団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

死に直面された非常時に於いても、みなさんが助け合われたことを知り、胸に迫るものがあります。

2014-10-19 15:26:20 | 日記
今朝の各紙の新聞を読んでご存知だと思いますが、私の地元の中日新聞の記事をそのまま掲載します。

長野、岐阜県境の御嶽山の噴火で亡くなった愛知県豊田市の小学五年生、長山照利(あかり)さん(11)が、見つかった時に着ていた大人物の登山ジャケットは、同じく犠牲になった横浜市中区の会社員近江屋洋さん(26)が避難の際に渡していたことが、警察関係者への取材で分かった。


  

 長野県警は二人と一緒にいた登山者の証言から特定。週明けにもジャケットを近江屋さんの家族に返す。

 警察関係者によると九月二十七日の噴火直後、近江屋さんと長山さん、証言をした登山者の三人は、隕石から逃れるため山頂付近の岩陰に避難した際に顔を合わせた。互いに面識はなく、その場でお互いの名前を教え合ったという。
長山さんが「寒い、寒い」と訴えたため、肩を負傷していた近江屋さんは自分のリュックサックから緑色のジャケットを取り出し、「着せてあげてください」と、もう一人の登山者に渡した。
近江屋さんは足をけがした長山さんの手当もした。その後、三人は別々に避難した。
 長山さんは母親(45)と兄(13)とともに、豊田市のアウトドアグループの登山に参加し、山頂付近で昼食中、噴火に遭遇。
 今月四日、山頂近くの二ノ池付近で救助隊に発見された時、大人用ジャケットを着ていた。
家族に心当たりはなく、県警が持ち主を捜していた。
近江屋さんは、損保ジャパン日本興亜の同僚と登山。
今月二日に死亡が確認されていた。

 長山さんの父 幸嗣さん(44)は、取材に「無事だったら当時の状況も聞いてみたいし、
お礼も伝えたかった」と残念がり、「とにかく皆で助け合い、照利のことを生かそうとして
くれた。そのことに、ただ感謝です」と語った。

以上の新聞記事が載っていました。

死に直面された非常時に於いても、みなさんが助け合われたことを知り、胸に迫るものがあります。
こんな素晴らしい人達が亡くなってしまったことが、悔しいです。






徳永英明 -会いたい-
コメント (4)
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