
それから10年、昼夜を問わぬ射撃演習が続いた。55年になって新砲座設置のための土地の収用、それに反対する集落の農民が激突、死者も出た。その出来事から半年後、米軍の接収が終了し解除、撤退となった。大高根山には、こんな歴史がある。集落のこの山を愛する気持ちは尋常ではない。登山道はしっかりと整備され、木の葉は箒で掃き清められる。後藤勝一さん、接収に反対して立ち上がった農民であり、その闘いを詩に書いた。
弾道下のうた 後藤勝一
雪白く峯にかがやき
水青く最上は流る
美わしふるさとの空に
ばくおんはみだれとどろく
山は焼かれて芽を吹かず
わらべの歌は変わらねど
砲火の音に明けくれて
ふるさとの平和今はなし
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