気ままに

大船での気ままな生活日誌

秋のおわりは富士山で

2010-11-30 22:46:31 | Weblog

11月30日。秋のおわりは、今朝の散歩でみた富士山でお別れします。

♪富士の高嶺に 降る雪も 京都先斗町に 降る雪も雪に変わりは ないじゃなし とけて流れりゃ 皆同じ♪ 京都紅葉旅行、先斗町で飲んできました(汗)。たかが歌謡曲、されど歌謡曲。歌詞の意味は深い。

住宅街でみた、柿と大柚子の実。桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿18年。たかが諺、されど諺。意味は深い。

カラスうりの小馬鹿は何年だろう。

お月さまは、満ち欠けあれど永遠です。 

紅葉は永遠ではありません。でも散り際は見事です。

 さようなら、2010年の秋。

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京都紅葉三昧(6)南禅寺、天授庵

2010-11-30 11:26:43 | Weblog

金地院も、南禅寺の塔頭のひとつだから、少し歩くと、石川五右衛門が”絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ、この五右衛門の目からは、値万両、万々両・・”と名セリフをはいた南禅寺山門が目の前に現れる。山門には五右衛門にはとても及ばない小市民(笑)がいっぱい登っていた。

 

そして、山門の向こうには、鮮やかな紅葉が、”秋の宵(3時頃だったけど)は値万両、万々両”という見事さだった。

そして、いつも入る、南禅寺塔頭、天授庵。ここも最高の紅葉だった。

本堂内には長谷川等泊の襖絵があるが、見せてもらえない。

もう、4時すぎになっていた。お昼も蕎麦一杯と簡単だったし、せっかくだからと、南禅寺といえば、豆腐料理。”五右衛門”というお店で、湯豆腐と天ぷらなどの膳をとって、熱癇で2合ほどいただき、”京都紅葉三昧”の〆とした。新幹線では熟睡し、あやうく小田原で降りそこなうところだった。

やっぱり、紅葉は京都だと、思った。

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金地院で長谷川等泊

2010-11-30 10:34:47 | Weblog

醍醐から地下鉄で、蹴上まで来て、南禅寺に向かった。その途中に金地院がある。はじめパスするつもりでいたが、この案内図をみて、入った。長谷川等泊の襖絵が特別公開されているという。加えて、重要文化財の茶室も観られるとのことだ。

勝手に、小書院に入って見学できるわけではなく、30分ごとに、説明員がきて部屋を開けて、観させてもらえる仕組みだそうだ。それまで、境内の東照宮を観たり、方丈前の特別名勝、小堀遠州作、”鶴と亀の庭園”を眺めたりしていた。そのうち、説明員の方が来て、もう、何百回も同じことを説明したのだろう、流暢な話で、分かりやすかった。

まず、ぼくらが縁側に座っていた方丈の襖絵の説明からはじまった。狩野探幽、尚信作だそうだ。仏間には”仙人遊楽の図”、対面の間には”松・梅の図”がある。江戸期の襖絵の代表作だという。海北友松の襖絵もあった。

そして、おごそかに別間(小書院)に通される。ここからは別料金が必要だ。普段は暗くしてある。多くのお寺さんの、重文の襖絵は複製だが、うちのは本物です、と誇らしげに語る。長谷川等泊の”猿猴捉月図”。あれ、東博でみた手長猿そっくりだと、と思ったが、あとで調べたら、そうではなかった。”長谷川等泊展”では親子の手長猿だった。こちらのは、月を取ろうとしているお猿さんだった。当時、日本には手長猿はいなかったので、牧谿の絵を手本にしたのだろうとの説明だった。もうひとつの襖絵、”老松”もあった。これは、東博に展示されたものです、ガラス張りの中で可哀そうでした、と言っていた。こういうふうに、直かに観られるのは幸せなことである。仏像さんもそうだけど、襖絵も、やっぱり”実家”で、そのお役目を果たしているところをみせていただくのが一番だ。実際、普段の明りでみると、このお猿さんも月も浮き出てきますよ、と電気を消してみせてくれた。

小堀遠州作の茶室(ハ窓席)もみせていただいた。茶室の中では身分の上下はないというのが普通だが、ここのは茶室内でも身分の上下をもちこむ造りという珍しいものらしい。偉い人の座る位置の天井のつくりまで違う。にじり口まで異なる。京都三名席のひとつらしい。この茶室の裏側には”裏茶室”があり、こちらの方は、”四民平等”の茶室だった(笑)。

東照宮

方丈(重文)

 

鶴と亀の庭園

寄り道して、よかった。人のゆく裏に道あり花の山、だった。

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七里ガ浜の夕陽と富士

2010-11-29 19:42:56 | Weblog

夕方近く、七里ガ浜に向かった。夕陽と富士山がきれいにみえるのではないかと思ったからだ。モノレールから江ノ電に乗り継ぐと、鎌倉高校前駅辺りで、もう夕陽が沈みかけていた。次の七里ガ浜駅で降り、急いで浜辺に向かった。ちょうど夕陽が沈むところだった。大勢の人が、沈む夕陽を眺めていた。

江の島の左側に、大きな夕陽が沈んでゆく。

七里ガ浜の海岸も夕陽に映えていた。

さらに目を江の島から、右に向けると、富士山が。

富士山も雲ひとつない、うつくしい全裸の姿(汗)をみせてくれていた。

次第に日が暮れていく

若者は波に向かって。

・・・君の行く道は果てしなく遠い、だのになぜ 歯をくいしばり君は行くのかそんなにしてまで 君のあの人は 今はもういない だのになぜ なにを探して 君は行くのか あてもないのに ...波の音が、ぼくらの青春時代のメロディーになっていた。

 

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京都紅葉三昧(5)醍醐寺

2010-11-29 15:04:07 | Weblog

今年の春、醍醐寺の桜をはじめて観た。枝垂れ桜を中心にすばらしかった。さすが、秀吉がお女中たちを招いた”醍醐の桜”だ。秀吉は、桜の宴あと、その秋に、”醍醐の紅葉狩り”の大宴会を予定でしていた。ところが、その年の9月に亡くなってしまい、結局、醍醐の紅葉を観ることができなかった。一寸先は闇なのだ。これを知って、ぼくは、醍醐の紅葉を観る前に死ぬわけにはいかないと(爆)、今度の京都紅葉狩り巡りには是非にと思っていたのだ。

JR東福寺駅から京都駅へ、そこから乗り換え、山科へ、さらに地下鉄で醍醐駅まで行った。道路は混むだろうか、すべて鉄道と地下鉄を利用するコースをとった。醍醐駅から、歩いてもたいしたことはないが、直通バスが出ていて、それを利用した。

山門の可愛い仁王さまが迎えてくれた。三宝院の横を通り、本堂に入る入口へ向かった。紅葉が早速迎えてくれた。

 

何と言っても、この弁天堂前の紅葉だろうか。秀吉もここで大宴会を開きたかったにちがいない。

鐘楼前の紅葉

金堂と五重塔 

帰りがけ、三宝院の庭園や院内の襖絵などを見学した。境内の枝垂れ桜はすかっり葉を落としていた。奥村土牛の”醍醐”のモデルとなった有名な桜だ。

醍醐の桜も観たし、醍醐の紅葉も観たし、もう思い残すことはない。

 

 

 

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雪舟寺

2010-11-29 10:24:57 | Weblog

東福寺から出て、駅へ無う途中、”雪舟寺”という名に惹かれて、境内に入った。正式の名は芬陀院(ふんだいん)という。臨済宗東福寺派の寺院で、雪舟がつくったいう雪舟庭園がある。雪舟は、幼年期に備中の宝福寺ですごしたが、その寺は東福寺の末寺で、京都にきたときは、必ず、ここのお寺で寝起きしたという。

華やかな紅葉と人ごみの中から抜け出て、急に静寂の中に入ったら、なんだかとっても落ち着いた気分になった。庭もいいし、堂内も雪舟の絵の中に入ったような静けさだった。ちょうど嵯峨野で、紅葉、紅葉で来たあと、静かな落柿舎に入ったような気分と似ていた(落柿舎については、またあとで書こうと思っている)。

紅葉は一本もなかったけど、普段の京都らしい、静かなひとときを過ごすことができた。

 

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京都紅葉三昧(4)東福寺

2010-11-29 10:20:25 | Weblog

京都紅葉三昧、嵯峨野シリーズを終え、二日目、11月27日、”いい鮒の日”だったが、鮒釣りには行かず、やっぱり紅葉狩りに行った。今回は一人旅だから、マイペースで、朝早くから行動した。はじめ予定していなかった、東福寺にやっぱり行ってみようと思った。もう3度目だが、JR奈良線で一駅だし、早くから並べば、土曜日とはいえ、2時間待ちとかにはならないだろうと思ったからだ。7時半頃に到着したが、すでに行列ができていた。8時開門、そして、境内に入り、そこでまた、紅葉の通天橋に入るために行列する。それの開門が8時半だから、結局1時間近く、待ったことになった。それほど、価値のある紅葉ということだ。京都随一といっていいだろう。ただ、今年は色づきがもうひとつだと、お坊さんが言っていたが、以前観たときよりは、劣るかもしれないが、それでも、見事なものだった。

 

境内似入らないでも(無料で)、通天橋を望める場所がある。ここだけ観て帰る人もいる(笑)。

 

入場料を払って、入ると、通天橋に。ここからの眺めが一番。

 

 

 

 

 

 

30分ほど散策して、JR東福寺駅へ。途中、雪舟寺という小さな塔頭があった。なかなか良かった。次回に紹介しよう。

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ぼくの九州場所星取り予想結果 殊勲賞 

2010-11-29 09:24:00 | Weblog

ぼくの九州場所予想の自己評価を行いたいと思います。かなりいい成績をあげたと思います。えへん、えへん。

まず、白鵬の連勝が止まることを予言し、当てたこと。うれしいことに、それが、2日目に稀勢の里によりなしとげられたこと。忘れもしない11月15日、龍馬の誕生日であり、殺害された日である。昨日の”龍馬伝”がその日だった。

そして、理不尽な降格で十両から這い上がってきた豊ノ島、豪栄道の大活躍(胸のうちにたまっていたマグマが爆発すると確信していた)を予言し、当てたこと。豊ノ島、優勝ならずも、14勝1敗をぴたりと当てた。えへん、えへん。豪栄道も12勝(予想は13勝)とほぼ的中。

もちろん、はずれたのもあった。魁皇は今場所、負け越しで引退と思っていたが、な、ななんと12勝3敗、大関第一位の成績。優勝戦線に終盤までからみ、地元最後の九州場所を有終の美で飾った(来年はないでしょう)。これは予想に反した、うれしい出来事だった。

そして、わが稀勢の里の活躍も予想通り。白鵬連勝ストップで、一皮むけた。復活ののろしをあげた。千秋楽の豊ノ島戦には、花をもたせてあげたやさしい心。白鵬とは違います。初場所は、稀勢の里、豊ノ島、豪栄道連合で、白鵬連覇の阻止だ。国技館に応援に行くぜよ。

以下に示すように、ぼくの予想星取りの結果は10勝6敗と、稀勢の里と同様、二桁勝利。自分から、稀勢の里同様、殊勲賞をあげたいと思います。

予想屋として自信がついたので、12月の有馬記念にも挑戦したいと思います。

。。。。。

ぼくが初日終了段階で予想した星取表

豊ノ島 14勝1敗 優勝; 白鵬 13勝2敗; 豪栄道13勝2敗;把瑠都 11勝4敗;琴欧洲 10勝5敗;稀勢の里 10勝5敗;雅山 10勝5敗;日馬富士 9勝6敗;栃煌山 9勝6敗; 琴奨菊 8勝7敗;鶴竜 8勝7敗;栃ノ心 8勝7敗;豊真将 7勝8敗;魁皇 6勝9敗;阿覧 6勝9敗;安美錦 6勝9敗;朝赤龍 5勝10敗

・・・・・

結果とぼくの予想勝敗(1勝違いまで〇、他は●途中休場は勝敗なし)

豊ノ島 14勝1敗〇; 白鵬 14勝1敗〇; 豪栄道12勝3敗〇;把瑠都 11勝4敗〇;琴欧洲 8勝7敗●;稀勢の里 10勝5敗〇;雅山 9勝6敗〇;日馬富士 途中休場;栃煌山 7勝8敗●; 琴奨菊 9勝8敗〇;鶴竜 7勝8敗〇;栃ノ心 6勝9敗●;豊真将 7勝8敗〇;魁皇 12勝3敗●;阿覧 4勝11敗●;安美錦 8勝7敗●;朝赤龍 6勝9敗〇

ぼくの成績。10勝6敗 殊勲賞

。。。。。 

白鵬が目指した双葉山

今場所一番の取り組み。稀勢、白鵬の連勝63で止める。

そのあと、崩れず5連覇したのはさすが。

豊ノ島、魁皇の活躍で、最近では一番の盛り上がりの場所となった。

九州場所も終わり、また”龍馬伝”も千秋楽になって、さみしくなるな。韓ドラの”華麗なる遺産”もそろそろ終わりかな。ワイフが大好きで、一緒にいつもみている。なかなか面白かった。

もう二度とやって来ない、2010年の秋も過ぎ去ってゆくぜよ。

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京都紅葉三昧(3)常寂光寺

2010-11-28 22:37:42 | Weblog

去年、神奈川近代文学館で、女性初の芥川賞作家、中里恒子生誕100年を記念した展覧会があった。そのとき、彼女の原作を映画化した、吉永小百合主演映画”時雨の記”が上映された。北鎌倉に住む、うつくしい未亡人が、彼女の結婚式のとき受付をしていた妻子ある男(渡哲也)に偶然出会い、恋愛関係に入る物語だが、その重要な場面に、紅葉のうつくしい、嵯峨野の常寂光寺が現れるのである。この寺には、藤原定家の時雨亭跡があるが、その未亡人は定家の歌集をいつも手元に置いている、という伏線が敷かれている。

まさに、紅葉のうつくしい時期に、ぼくはこの寺を訪れて、ふとその映画のことを思い出したのだった。残念ながら、うつくしい北鎌倉の未亡人は連れていなかったけれど(爆)。

本堂

鐘楼

多宝塔(重要文化財)

時雨亭跡はみつからなかったけど、うつくしい紅葉はあちこちに。

(つづく)

 

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豊ノ島、優勝逃す 残念無念

2010-11-28 18:38:36 | Weblog

本割りで、稀勢の里を逆転で破り、14勝1敗。よし、いいぞ。いつもは、ご贔屓の稀勢の里に、よく負けてくれた、と讃えたぼく。八百長でもなんでもいい、今回だけは、豊ノ島に勝たせてあげたかった。あんな程度のことで十両に落とされ、這い上がってきた、豊ノ島。優勝させて、マスコミやら相撲協会やら、調査会やらのあほ野郎どもの鼻の穴を開かせてやりたかった。婚約者もそんな気持ちだっただろう。

そして、白鵬と琴欧州戦。なんとも情けない、琴欧州。ぜんぜんやる気のない相撲だった。豊ノ島とは、稀勢の里と同様、十両時代からの三羽ガラスではなかったのか。何としてでも、白鵬を破り、援護射撃してあげねばならないのだ。そんな気迫がぜんぜん感じられない。

そして、とうとう優勝決定戦。なんとしてでも勝ってくれ。心から願っていた。支度部屋で気を入れる豊ノ島。

そして、決定戦。あああ、するりと優勝が逃げていってしまった。白鵬も、もう何度も優勝してるんだから、一度くらい負けてやれよ、と言いたい。全く気のきかない男だ。こういうのをバカ正直というのだ。横綱ともなれば、一個人のことを考えるのではなく、相撲界全体のことを考えなければならないのだ。豊ノ島優勝であれば、大相撲の経済効果ははかりしれなかっただろう。これでは、八百長礼賛かな。

残念無念の千秋楽であった。あんまり悔しいので、余計なことまで言ってしまったようだ。許してたもれ。そうそう、ぼくの九州場所星取り予想の結果は、明日、心が落ち着いてから報告します。

 

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