4) 奥高麗に付いて。
千利休が「ねのこ餅」と呼ばれる奥高麗茶碗を所持していた事はすでに多くの人々によって
指摘されています。その茶碗が唐津で作られた事も確かの様です。
筒形(つつなり)と奥高麗茶碗としては、珍しい形です。
・ 奥高麗筒茶碗 銘 ねのこ餅(もち):
高さ 10.4cm、口径 9.5cm、高台径 5.5cm
利休所持の三筒茶碗の一つと伝えられ、奥高麗茶碗の古典とも言われる茶碗です。
尚、他の二点は、高麗茶碗「挽木鞘(ひききのさや)」と古雲鶴「浪花筒(になわづつ)」
です。
① 奥高麗(おくごうらい)の名称の由来。
「高麗の奥の方の陶工が渡来して唐津で焼きだした物」と古い文献に記載されているとの事です
注: 高麗は高句麗(こうくり)後の王朝で、918年~1392年まで続いた朝鮮半島の国です。
② 高麗茶碗は室町時代末(16世紀半ば頃)に、「侘び茶」が流行し、我が国の茶道で用いられた
茶碗の一つであり、朝鮮半島で焼かれた日常雑器を、日本の茶人が茶器に見立てたものです。
但し、「高麗茶碗」と呼ばれる茶碗は、高麗時代の作品では無く李氏朝鮮(1392~1910年)
の物がほとんどと言われています。
「奥高麗茶碗」は我が国の唐津で作られた高麗茶碗を模倣したものと思われています。
③ 奥高麗茶碗の特徴。
) 素地は鉄分を含む赤土ですが、細かくねっとりした土と、やや粗めで砂を含む粘土の
両方があります。
) 奥高麗はほとんどが茶碗で、井戸茶碗風の口が大きく開いた鉢形と、腰に丸みがあり
口縁がやや内側に抱え込まれた熊川風があります。
) 轆轤挽きされて「ノビノビ」としています。高台は比較的に大きく、高台脇や高台内も
轆轤による削り出しで、高台中央に兜巾(ときん)が有ります。
高台脇の削目に「縮緬(ちりめん)皺」が毛羽立ち、長石質の灰釉との相乗効果で
「梅花皮(かいらぎ)」が現れます。
) 高台周辺の土見では、赤味を帯び枇杷(びわ)色を呈するのが一般的な特徴です。
) 素地と釉との縮み具合の差で釉に「ひび(貫入)」が入り易く、長年使用していると
釉に変化が出てくる事も多い様です。
) 焼成は酸化焼成が多く、中には還元焔や中性焔で焼成された物もあり、その場合には
釉面が灰青色になります。これを「白上り」と呼ぶそうです。
④ 著名な奥高麗茶碗。
) 奥高麗茶碗 銘 深山路(みやまじ): 17世紀始 市ノ瀬高麗神窯系?。
松江藩主の松平松平不眛公(1751~1818年)が所持していた、竹節高台で碗形の逸品です
高さ 7.8cm、口径 14.0cm、高台径 6.1cm
) 奥高麗茶碗 銘 真蔵院(しんぞう): 細川三斉公(1563~1645年、利休七哲の一人)が
所持していた名碗です。胴は高く立ち上がり轆轤目が目立つ、小振りで深い碗形です。
高さ 8.5cm、口径 13.1cm、高台径 4.8cm
) 重要文化財 奥高麗茶碗 是閑(ぜかん)唐津 銘 三宝(さんぽう):
唐津の代表的な茶碗として古くから著名な茶碗です。
高さ 7.6cm、口径 16.0cm、高台径 6.4cm
) 奥高麗茶碗 銘 糸屋唐津: 17世紀始め 唐津としては、古格のある茶碗です。
元禄の頃の京の目利きとして知られる、茶人の糸屋良斎が所持した茶碗です。
高さ 7.5cm、口径 15.4cm、高台径 5.3cm
小石混じりの赤土で、轆轤挽き。小振りな竹節節高台で、畳付きは三日月高台です。
以下次回に続きます。
千利休が「ねのこ餅」と呼ばれる奥高麗茶碗を所持していた事はすでに多くの人々によって
指摘されています。その茶碗が唐津で作られた事も確かの様です。
筒形(つつなり)と奥高麗茶碗としては、珍しい形です。
・ 奥高麗筒茶碗 銘 ねのこ餅(もち):
高さ 10.4cm、口径 9.5cm、高台径 5.5cm
利休所持の三筒茶碗の一つと伝えられ、奥高麗茶碗の古典とも言われる茶碗です。
尚、他の二点は、高麗茶碗「挽木鞘(ひききのさや)」と古雲鶴「浪花筒(になわづつ)」
です。
① 奥高麗(おくごうらい)の名称の由来。
「高麗の奥の方の陶工が渡来して唐津で焼きだした物」と古い文献に記載されているとの事です
注: 高麗は高句麗(こうくり)後の王朝で、918年~1392年まで続いた朝鮮半島の国です。
② 高麗茶碗は室町時代末(16世紀半ば頃)に、「侘び茶」が流行し、我が国の茶道で用いられた
茶碗の一つであり、朝鮮半島で焼かれた日常雑器を、日本の茶人が茶器に見立てたものです。
但し、「高麗茶碗」と呼ばれる茶碗は、高麗時代の作品では無く李氏朝鮮(1392~1910年)
の物がほとんどと言われています。
「奥高麗茶碗」は我が国の唐津で作られた高麗茶碗を模倣したものと思われています。
③ 奥高麗茶碗の特徴。
) 素地は鉄分を含む赤土ですが、細かくねっとりした土と、やや粗めで砂を含む粘土の
両方があります。
) 奥高麗はほとんどが茶碗で、井戸茶碗風の口が大きく開いた鉢形と、腰に丸みがあり
口縁がやや内側に抱え込まれた熊川風があります。
) 轆轤挽きされて「ノビノビ」としています。高台は比較的に大きく、高台脇や高台内も
轆轤による削り出しで、高台中央に兜巾(ときん)が有ります。
高台脇の削目に「縮緬(ちりめん)皺」が毛羽立ち、長石質の灰釉との相乗効果で
「梅花皮(かいらぎ)」が現れます。
) 高台周辺の土見では、赤味を帯び枇杷(びわ)色を呈するのが一般的な特徴です。
) 素地と釉との縮み具合の差で釉に「ひび(貫入)」が入り易く、長年使用していると
釉に変化が出てくる事も多い様です。
) 焼成は酸化焼成が多く、中には還元焔や中性焔で焼成された物もあり、その場合には
釉面が灰青色になります。これを「白上り」と呼ぶそうです。
④ 著名な奥高麗茶碗。
) 奥高麗茶碗 銘 深山路(みやまじ): 17世紀始 市ノ瀬高麗神窯系?。
松江藩主の松平松平不眛公(1751~1818年)が所持していた、竹節高台で碗形の逸品です
高さ 7.8cm、口径 14.0cm、高台径 6.1cm
) 奥高麗茶碗 銘 真蔵院(しんぞう): 細川三斉公(1563~1645年、利休七哲の一人)が
所持していた名碗です。胴は高く立ち上がり轆轤目が目立つ、小振りで深い碗形です。
高さ 8.5cm、口径 13.1cm、高台径 4.8cm
) 重要文化財 奥高麗茶碗 是閑(ぜかん)唐津 銘 三宝(さんぽう):
唐津の代表的な茶碗として古くから著名な茶碗です。
高さ 7.6cm、口径 16.0cm、高台径 6.4cm
) 奥高麗茶碗 銘 糸屋唐津: 17世紀始め 唐津としては、古格のある茶碗です。
元禄の頃の京の目利きとして知られる、茶人の糸屋良斎が所持した茶碗です。
高さ 7.5cm、口径 15.4cm、高台径 5.3cm
小石混じりの赤土で、轆轤挽き。小振りな竹節節高台で、畳付きは三日月高台です。
以下次回に続きます。