昨日の中日新聞の『くらしの作文』というコーナーに「ごめんな」
というタイトルの投稿文が掲載されていました。
86歳の男性が書かれていました。
昭和49年10月2日、妹は44歳の若さで亡くなった。
優しい夫と中学1年の一人息子を残して。
妹は重い心臓病を患い、入退院を繰り返していた。
婚家は少し離れていたが、病院は実家のそばだったので、
母は毎日のように看病に通った。
妹は体調が良い日には外出許可をもらい、
実家に来ることがあった。
そんな時、「うちの井戸水、うまいな!」と言いながら、
庭に咲いていたコスモスの花を眺めていた。
ある日、病院へ見舞いに行くと、妹がこう言った。
「兄さん、わし(私)をおんでて(負ぶって)川へほうったって(捨てて)」
苦しみに耐えかねて、死を覚悟したのだろう。
目の前が真っ暗になった。
返す言葉が出てこない。
「しっかりせーよ。頑張れよ」とは、もう言えない。
無言のまま、そっと手を握ってやると、かすかな力で握り返してきた。
40年目の祥月命日の今月2日、婚家の仏壇にお参りをした後、
お墓に向ったその途中のあちこちに、きれいな
コスモスの花が咲いていた。
妹が「うまいな!」と言った実家の水を墓前に供え、
妹にこうわびた。
「あの時は、言葉を何も返すことができなかった。ごめんな」
最近、涙もろくなったせいか泣けました。
君が、嘘を、ついた
というタイトルの投稿文が掲載されていました。
86歳の男性が書かれていました。
昭和49年10月2日、妹は44歳の若さで亡くなった。
優しい夫と中学1年の一人息子を残して。
妹は重い心臓病を患い、入退院を繰り返していた。
婚家は少し離れていたが、病院は実家のそばだったので、
母は毎日のように看病に通った。
妹は体調が良い日には外出許可をもらい、
実家に来ることがあった。
そんな時、「うちの井戸水、うまいな!」と言いながら、
庭に咲いていたコスモスの花を眺めていた。
ある日、病院へ見舞いに行くと、妹がこう言った。
「兄さん、わし(私)をおんでて(負ぶって)川へほうったって(捨てて)」
苦しみに耐えかねて、死を覚悟したのだろう。
目の前が真っ暗になった。
返す言葉が出てこない。
「しっかりせーよ。頑張れよ」とは、もう言えない。
無言のまま、そっと手を握ってやると、かすかな力で握り返してきた。
40年目の祥月命日の今月2日、婚家の仏壇にお参りをした後、
お墓に向ったその途中のあちこちに、きれいな
コスモスの花が咲いていた。
妹が「うまいな!」と言った実家の水を墓前に供え、
妹にこうわびた。
「あの時は、言葉を何も返すことができなかった。ごめんな」
最近、涙もろくなったせいか泣けました。
君が、嘘を、ついた