ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

お得なクーポン券

2009年02月13日 | アホな小話
我らがコメント頭領のハッピーが、こてこての名古屋弁を披露してくれまして、それを声に出して読んでいるうちに、パァッとよみがえった思い出のお話です。

母方の親戚は大阪、父方の親戚は大阪と三重県。そんなんで、わたし達家族は大阪と三重県を行ったり来たり、よく引っ越ししました。
三重県は名張市という町に住んでいましたが、どういうわけなのか(ほんとはかなりしょーもない理由をいっぱい聞いて知っています。でも、あまりにしょーもないのでここでは内緒です)隣りの上野市(現在の伊賀市)と仲が悪く、
少なくともわたしの周りの大人達は、よほどの用が無い限り、上野方面に足を運ぶことがありませんでした。
そして、なぜだか上野とパックになって、名古屋方面にも行きたがらなかったんですね。上野市の連中は名古屋によく行くから、みたいな感じでしょうか。
というか、事実、名張からは大阪の方が断然行き易かったんですね。上野に行くのと同じ時間電車に乗ってると着いてしまいましたから。

そういう、そこの地域に根強く漂っている偏見ガスってのは、毎日そこで暮らしていると必ず吸い込むので、じわじわと血に染み込んでしまいます。恐い恐い。
なので、上野にある高校に進学するまでは、上野と名古屋は禁断の町だったわけです。

わたしは多分、高校生だったと思います。どうしてその日、名古屋に行かなければならなかったのか、それがどうしても思い出せません。
でも、とにかくその日、決死の覚悟で名古屋行きの近鉄急行に乗って出かけました。
その頃には上野市で住み始めて数年経っていたので、偏見ガスの血液濃度も徐々に薄まり始めていました。
なんや、上野って全然恐ないやん。~やんか→~やして、~やわ→~やしてに変わるのはちょっと気色悪いけど、別におんなじようなヒトが住んでるやん。
ってなことで、名古屋にも行ってみる勇気が出たのかもしれません。

駅ビルから外に出てみると、斜めに2本、変な形をした白っぽい柱が立っていて、へ?と思いながら見上げていくと、ゲゲッ!!デカいマネキン?!



そこで一気に引いてしまったわたし。なんでこんなもんがこんなとこに立ってるねんやろ?この人形の股くぐりしたらご利益があるとか……、
なんて、ブツブツ考えながら、目はマネキンの顔を見上げながら近寄っていくと……「ねえ君」、ギクッとして声のした方を見ると、イケメンのお兄さんがニコニコ顔で立っていました。
「今時間ある?5分、あ、多分10分ぐらいになっちゃうけど、それって君に無理言っちゃうことになるのかなあ~」
お兄さんはそう言う間もずっとニコニコ、とっても爽やかな笑顔を絶やさないまま小首をちょっと傾げてわたしをじっと見つめています。
「え……っと、5分ぐらいなら多分……」
「そぉ~!ほんとっ!ありがとう!いやあ、君、そのスカート可愛いねえ、すごく君に似合ってるよほんと。いや、もちろん君も可愛いよ」
「いえ、そんな……」
「だってさあ、ボク、ずっと向こうに居る時から目に入っちゃったもん。あ、可愛い子だな、話できるかなって」
「……」
「あのね、簡単なんだ、話っていうより、ボクの質問に答えてくれたらいいだけ。もしかしたら5分もかかんないから、そしたらもっと君のこと聞きたいな~なんちゃって……」
もじもじしているわたしの横で、お兄ちゃんはゴソゴソ、ショルダーバッグから用紙の挟まったボードを取り出しました。
「ええっと、まず第1問。あなたは旅行が好きですか?」
「あ、はい」
「では第2問。あなたは甘い物が好きですか?」
「はい。でも……」
「でも?」
「ニッキが入ってるのは嫌いやけど……」
「ニッキ?」
「ええと、生八つ橋とかの」
「なんかいいなあ……関西弁、ゾクゾクしちゃうよボク」
なんて調子で始まった問答、気がつくと30分以上時間が経っていました。
いったいなんでこんなことに答えてるんやろ?と、その頃になってようやく思い始めたわたし。
「あのぉ~、そろそろわたし……」
「あ~っ!ごめんごめん、君とおしゃべりしてると楽しくってついつい、ごめんね~すんげ~延長しちゃってたね~」
「いえ、別にそんなこと……」
「ね、ちょっとここで待ってて。ボクさ、君の答をあそこに居るボクのボスに伝えてくるから。彼はね、すごい人でさ、滅茶苦茶お得なクーポン券、いっぱい持っててね、その人その人にピッタンコのクーポンを選べるんだ。それを今、君のためにもらってくるから、ね、いいね、動いちゃだめだよ。待っててね」
お兄ちゃんがダッシュして行く方向に、サングラスをかけた、お兄ちゃんよりはちょっと年長風の男性が立っていました。
お兄ちゃんから一言二言聞いた男性がわたしの方を見たかと思うと、2人揃ってこちらに向かって来ました。

さて……それからどうなったか……。
なぜだかそこから記憶が途切れているんです。あ、だからといって、クロロホルムを嗅がされてどこかに監禁?!みたいなことでは無く、
男性が何かをわたしに話しかけ、お兄ちゃんがウンウンと頭が外れるかと思うくらい大きく頷き、2人に挟まれたまま、路地裏のプレハブの建物の中に入ると、そこには小さな机を挟んでパイプ椅子に座っている若者と、お兄ちゃん風のお兄ちゃん達がいっぱい居たことは覚えています。
お兄ちゃん達と若者達の間の机の上にはピンクやブルーの用紙が置かれていて、お兄ちゃん達はひたすら説明をし、用紙のあちこちを指差したりしていました。
何を押し売りしていたのか、全然覚えていません。でも、それは、高校生だったわたしには未経験の、アンケート調査で釣れた無知な若者に、高額な商品をローンで買わせる、なんとも恐ろしい集団でした。

結局わたしは高校生で、ローンなんて組ませることもできん役立たずってことで、男性が胸ポケットから出してきたクーポン券の冊子を1冊1500円で譲ってあげるってことになりました。
もう恐くて、その場所から即刻出たくてたまらなかったわたしは、「じゃあ1冊お願いします」と言って財布を出すと、
「あのねえ~、君のためにボクら、こ~んなに時間使っちゃったんだよぉ~。1冊だって?冗談だろ?ね、今いくら持ってんの?」
「えっと……5000円」
「5000円か~、じゃ、3冊譲ったげるよ。こんなお得なクーポン、友達に見せたらさ~、売って売って~って群がっちゃって、大もうけできるかもよ~」
膝をガクガク震わせながら、3冊受け取ってしまいました。財布の中には百円玉と十円玉しか残っていません。

へとへとに疲れました。頭もじ~んと痺れていました。また巨大マネキンの近くまでトボトボと歩いて戻りました。
やっぱり名古屋は恐いとこやった。来たのが間違いやった。ああ恐かった。
マネキンの足にもたれて息を整えていると、少しだけ胸のドキドキが治まってきました。
落ち着いてまわりを見回してみると、わたしと同じように呼び止められている若い子が何人かいました。
あかんあかん!立ち止まったらあかん!
わたしは心の中で叫びながら、それでもなんにもする気力も無くて、ぼんやりと近鉄の駅の方に歩いて行きました。
切符売り場まで来て、そこで初めて、500円では家までの電車賃が足りないということに気がつきました。
どないしょ~
名古屋には知り合いも誰もいません。知り合ったのは、あの世にも恐ろしい詐欺師集団だけです。
考えました。うんうんと文字通り唸って考えました。
(よし、やっぱりこれいりませんって言うて、お金返してもらお)
もう一度、マネキンの付近まで戻り、彼らの姿を探しましたが、仲間は居ても彼らは居ません。恐々プレハブの方も覗いてみましたが、やはり見つかりません。
お昼近くに名古屋に着いたのに、もう夕暮れ時になり、お腹はぺこぺこ、足はへろへろ、心はくたくたになって、それでも物陰に隠れて待ちました。
辺りが薄暗くなった頃、突然彼らが戻って来たのを見た瞬間、わたしはもうなにも考えずに彼らに向かってダッシュしていました。
「すみません、わたし、家に帰る電車代が無くなっちゃったんです。だから、これ、返しますから、お金返してください!」
チッという舌打ちする音が聞こえました。「田舎っぺが」という小さな声も聞こえました。2人とも、顔つきまですっかり変わって不細工に見えました。
「あのね~、君に譲ってあげた時点でさ、ナンバーが向こうに登録されちゃってるんだよね。だからさ~、そう簡単にハイそうですかって訳にゃいかんのよ」
「でも、返してください!電車に乗れないですから」
「ったく……これだから……」

1冊だけ買ったことにしてもらいました。3千円を返してもらい、そのまま脇目もふらずに電車の駅に行き、とにかくなんでもいいからそこから離れることができる電車に乗りました。
電車の窓から景色を眺めながら、アホ!アホ!アホ!アホ!と、ずっと自分で自分を責め続けました。

家に戻って、かなり落ち着いてから、鞄の中に押し込まれてくしゃくしゃになったクーポン冊子の中を詳しく見てみると、
絶対に行きそうもない土地のホテルの割引や、スキー用具の割引などがペラペラの紙に印刷されていました。

大人になって、ヤマハ講師になり、研修のために名古屋に頻繁に出かけるようになり、名古屋にも同じような普通の人が生きていることを知るまで、わたしの名古屋恐はかなり強烈に続いたのでした。

長い長い思い出話でした。ここまで読んでくださったみなさん、ほんとにどうもありがとう。
巨大マネキンさんには『ナナちゃん』という可愛い名前がついているそうです。
誤解の無いように追加しておきますが、今では名古屋はわたしにとって、大好きな友達が住む町として、なんの偏見も恐怖もなく、喜々として訪れる町です。
コメント (4)
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