友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

同じことが起きていても

2010年06月15日 22時08分48秒 | Weblog
 いよいよ本格的な入梅になってきた。シトシトと降るというよりも一気に激しく降るのがこの頃の梅雨のようだ。それでも、紫陽花に雨が降り注いでいるのを見ると、入梅の季節だなあと思う。蒸し暑く身体がベタベタしてくる。そういえば、次女夫婦が居たバンコクもこんな風にジトジトベタベタしていた。雨は全てを流し去ってくれるのか、それとも微生物を増やし病原菌を繁殖させるのだろうか、そんなことを思ったりもした。

 私にできた湿疹は虫刺されが原因であった。念のために皮膚科にも行った方がよいというので、受診したが、やはり「草むらとかに入りませんでしたか?」と聞かれた。庭には9人もの人がいたのに、どうして私だけに湿疹が出たのだろう。半袖シャツの人がなんともなくて、長袖シャツを着ていた私がなぜ刺されるのか、不思議な気がする。先生が言うには、虫の毛は目には見えない小さなもので、空中を浮遊していて、シャツの布くらいは通過してしまうのだそうだ。

 それにしても、同じ場所にいた8人はなんともないのに、どうして私だけに湿疹ができたのだろう。これは私の推測だけれど、風邪菌のいる同じく空気を吸っていても、風邪を引く人もいれるが引かない人もいるのと同じことだろう。たまたま私は、虫の毛にアレルギー反応が強く出たのだろう。それは体質なのかもしれないし、身体が弱っていて抵抗できる体力がなかったのかもしれない。右腕だけでなく右足にも湿疹ができたのも、虫の毛が足にも刺さったのか、それとも毛の菌(?)が身体の弱いところに表れたのか、そんなところだったのだろう。

 人間の身体は不思議だ。あるいは身体だけでなく心も不思議だ。今日は6月15日。私が高校1年の時、安保闘争で全学連が国会に突入し、樺美智子さんという女子大生が亡くなった。私はこれをテレビニュースで見、そして翌日の新聞で知った。凄いことが起きているとは感じた。その後であったけれど、私の通う高校でも新聞記者の人がやってきて全校生徒の前で話したが、その内容までは全く覚えていない。話し方が下手であったのか、私自身に興味がなかったのだろう。

 同じことが起きていても、人によってその受け止めや反応は違う。また同じように反応したとしても、次に起こす行動は違う。それが現実で仕方がないことかもしれないけれど、悲しくある意味では腹立たしいことだ。けれどもまた、みんながみんな同じように受け止め同じように考え同じように行動したとしたなら、それも怖いことではないだろうか。なかなか一致しないために、人は一致しようと努力をする。少なくとも好きになったもの同士ならばその思いは強い。

 同じところにいて、同じ空気を吸い、同じような生活をしているなら、互いに分かり合えると考えるのが普通だろう。そう努力するように人間は定められているはずだ。それでもやはり、一人ひとりは違うし、違うからこそ求め合い理解しようとするのだろう。雨はまた本格的な降り方に変わった。雨音を聞くのもいいが、うっとうしいと感じている人もいるだろう。
コメント
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