山田太一さんがアフォリズムが満載されていると言っていた、'58年刊行の『チェーホフの手帖』を読みました。チェーホフの死後、妻オリガ・クニッペル=チェーホヴァの手もとに保存されていた一冊の手帖で、1892年に始まり、1904年に終わっているものです。
冒頭の部分を引用させていただくと、
「人類は歴史というものを、戦闘の系列(つらなり)と考えて来た。なぜなら今までは、闘争が人生の主眼だと心得ていたのだから。」
(中略)
「世間普通の偽善者は鳩を気どるが、政界や文学界の偽善者は鷲を気どる。しかし、彼等の鷲のような威容に面喰うには及ばない。彼等は鷲ではなく、たかだか鼠か犬に過ぎない。」
「われわれよりも愚昧で汚穢なもの、それが民衆である。行政上では納税階級と特権階級の二つに分けている。しかしどんな分け方も当らない。何故ならわれわれは悉く民衆であり、われわれの為す最も善いことは、即ち民衆の仕事だからだ。」
「モナコ公がルーレットを持っている以上、ましてや徒刑囚はカルタぐらい弄んだっていい筈である。」
「イヴァンは恋愛哲学を並べることはできたが、恋愛はできなかった。」
「アリョーシャ お母さん、僕は病気のお蔭で頭が鈍っちまって、今じゃまるで子供の頃みたいなんです。神様に祈ったり、泣いたり、喜んだり‥‥。」
「なぜハムレットは死後に見る夢のことを苦に病んだりしたのだろう。この世に生きていたって、もっと怖ろしい夢がやって来るのに。」
(中略)
「寝室。月の光が窓から射し入って、肌着の小さなボタンまでも見える。」
「善人は犬の前でも恥ずかしさを感じることがある。」
「ある四等官が美しい景色を眺めて曰く、『何たる絶妙な自然の排泄作用じゃ!』」
「老犬の手記から。――『人間は料理女(コック)さんの棄てる雑水や骨を食べない。馬鹿な奴!』」
「彼の持っているものといったら、天にも地にも学生生活の思い出しかなかった。」
「フランスの諺。――Laid comme nu chenille. 毛虫の如く醜し。(大罪業の如く悪し。)」
「男が独身を守ったり女が老嬢で通したりするのは、互いに相手に何の興味も起させないからだ。肉体的な興味をすら。」
「大きくなった子供達が食卓で宗教論をやって、断食とか坊主とか云ったものをこき下ろす。年寄りの母親は、初めのうちかんかんになって怒る。そのうちに慣れたと見えて、ただにやにや笑っている。やがての果てには、なるほどお前達のいう通りだ、私もお前達のお宗旨になりますよと、だしぬけにそう言い出す。子供達は気持がわるくなった。この婆さんこの先なにをやり出すことやら、子供達には見当がつかなかった。」
「国民的科学というものはない。九九の表に国民的も何もないように、国民的なものは既に科学ではない。」
「脚の短い猟犬(ダクスフント)が街を歩いて、自分の足の曲がっているのを羞かしく思った。」
「男と女の違い。――女は年をとるにつれて、ますます女の仕事に身を入れる。男は年をとるにつれて、ますます女の仕事から遠ざかる。」
面白かったのは「彼女の顔には皮膚が足りなかった。眼をあくには口を閉じなければならぬ。及びその逆」という文ぐらいで、私はあまり楽しめませんでした。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
冒頭の部分を引用させていただくと、
「人類は歴史というものを、戦闘の系列(つらなり)と考えて来た。なぜなら今までは、闘争が人生の主眼だと心得ていたのだから。」
(中略)
「世間普通の偽善者は鳩を気どるが、政界や文学界の偽善者は鷲を気どる。しかし、彼等の鷲のような威容に面喰うには及ばない。彼等は鷲ではなく、たかだか鼠か犬に過ぎない。」
「われわれよりも愚昧で汚穢なもの、それが民衆である。行政上では納税階級と特権階級の二つに分けている。しかしどんな分け方も当らない。何故ならわれわれは悉く民衆であり、われわれの為す最も善いことは、即ち民衆の仕事だからだ。」
「モナコ公がルーレットを持っている以上、ましてや徒刑囚はカルタぐらい弄んだっていい筈である。」
「イヴァンは恋愛哲学を並べることはできたが、恋愛はできなかった。」
「アリョーシャ お母さん、僕は病気のお蔭で頭が鈍っちまって、今じゃまるで子供の頃みたいなんです。神様に祈ったり、泣いたり、喜んだり‥‥。」
「なぜハムレットは死後に見る夢のことを苦に病んだりしたのだろう。この世に生きていたって、もっと怖ろしい夢がやって来るのに。」
(中略)
「寝室。月の光が窓から射し入って、肌着の小さなボタンまでも見える。」
「善人は犬の前でも恥ずかしさを感じることがある。」
「ある四等官が美しい景色を眺めて曰く、『何たる絶妙な自然の排泄作用じゃ!』」
「老犬の手記から。――『人間は料理女(コック)さんの棄てる雑水や骨を食べない。馬鹿な奴!』」
「彼の持っているものといったら、天にも地にも学生生活の思い出しかなかった。」
「フランスの諺。――Laid comme nu chenille. 毛虫の如く醜し。(大罪業の如く悪し。)」
「男が独身を守ったり女が老嬢で通したりするのは、互いに相手に何の興味も起させないからだ。肉体的な興味をすら。」
「大きくなった子供達が食卓で宗教論をやって、断食とか坊主とか云ったものをこき下ろす。年寄りの母親は、初めのうちかんかんになって怒る。そのうちに慣れたと見えて、ただにやにや笑っている。やがての果てには、なるほどお前達のいう通りだ、私もお前達のお宗旨になりますよと、だしぬけにそう言い出す。子供達は気持がわるくなった。この婆さんこの先なにをやり出すことやら、子供達には見当がつかなかった。」
「国民的科学というものはない。九九の表に国民的も何もないように、国民的なものは既に科学ではない。」
「脚の短い猟犬(ダクスフント)が街を歩いて、自分の足の曲がっているのを羞かしく思った。」
「男と女の違い。――女は年をとるにつれて、ますます女の仕事に身を入れる。男は年をとるにつれて、ますます女の仕事から遠ざかる。」
面白かったのは「彼女の顔には皮膚が足りなかった。眼をあくには口を閉じなければならぬ。及びその逆」という文ぐらいで、私はあまり楽しめませんでした。
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます