入れ、その濃淡で描いたものが多いそうだ。
広重の”東海道五十三次”もいくつも展示されていた。”庄野/白雨”や”蒲原/ 夜之雪”など。ぼくはやっぱり浮世絵は、風景画の方が好きかな。広重の”夜の雪”なんかしっとりした風情があっていい。たとえていえば、ちあきなおみ、かな(汗)。先日、NHKで、久しぶりに2度ほど、アーカイブの彼女の歌を聞いたけど、天下一品の歌声だった。”喝采”もいいけど、”矢切りの渡し”はもっといい。しっとりした、心に染みる、情感あふれる歌声は、誰にもまねができない。広重(とくに”夜の雪”)は、ちあきなおみの歌声だと思った。そうゆう観点で評価すると(笑)、北斉は美空ひばりだろうか。演歌でも、ジャズでもいいし、しっとりした歌でも、陽気な歌でも、なんでもこなす天才だ。
高橋さんが最初に親に与えられたという、小林清親も良かった。のちの”新版画”への道筋を示しているような風情があった。芳年もよしとしよう(笑)。ただ、大乱歩展で観た芳年の”無残絵”は、ここでは観られなかった。三井では、グロテスクなものは外しているのだろう。
とにかく、系統だった高橋誠一郎さんの浮世絵蒐集には驚いたし、また、今回の展覧会も、同様に系統だった展示で、ぼくのような素人でも十分楽しませてもらえた。またいつの日か、総集編でもやって欲しいものだ。