'08年刊行の短編集『こどものころにみた夢』に収録されている、西加奈子さんの『ヘビ』を読みました。
ばあちゃんは俺んちに一緒に住んでんだけど、ちょっと頭がおかしいんだよ、お母さんが「ちほうしょう」だって言ってた、だからばあちゃんがどこか行きたい、てなったらさ、誰かが付いてってやんなきゃならない。中松商店に行きたいって言いだしたのはばあちゃんなのに、着いた途端「ほらヨウ君、着いたよ。何が食べたい?」なんて聞いてくるから、嫌んなるぜ。俺がおねだりしたみたいじゃんか。まあ何か買ってくれるって言うから、アイス買って、て言ったんだよね。財布から百円出したとき、そんとき、ばあちゃんが言ったんだ。「ばあちゃんの財布には、ヘビが入ってるんだよ」ってね。ああ、ばあちゃんもう、本格的に頭おかしくなったんだなぁって、そんとき思ったよ。
ばあちゃんが死んだのは、本当に急だった。ばあちゃんの死体は居間に寝かされて、俺らは隣の部屋で寝たんだ。そんなこと初めてだったから、なかなか眠れなかった。
で、夢を見た。ばあちゃんの財布、七福神が刺繍されたガマ口の財布の中から、大きいヘビがにょろにょろ出てくんだ。そいつがばあちゃんを頭から食べちゃうわけ。周りを見たら、クラスの皆が野次ってる。「おい、男らしさを見せろ!」なんつってさ。だから、「男らしさ」発揮しなきゃと思って、何か戦える武器はないかって探すんだけど、ないんだ。ああもう、やけくそだ、と思って、パピコ。パピコでヘビを刺すんだよ。パピコだぜ、そこがまあ夢って感じだけど、なんだかものすごくでかくなってんのよ、パピコが。えいやー! えいやー! 段々疲れてきてさ、そのとき、ヘビがギッと、俺を睨むんだ。「おい坊主、それだけか」て。「お前みたいなチビに負けるかい」て。ひるんだね、完全に。そんときだね、ばあちゃんの声が聞こえるんだ。振り返ったら、ばあちゃんがこっちを見てんだよ、無気味だったね。そして、言ったんだ。「ヨウ君はちっとも小さくなんてない」て。
そこで、目が覚めた。
思い出して、ばあちゃんの部屋に行った。そこには、ばあちゃんがいつも持ってた、茶色いカバンがある。俺はそれを開けた。中に、七福神の財布が入ってる。俺が財布を開けると、小銭ばっかりだった。五円、一円、百円、十円。そして、なんか気色悪いもんが入ってた。茶色くて、干からびてて、ペラペラした紙のようなもの。なんだこりゃ。思ってたら、ガラッと扉が開いて、お母さんが立ってた。「ヨウ、何してんの?」なんて言うから、俺あせっちゃってさ。思わず言ったんだよ。「俺、俺、これがほしくって」。お母さんは俺が手にしてるその茶色いものをじっと見て、「ああ、ヘビの皮ね」と言った。「それ入れとくと、幸せになるんだってね。ヨウ、そんなこと、信じてるの?」
なんだよ、ヘビの皮かよ。ばあちゃん、説明足りないよ。お母さんが扉を閉めてからも、俺はしばらく、それを見つめてた。そんで、絶対、誰にも言いたくなかったんだけど、泣いた。なんでだよ、ばあちゃん。言ってくれよ、ヘビの皮入れとくと、幸せになれるんだよ、て。俺だって、ばあちゃんのことボケてるって思ってたけど、聞いてやることくらいは出来たんだぜ。ばあちゃんの前だけは、俺は自分のこと「俺」って言えたし、ばあちゃんは「ヨウ君はちっとも小さくなんてない」って、言ってくれたんだ。夢ん中まで。
ばあちゃん、俺、クラスでも相当小さいんだ、だから馬鹿にされるんだ。
「大丈夫、ヨウ君はちっとも小さくなんてない」。
七福神の刺繍は、汚くて、ほとんど見えなくなってた。その中でひとり、なんとか顔が見える神様がいた。そいつは、なんだか、ばあちゃんに似ていた。お母さんがもう一度呼びに来るまでには、泣き止まないと。俺はゴシゴシと目をこすって、もう一度ヘビの皮を見た。シワシワのそれは、まるでばあちゃんの皮膚を、剥ぎ取ったみたいだ。
ほのぼのとした味わいのある短編でした。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)
ばあちゃんは俺んちに一緒に住んでんだけど、ちょっと頭がおかしいんだよ、お母さんが「ちほうしょう」だって言ってた、だからばあちゃんがどこか行きたい、てなったらさ、誰かが付いてってやんなきゃならない。中松商店に行きたいって言いだしたのはばあちゃんなのに、着いた途端「ほらヨウ君、着いたよ。何が食べたい?」なんて聞いてくるから、嫌んなるぜ。俺がおねだりしたみたいじゃんか。まあ何か買ってくれるって言うから、アイス買って、て言ったんだよね。財布から百円出したとき、そんとき、ばあちゃんが言ったんだ。「ばあちゃんの財布には、ヘビが入ってるんだよ」ってね。ああ、ばあちゃんもう、本格的に頭おかしくなったんだなぁって、そんとき思ったよ。
ばあちゃんが死んだのは、本当に急だった。ばあちゃんの死体は居間に寝かされて、俺らは隣の部屋で寝たんだ。そんなこと初めてだったから、なかなか眠れなかった。
で、夢を見た。ばあちゃんの財布、七福神が刺繍されたガマ口の財布の中から、大きいヘビがにょろにょろ出てくんだ。そいつがばあちゃんを頭から食べちゃうわけ。周りを見たら、クラスの皆が野次ってる。「おい、男らしさを見せろ!」なんつってさ。だから、「男らしさ」発揮しなきゃと思って、何か戦える武器はないかって探すんだけど、ないんだ。ああもう、やけくそだ、と思って、パピコ。パピコでヘビを刺すんだよ。パピコだぜ、そこがまあ夢って感じだけど、なんだかものすごくでかくなってんのよ、パピコが。えいやー! えいやー! 段々疲れてきてさ、そのとき、ヘビがギッと、俺を睨むんだ。「おい坊主、それだけか」て。「お前みたいなチビに負けるかい」て。ひるんだね、完全に。そんときだね、ばあちゃんの声が聞こえるんだ。振り返ったら、ばあちゃんがこっちを見てんだよ、無気味だったね。そして、言ったんだ。「ヨウ君はちっとも小さくなんてない」て。
そこで、目が覚めた。
思い出して、ばあちゃんの部屋に行った。そこには、ばあちゃんがいつも持ってた、茶色いカバンがある。俺はそれを開けた。中に、七福神の財布が入ってる。俺が財布を開けると、小銭ばっかりだった。五円、一円、百円、十円。そして、なんか気色悪いもんが入ってた。茶色くて、干からびてて、ペラペラした紙のようなもの。なんだこりゃ。思ってたら、ガラッと扉が開いて、お母さんが立ってた。「ヨウ、何してんの?」なんて言うから、俺あせっちゃってさ。思わず言ったんだよ。「俺、俺、これがほしくって」。お母さんは俺が手にしてるその茶色いものをじっと見て、「ああ、ヘビの皮ね」と言った。「それ入れとくと、幸せになるんだってね。ヨウ、そんなこと、信じてるの?」
なんだよ、ヘビの皮かよ。ばあちゃん、説明足りないよ。お母さんが扉を閉めてからも、俺はしばらく、それを見つめてた。そんで、絶対、誰にも言いたくなかったんだけど、泣いた。なんでだよ、ばあちゃん。言ってくれよ、ヘビの皮入れとくと、幸せになれるんだよ、て。俺だって、ばあちゃんのことボケてるって思ってたけど、聞いてやることくらいは出来たんだぜ。ばあちゃんの前だけは、俺は自分のこと「俺」って言えたし、ばあちゃんは「ヨウ君はちっとも小さくなんてない」って、言ってくれたんだ。夢ん中まで。
ばあちゃん、俺、クラスでも相当小さいんだ、だから馬鹿にされるんだ。
「大丈夫、ヨウ君はちっとも小さくなんてない」。
七福神の刺繍は、汚くて、ほとんど見えなくなってた。その中でひとり、なんとか顔が見える神様がいた。そいつは、なんだか、ばあちゃんに似ていた。お母さんがもう一度呼びに来るまでには、泣き止まないと。俺はゴシゴシと目をこすって、もう一度ヘビの皮を見た。シワシワのそれは、まるでばあちゃんの皮膚を、剥ぎ取ったみたいだ。
ほのぼのとした味わいのある短編でした。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)
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