風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

不作法な中国

2020-06-23 23:04:08 | 時事放談
 (前回ブログで触れた)ハルフォード・マッキンダーが100年前に使った「ピボット」という言葉は、現代の我々にも馴染みがある。バスケ好きのオバマ大統領のためにこの単語を選んだとも言われるが、地政学的な含意があったことは間違いない。しかし東アジアへの「ピボット」と言ってしまうと、中東や欧州から、さも撤退するかのような印象を与えることから、重点(重心)が替わることを意味する「リバランス」という単語に言い換えられた。この政策転換を促したのは、言わずと知れた中国だ。
 コロナ禍に伴う情勢不安定化と言うべきだろう、中国周辺でもともと不安定だったところが何かと騒々しい。前回ブログに書いた朝鮮半島然り、また中国は、マスク外交(あるいは戦狼外交とも言われる)によって自らの体制の優位性を世界に喧伝しようと、品質の悪い医療用品を輸出しては失望を招き、見返りや報復措置をチラつかせては軋轢を生んでいる。香港への国家安全法の施行を決断したことで、香港の一国二制度が形骸化することへの懸念が、(日本が主導する)G7外相の共同声明の形で発出され、南シナ海では海警局の艦艇がベトナムやフィリピンの漁船を追い回し、東シナ海では日本の漁船を追い回しては、両国の反発を招いている。インドとの国境では小競り合いから45年振りに死者が出たし、オーストラリアに対するサイバー攻撃に中国が関与した疑いが浮上している。
 中でも中国とオーストラリアとの間の関係悪化はなかなかドラマチックだ。
 かつて中国と資源大国オーストラリアは相思相愛だった(ように見えた)。私がシドニーに駐在していた頃のオーストラリア首相ケビン・ラッド氏は、大学時代に中国語と中国史を専攻し、北京語を流暢に操る知中派と言われ、日本軽視と批判されたこともあって、いまいましく思ったものだった(苦笑)。ご本人は、2014年11月28日、中国共産党の中央外事工作会議で、習近平国家主席がこれまでとは全く異なる世界観を打ち出してから(注:一帯一路やAIIBなど)全てが変わったと言われるが、それ以前に、彼の政権後半には、産業スパイ容疑でオーストラリア人が中国に逮捕されたり、世界ウィグル会議・議長にビザを発給したりして、中国とオーストラリアの関係はぎくしゃくし始めた。中国経済に依存するオーストラリアは、ファイブ・アイズとも呼ばれる諜報に関するUKUSA協定の一角を占め、軍隊で言えば攻撃の対象とされやすい「弱い鎖」と見做されて、中国に狙われたのだろうと想像される。いつの頃からか中国による浸透工作に悩まされてきたことは、最近、邦訳されたクライブ・ハミルトン氏(豪チャールズ・スタート大学公共倫理学教授)の著書「目に見えぬ侵略(Silent Invasion)2018年2月」に詳しい・・・などと、まるで読んだかのようなことを言うが、私はまだ読んでいない(笑)。本書自体、本国で大手出版社と出版契約を結びながら中止され、その後も2社から断れたという名誉ある経歴を持つが、本書の中でも、豪州に移住した中国人富豪が現地企業や政治家に巨額の献金をし、中国に有利な世論や政策を作り出そうとしてきたことが明らかにされている、らしい。所謂「シャープパワー」の発動である。さすがのオーストラリア政府も、外国(といっても念頭にあるのは中国)からの政治献金を禁止し、スパイ取り締まり法を強化するなどの対抗策を講じているが、その後も、中国情報当局が中国系オーストラリア人ビジネスマンを工作員にしてオーストラリア連邦議会選に立候補させようとしていた事件が昨年12月に明るみに出た(本人は既に昨年3月に不審死)。また、中国系企業が構築した通信システムから情報が抜かれる疑惑は以前からあったが、オーストラリアでも実証されたことから、華為技術(ファーウェイ)を排除しようとするアメリカに真っ先に追随した。
 最近は、新型コロナウイルスの発生源や感染拡大を巡って、オーストラリアが独立した調査の必要性を主張したことに、中国が激しく反発し、オーストラリアへの旅行・留学制限や、オーストラリアからの大麦や牛肉などへの輸入制限を打ち出すに至ったことには、些か驚かされた。中国と言えば、2010年に尖閣海域で中国漁船衝突事件が起きたときに、日本向けレアアース輸出を事実上、規制したことがあったし(鄧小平氏は「中東に石油あり、中国にレアアースあり」と豪語していたものだが、日本は代替品開発を進め、中国のレアアース関連企業が赤字転落するに至った)、2011年には中国の民主活動家・劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞を巡って、ノルウェー産サーモンの輸入を制限したこともあった(2016年に関係修復したが)。2012年には南シナ海・南沙諸島の領有権を巡って、フィリピン産バナナの検疫を強化した(港で大量のバナナを腐らせた)こともあった(その後、日本へのフィリピン産バナナ輸出が急増した)。旅行制限も、2017年に韓国のTHAAD配備を巡って発動されたことが記憶に新しい。これら一連の嫌がらせは、いずれも最近はやりのエコノミック・ステイトクラフト(経済をテコに地政学的国益を追究する手段)と呼ばれるものだ。オーストラリアは中国に比して、面積でこそ8割ほどでほぼ互角だが、人口は50分の1、GDPは10分の1でしかない。小国は大国に従えと言わんばかりの高圧的な態度である(この点で、2010年のASEAN地域フォーラム外相会議で、楊潔篪氏が他国の外相を睨みつけて「中国は大国であり、他の国々は小国である。それは厳然たる事実だ」と言い放ったことが忘れられない)。
 その結果、何が起こっているかというと、面白いことにオーストラリアとインドが接近している。同じ旧・英連邦(Commonwealth of Nations)に属し、ラグビーやクリケットなどの交流戦や、オリンピックの如く4年に1度のCommonwealth Games(52ヶ国70チームが参加、次回は2022年の予定)があって、もともと近い存在だ。6月4日に両首脳は防衛協力を強化することで一致し、戦略的パートナーシップを格上げし、相互後方支援協定を締結した。日本で欧米に倣って外資による対内直接投資への規制を強化する外為法が改正されたが、コロナ禍で株価が下落するのに乗じた企業買収への懸念から、期せずしてオーストラリアでもインドでも、外資規制を強化することが発表された。念頭にある外資とは、言うまでもなく中国である。
 そのインドと中国との国境紛争では、3年前までこの地域でインド軍大隊の司令官を務めたS・ディニー大佐によると、「地図上で境界が示されておらず、境界を示す物もない。互いの地図が交換されたこともないため、(国境線に関して)相手国が主張している内容も分からない」そうで、標高5200メートルまで登らねばならず、「見かけに反して極めて危険」な地形だと指摘する。双方、核兵器を持つ大国同士であるが故にと言うべきだろう、相互に火器を使用しないという合意があるらしく、今回も両国間の戦いは握り拳、有刺鉄線を巻き付けた石、くぎを打ち込んだ棍棒で行われたらしい(以上、AFP通信による)。いやはや驚いた。原始時代に戻ったかのような素朴な争いは、エスカレートさせない一つの知恵だろうが、いずれにしても国家間の、と言うより民族間の争いは、凄惨だ。
 そう言えば、前回ブログに書いた北朝鮮は、韓国の脱北者団体が金正恩委員長を批判するビラを風船で飛ばしたことに対抗すべく、ビラ散布を準備しているらしい。こちらも、なかなかレトロで粋ではないか。こう見えて北朝鮮はアメリカを刺激しないよう最大限の注意を払っているようだ。しかし、南北朝鮮はかなり中国の磁場に引き寄せられているのは事実だろう。北朝鮮にしても韓国にしても中国経済に依存しているからに他ならないが、儒教圏ならではの近しさもあるだろう。そうは言っても、それなりの経済規模を有するからこそ首根っこを掴まれて歯向かえない韓国に比べれば、鳥取県か島根県のGDPレベルで、しかも金一族の王朝を戴く北朝鮮の方が、中国による支配を警戒し得るのかも知れないが。
 かつて20世紀初頭、覇権国の大英帝国はその役割を担う「意思はあるが能力がない」のに対して、新興国のアメリカは「能力はあるが意思がない」、そのミスマッチが国際システムを破綻させたと論じたのは、故・チャールズ・キンドルバーガー教授だった。中国は久しく「能力はあるが意思がない」と言われて来たが、今、このコロナ禍に乗じて、「意思」と言うべきか「欲」とでも言うべきか・・・を見せると、その不作法のために、地位を高めるどころか却って反発を招くことの方が多いように思われるのは、なんとも皮肉な話だ(朝鮮半島を除けば)。世界の混迷は続きそうである。

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