自然の力、自然治癒力、自然の恵み、これらの恩恵を受けるには時間が大切だということをいやというほど感じだ出来事が二つあった。世はスピード時代、我々現代人は、とにかく早く結論や結果を期待しすぎる傾向にある。
昔から、あるではないか、古きことわざにその論拠が「待てば海路の日和あり」「石の上にも三年」「時が薬」「雨垂(あまだれ)石を穿(うが)つ」等々
最近、考えさせられたことがあった。
その一つは野菜作りから
ほうれん草を育ててみたのだが、もともと、この野菜はアルカリ性の土壌にいいと言われている。通常は石灰で中和して種まきをするのだが、PHを測ったところ6.8と中性に近い値だっだので安心して石灰なしで種まきをしてみた。最初の頃、葉先が黄色くなった部分も出て石灰をまかなかったからかなと心配をしていたが(もういいや失敗作だから抜いてしまおうと思った時もあった。)でも、待てよ、PHはアルカリに近い6.8だし、なぜ、黄色くなるのか不思議だなと疑問を抱いていた。
ある時、ほうれん草の根は非常に深く下に伸びると書いてある記事を見たことがあった。そうだ、これだ、しばらく、様子をみれば、根は下に深くずんずん伸びていき、きっと、自分にプラスになる栄養素を探しにいくはずだ。本来、植物にはその能力が本能的にあるはずだと、思うようになり、様子をみることとした。
結果、最近になり、青々と葉っぱが茂ってきたのではないか、待つことの大切さをこのときいやと言うほど感じた。その時、その可能性を長期で認めなかったなら、その野菜はもう可能性を閉じてしまっていた。待っていてよかった。その良さが発揮されないうちに私に葬り去られていたことだろう。子育ても同じ事、じっと待って様子をみてみよう。その持っている本来の可能性を信じてみよう。
自然栽培のものは、すぐ結果を求めないことを、それ以来ずっと大切にして行きたいと思うようになった。
促成栽培に慣れきった私たちの生活では早く結果を求めたがる傾向にあるが、じっと待ち、自然の恵みと共に生活し、旬を大切にする農の世界では、時の流れに身を任せることが大切であるとつくずく思った出来事であった。
3日でできれば3日の喜びしか得られない。60日でできれば60日の喜びがある。人間の力ではどうしようもない時の流れは変えるより受け止めるしかないのだ。時は絶対人智では制御できないのだ。ならば、それに合わせて生きるのが自然である。
二つめは定年退職を間近に控えての送別会での出来事である。二次会に行き、酔いを覚ませようと思い席を立ち5,6歩歩いた所でばたっと意識を失い倒れてしまい、あごを打ち、病院で5,6針縫った事があった。それ以来しばらくあごの噛み合わせが悪くなってしまい、病院で外科的手術をした方がいいのではないかと思っていたが、それほどでもないのでほっておいた。その後、2年近くが過ぎ、あごのずれもきれいに直り、自然治癒力の大きさには感嘆している。人間の本来持っている力の大切さを思わずにはいられない。その時、手術していたらかえって噛み合わせが悪くなっていたと思う。バランスが崩れた分は時がくればその修正に向かうんだなと思った。気圧が高い所から低い所に気流が移動しバランスがとれれば風もやむように…。病気も人体のバランスが一時的に崩れた状態をいうんだなとつくずく思った。そこを直し、生活を改めることが大切である。すぐ、薬や外科的治療に頼ってはいけないことを強く感じた。以前、治療した方がいいと言われた中性脂肪の件も今回の結果では劇的に低下し正常値に戻ってしまった。やはり、これも、一時的に自分の生活のバランスが崩れてしまったのではと思う。よく運動をし、規則正しい生活に心がけ、バランス感覚を磨き、自然と調和する生活こそが、健康の一歩であると思う。自然から学ぶことは多い。