コロナの影響で開業が延期され、今年7月にオープンした京都の新たな商業スペース「立証ガーデン ヒューリック京都」。
「一度、行きたい~って思ってたの~」と、猛暑で外出を控えていたミモロは、やっと訪れることに。
ここは、約100年の歴史を刻む京都市立立誠小学校があった場所。三条通と四条通の間で高瀬川沿いにある、まさに京都の町中の小学校でした。
明治になり学制がしかれ、明治2年(1869)に下京 第六番小学校として、現在の新京極あたりに初め開校されました。河原町通の拡張をはじめ、京都のさまざまな都市計画事業および学童の増加や施設の拡張の必要性などにより、高瀬川河畔に新校舎建設と共に移転します。
1928年に鉄筋コンクリート造りのロマネスク様式の新校舎が竣工。当時としては、異例ともいわれる高額な建設費用を要したそう。校舎内には、図書室、裁縫室、理科室、音楽室など特別教室もいろいろ。また、京都の小学校初のプールが作られたのもこの小学校です。ちなみに、「立誠小学校」の名付け親は、京都府知事だった槇村正道氏によるものだそう。
「当時としては、すごい時代の最先端の小学校だったんだ~」とミモロ。
町の中心地の小学校は、平成の時代を迎え、生徒の数は激減。1951年には、840人だった生徒数は、1992年には、51人に。そしてその年は、ついに入学者がいなくなり、翌年1993年に閉校となりました。
小学校自体は、他の小学校といっしょに高倉小学校に統合され、高瀬川沿いの施設は、それから「元立誠小学校」と呼ばれ、いろいろな文化イベントなどが開催される場所になりました。
校舎の正門は、高瀬川の船どまりにあり、そこには、高瀬川を開いた角倉了以のレリーフが置かれています。
「まさにここって、京都の中心地なんだよね~」
江戸時代、高瀬川には、多くの船が行き交い、近くには土佐や薩摩の屋敷などもありました。
「ここら辺って、坂本龍馬が歩いてたんだよね~」とミモロ。そう、近くには、龍馬が潜伏した「酢屋」もあります。
そんな歴史的な建造物は、一部を保護され、また改築され、今、新たな時代を迎えたのです。
「中、探検しよう~」と、ミモロは、建物の中へと進みます。
高瀬川からの入り口のそばには、「BLUE BOTTOLE COFFEE」やルームフレグランスの専門店「cotoiro」など、人気のお店が出店しています。
モダンな雰囲気の館内の奥には、関西初の「ザ・ゲートホテル京都高瀬川」の入り口が…
そこへ向かって進むと、吹き抜けの広いスペースに…大きなソファが置かれた心地よい場所…古い校舎の面影を留める歴史薫るエリアです。
そこには、小学校で使われていた古いピアノが…
「きっとピアノのコンサートなんか開かれるかもね~」と。今は、コロナ禍、そんな日が来ることが楽しみです。
「あ、お庭にも出られるみたい~」
以前、校庭だったスペースでしょうか、広々とした芝生が…「キャ~気持ちいい~」
一面の芝生の「立誠ひろば」です。多目的スペースとして、これからいろいろなイベントが開催されることでしょう。
「わ~い」というと、
ミモロは、芝生を走り回ります。
そして、時々、芝生に座ってひとやすみ。
ここは、誰もが利用できるフリースペース。のんびりと寛ぐ人たちの姿も…
町中に出来た広々した開放的な芝生の広場。「ここなら、蜜じゃないよ~」と、大喜びで遊ぶミモロでした。
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