いよいよ明日になりました。普段通りの生活を心がけ平常心を装うのは、ただでさえ緊張感に襲われることから逃れたい一心です。ぼんやりすると、つい明日のことが頭をよぎり、他のことを考える余裕がないため、しつこくこのタイトル・シリーズを続けます。
木曜日の夜、東京ビッグサイトで受付をして来ました。ゼッケン受け取りの際、係のおじさんから、「意欲的ですね~」と声をかえられ、「なんでですか~?」と聞くと、私のゼッケン番号帯はゴール目標タイムが3時間半なのだそうです。「ひえ~」と驚きを露わにしませんでしたが、内心の動揺を抑えつつ、「10数年前は、それくらいで走ってたのでね~」と冷静さを装うと、「頑張ってください」と、力強く、でも、ちょっと意地悪そうな笑顔(と思ったのは私の僻みです)で送り出されました。なんでそうなったのか・・・振り返ると、申し込んだ半年前の段階では、自己記録更新の希望にそれなりに燃えていたのでしょう。
14年前に3時間49分で走ったとき、別に自慢するようなタイムではないのですが、練習量の少なさと効率さでは、妙な自信を持っていました。ほぼ一年前の11月にNYシティマラソン(4時間半)、その年の7月にサンフランシスコ・マラソン(4時間半)、10月にタホ湖駅伝(二区間20キロ)と、時間を置いてそれなりに走る基盤を整えてた実績があったとは言え、12月のサクラメントの大会に向け、直前の一ヶ月で150キロ(一日おきに10キロ)の走り込みだけでは、練習量が十分とは言えませんでした。その程度の練習であの記録という、過去の栄光(と言うより中途半端な実績)に囚われている今の私が、これから半年近くしっかり練習すれば、自己記録更新も可能と、8月の申し込みの段階で、まさか本当に東京マラソンに当選するとは思っておらず、軽い気持ちで夢を見たとしても、必ずしも故なしとしなかったと思います。ところが、現実問題と捉えれば、重大な見落としがあります。あれから14年、自らの肉体に抗えない経年劣化が訪れていたことです。以前にも、このシリーズのブログで述べたように、走る基盤を整えるのに、年齢に応じて時間がかかります。
明日の目標は5時間を切ること。現実的ですが、それすらも不安があります。5ヶ月前から本格的に練習を始めて距離を延ばし、ここ三週間、24キロ走をやってきて、ようやくちょっとは身体が慣れてきたところですが、マラソンで一番キツイ30キロ以降が全く読めません。スタートはEブロックで、スタート地点に比較的早く到達できるというメリットはありますが、ちんたら走る私は、次々に追い抜かれるという屈辱に打ちのめされながら、安全第一、マイペースで只管走ることになります(溜息・・・)。
10年若ければ・・・とか、もう三ヶ月ほど練習期間があれば・・・とか、言い出せばキリがないですが、こればかりは、いつも息子や部下に言っていることで、2月24日は最初から決まっていて、分かっていたことなのだから、早くから準備すればよかっただけのこと。人間って、どうしてこうも後悔し、往生際が悪い生き物なのでしょう。そして、この歳でマラソンを走るにしては一夜漬けに近い練習だったことを思うにつけ、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、私の人生を象徴するようです。
(過去ブログ)
東京マラソンへの道(7) http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130220
東京マラソンへの道(6) http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130205
木曜日の夜、東京ビッグサイトで受付をして来ました。ゼッケン受け取りの際、係のおじさんから、「意欲的ですね~」と声をかえられ、「なんでですか~?」と聞くと、私のゼッケン番号帯はゴール目標タイムが3時間半なのだそうです。「ひえ~」と驚きを露わにしませんでしたが、内心の動揺を抑えつつ、「10数年前は、それくらいで走ってたのでね~」と冷静さを装うと、「頑張ってください」と、力強く、でも、ちょっと意地悪そうな笑顔(と思ったのは私の僻みです)で送り出されました。なんでそうなったのか・・・振り返ると、申し込んだ半年前の段階では、自己記録更新の希望にそれなりに燃えていたのでしょう。
14年前に3時間49分で走ったとき、別に自慢するようなタイムではないのですが、練習量の少なさと効率さでは、妙な自信を持っていました。ほぼ一年前の11月にNYシティマラソン(4時間半)、その年の7月にサンフランシスコ・マラソン(4時間半)、10月にタホ湖駅伝(二区間20キロ)と、時間を置いてそれなりに走る基盤を整えてた実績があったとは言え、12月のサクラメントの大会に向け、直前の一ヶ月で150キロ(一日おきに10キロ)の走り込みだけでは、練習量が十分とは言えませんでした。その程度の練習であの記録という、過去の栄光(と言うより中途半端な実績)に囚われている今の私が、これから半年近くしっかり練習すれば、自己記録更新も可能と、8月の申し込みの段階で、まさか本当に東京マラソンに当選するとは思っておらず、軽い気持ちで夢を見たとしても、必ずしも故なしとしなかったと思います。ところが、現実問題と捉えれば、重大な見落としがあります。あれから14年、自らの肉体に抗えない経年劣化が訪れていたことです。以前にも、このシリーズのブログで述べたように、走る基盤を整えるのに、年齢に応じて時間がかかります。
明日の目標は5時間を切ること。現実的ですが、それすらも不安があります。5ヶ月前から本格的に練習を始めて距離を延ばし、ここ三週間、24キロ走をやってきて、ようやくちょっとは身体が慣れてきたところですが、マラソンで一番キツイ30キロ以降が全く読めません。スタートはEブロックで、スタート地点に比較的早く到達できるというメリットはありますが、ちんたら走る私は、次々に追い抜かれるという屈辱に打ちのめされながら、安全第一、マイペースで只管走ることになります(溜息・・・)。
10年若ければ・・・とか、もう三ヶ月ほど練習期間があれば・・・とか、言い出せばキリがないですが、こればかりは、いつも息子や部下に言っていることで、2月24日は最初から決まっていて、分かっていたことなのだから、早くから準備すればよかっただけのこと。人間って、どうしてこうも後悔し、往生際が悪い生き物なのでしょう。そして、この歳でマラソンを走るにしては一夜漬けに近い練習だったことを思うにつけ、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、私の人生を象徴するようです。
(過去ブログ)
東京マラソンへの道(7) http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130220
東京マラソンへの道(6) http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130205