7) 備前焼の海揚りに付いて。
海揚り(うみあがり)とは、数百年の昔に難破し沈没した船の積荷が、引き揚げるられた事で
その積荷を海揚り品といいます。
① 海中より古備前を発見。
1919年(大正8年)岡山県玉野市宇野の沖合いに浮かぶ、香川県の直島(なおしま)の北側の、
海中より漁師が、古備前を発見します。この付近で難破した船に古備前が積まれている事が
予想されました。但し、その後も難破船は発見されていません。
引き揚げ作業が本格化するのは、岡山県の医師の陶守三郎氏が潜水夫を雇い、捜索活動が
始まる昭和15年(1940年)からで、以後数度に渡って引き揚げ作業が続きます。
引き揚げられた備前焼は、「上陸備前」又は「海揚り(古)備前」と呼ばれる様になります。
② およそ400年前の桃山~慶長年間に伊部で仕入れた備前焼を満載した大型船が、伊部
近くの片上港から出航します。しかし、瀬戸内海を航行中に何らかの原因で転覆、沈没した物と
思われ、積荷が海に没します。
③ 積荷は桃山~慶長時代に焼かれたと思われる古備前の品々で、鶴首、徳利類、擂鉢、皿類、
大甕(高さ 112.1cm、口径 65.1cm、胴径 82.0cm)など、二百数十点に及びます。
その中には、お預け徳利、鶴首徳利、芋徳利、大皿、ハ寸など伝世品に無いものもあり、
この発見で新たな作品の存在が知られる様になります。
・ 長年の間、海底の泥の中に埋もれていた為に保存状態も良く、味わいのある陶肌が人気を
呼びます。特に徳利などの酒器が好事家の間で、垂涎の的になっています。
・ 中でも「鶴首徳利」は現存数が少なく二十数個と貴重な存在です。全て緋襷の海揚がりの物
です。その姿は優美で、作行は丁寧です。又高台は備前では稀な碁笥底に成っています。
その他に、以前紹介した、緋襷の大皿も含まれています。
これらの品々から、桃山備前の時代区分が、より詳細になったと言われています。
・ 残念な事は、海揚り品の多くは、十分な調査や記述を残さずに、四散してしまった事です。
④ 水の子岩海底遺跡に付いて。
) 発端:1977年(昭和52年)ダイバーが完形品を含む備前焼と見られる陶片群を発見し、
一部を岡山県立博物館に持ち込みます。翌年1月に予備調査が行われ、備前焼の完形品や
船のバラスト用の河原石などが確認されます。
発見場所は、香川県小豆郡内海町の海上の、通称“水の子岩”と呼ばれる岩礁近辺の
水深20~40mの場所です。岩礁下に散布していた状況から、伊部の片上港を出港し、
「水の子岩」に激突して、遭難した船の積み荷であったろうと推測できました。
) 同年(1978年)4月に「水の子岩学術調査団」が結成され、本格的な調査がスタートします
引き揚げられた遺物は、備前焼の鉢や壷、大甕など10器種210点、金属製品や石製品なども
含まれていました。これら備前焼は同一時代の生産と見られるとの事です。
) これらの陶器は、畿内周辺で使われていた陶器と同じである事から、南北朝の頃の生産
でると判明します。
) 遺構概要: 香川県小豆島の東方沖6km、海底20~40mの地点。
遺物概要 : 擂鉢77個、捏鉢2個、大型壺68個、中型壺2個、各種の甕類ほか大量の陶片
などです。生産は、南北朝時代(備前初頭)に属すると考えられています。
尚、海揚り品は備前焼に限らず、他の海域でも発見されていますし、今後新たに発見される事も
予想されます。
今回で古備前の話を終わります。
海揚り(うみあがり)とは、数百年の昔に難破し沈没した船の積荷が、引き揚げるられた事で
その積荷を海揚り品といいます。
① 海中より古備前を発見。
1919年(大正8年)岡山県玉野市宇野の沖合いに浮かぶ、香川県の直島(なおしま)の北側の、
海中より漁師が、古備前を発見します。この付近で難破した船に古備前が積まれている事が
予想されました。但し、その後も難破船は発見されていません。
引き揚げ作業が本格化するのは、岡山県の医師の陶守三郎氏が潜水夫を雇い、捜索活動が
始まる昭和15年(1940年)からで、以後数度に渡って引き揚げ作業が続きます。
引き揚げられた備前焼は、「上陸備前」又は「海揚り(古)備前」と呼ばれる様になります。
② およそ400年前の桃山~慶長年間に伊部で仕入れた備前焼を満載した大型船が、伊部
近くの片上港から出航します。しかし、瀬戸内海を航行中に何らかの原因で転覆、沈没した物と
思われ、積荷が海に没します。
③ 積荷は桃山~慶長時代に焼かれたと思われる古備前の品々で、鶴首、徳利類、擂鉢、皿類、
大甕(高さ 112.1cm、口径 65.1cm、胴径 82.0cm)など、二百数十点に及びます。
その中には、お預け徳利、鶴首徳利、芋徳利、大皿、ハ寸など伝世品に無いものもあり、
この発見で新たな作品の存在が知られる様になります。
・ 長年の間、海底の泥の中に埋もれていた為に保存状態も良く、味わいのある陶肌が人気を
呼びます。特に徳利などの酒器が好事家の間で、垂涎の的になっています。
・ 中でも「鶴首徳利」は現存数が少なく二十数個と貴重な存在です。全て緋襷の海揚がりの物
です。その姿は優美で、作行は丁寧です。又高台は備前では稀な碁笥底に成っています。
その他に、以前紹介した、緋襷の大皿も含まれています。
これらの品々から、桃山備前の時代区分が、より詳細になったと言われています。
・ 残念な事は、海揚り品の多くは、十分な調査や記述を残さずに、四散してしまった事です。
④ 水の子岩海底遺跡に付いて。
) 発端:1977年(昭和52年)ダイバーが完形品を含む備前焼と見られる陶片群を発見し、
一部を岡山県立博物館に持ち込みます。翌年1月に予備調査が行われ、備前焼の完形品や
船のバラスト用の河原石などが確認されます。
発見場所は、香川県小豆郡内海町の海上の、通称“水の子岩”と呼ばれる岩礁近辺の
水深20~40mの場所です。岩礁下に散布していた状況から、伊部の片上港を出港し、
「水の子岩」に激突して、遭難した船の積み荷であったろうと推測できました。
) 同年(1978年)4月に「水の子岩学術調査団」が結成され、本格的な調査がスタートします
引き揚げられた遺物は、備前焼の鉢や壷、大甕など10器種210点、金属製品や石製品なども
含まれていました。これら備前焼は同一時代の生産と見られるとの事です。
) これらの陶器は、畿内周辺で使われていた陶器と同じである事から、南北朝の頃の生産
でると判明します。
) 遺構概要: 香川県小豆島の東方沖6km、海底20~40mの地点。
遺物概要 : 擂鉢77個、捏鉢2個、大型壺68個、中型壺2個、各種の甕類ほか大量の陶片
などです。生産は、南北朝時代(備前初頭)に属すると考えられています。
尚、海揚り品は備前焼に限らず、他の海域でも発見されていますし、今後新たに発見される事も
予想されます。
今回で古備前の話を終わります。