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古典の季節表現 七月十五日 盂蘭盆

2013年07月15日 | 日本古典文学-秋

盂蘭盆
今日とてや内蔵の司もそなふらん玉まつるてふ七月半に
盂蘭盆の事は。佛弟子目連母の在所を見て。悲みゝ此事を設けけるよし経文に侍とかや。玉まつるとは侍は。なき人に手向する心にや。玉のありかなど申。源氏物語にも玉殿などいへる。みな亡者の在所にて侍にや。鎮魂のまつりと申事は。あらぬ事にて有也。それは人の魂をしづむる義にて侍にこそ。
(年中行事歌合~群書類従)

盂蘭盆の心を 藤原隆祐朝臣
なき人の此世にかへる面かけのあはれふけ行秋のともしひ
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

ともすひもたむくるみつもまことあらはたまのありかをきくよしもかな
(夫木抄~日文研HPより)

ほにの比、仏の御前にさふらひて思ひつゝけ侍ける 平親清女妹 
しるへせよくらきやみちにまよふともこよひかゝくる法の灯 
(新後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

七月十五日夜、月あかゝりけるに、舟岡にまかりて 西行法師
いかて我今宵の月を身にそへてしての山路の人を照さん 
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

 (屏風歌)十五日、瓷持たせて山寺に詣(まう)づる人
今日のため折(を)れる蓮の葉(は)をひろみ露おく山に我は来(き)にけり
(順集~「和歌文学大系52 三十六歌仙集二」明治書院)

 はちすのつほみたるを身にてなすひの恐ろしけにふしつきたるをかほにしてほうしのかたをつくりて人のおこせたりしに
極楽の蓮と身をはなすひにてうきはこの世のかほにさりける
(赤染衛門集~群書類従15)

十五六日になりぬれば盆などするほどになりにけり。見ればあやしきさまにになひいたゞきさまざまにいそぎつゝあつまるをもろともにみてあはれがりもわらひもす。
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)

殿かれ給ひてのちひさしうありて七月十五日盆のことなどきこえのたまへる御かへりごとに
かゝりけるこのよもしらずいまとてやあはれはちすの露をまつらん
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)

貧女盂蘭盆歌事
今は昔、七月十五日、いみじう貧しかりける女の、親のためのことをえせで、薄色の衣(きぬ)の表(おもて)を解きて、ほときに入れて、蓮の葉を上に覆ひて、愛宕(おたぎ)に持て行きて、拝みて去りにけるを、人の寄りて見ければ、蓮の葉に書きつけける、
たてまつる蓮(はちす)の上の露ばかり志をもみよの仏に
(古本説話集~講談社学術文庫)

右衞門尉なる者の えせ親をもたりて、人の見るにおもてぶせなど、見ぐるしう思ひけるが、伊豫國よりのぼるとて、海に落し入れてけるを、人の心うがり、あさましがりけるほどに、七月十五日、盆を奉るとていそぐを見給ひて、道命阿闍梨、
わたつ海に親をおし入れてこの主のぼんする見るぞあはれなりける
とよみ給ひけるこそ、いとほしけれ。
(枕草子~バージニア大学HPより)

かくて阿弥陀堂には、今日孟蘭盆講せさせたまへば、いみじく尊くあはれに聞しめす。御堂にみな参らせたまひつつ、仏をも御堂をも見たてまつらせたまふに、いみじく尊くめでたく思しめさる。供養の日などは、いともの騒がしければ、心のどかにもえ見たてまつらせたまはぬに、いとうれしく思しめさる。殿の御前、御堂御堂の僧ども召して、御誦経ども申し上げさせたまふ。宮々、督の殿、おのおの絹五十疋づつ、御誦経にせさせたまふ。(略)
さて還らせたまひぬれば、この殿ばら、やがて御堂の簀子に、御円座にゐさせたまひぬ。さるべき御果物、御御酒などまゐらせたまふほどに、やや御土器過ぎて、しばしこそあれ、みな酔ひ乱れたまひて、御畏りなきまでなれば、「いと不便なることなり。まかでて夜さりの御送りどもにこそまゐりはべらめ」など申させたまふ。殿の御前、「今日の御供に仕うまつりたまへる人々には、さるべくしるしはべらんこそよからめ。なべてのことはいと便なくはべらん。昨日みなこと尽きにしかども、ただ御車の内に見えつる御衣どもやよくはべらん」と聞えさせたまへば、奉りたる御衣どもをみな取り出でさせたまひつつ、 疎くおはするにも睦じきにも、みな奉らせたまふ。色、匂、薫なべてのにあらず。これをいみじく酔ひ乱れたまへるに、しどけなく引き掛けつつ、さうどきたまふ御有様ども、昨日うるはしかりしことどもにもまさり、今めかしくをかしう見えたるに、御声どもさまざまなるに、文集の楽府の文をおぼえたまふ。「織る者は何人ぞ、衣る者誰ぞ。越渓寒女、漢宮姫なり。広裁衫袖長製裾。金斗熨波刀剪雲。春衣一対直千金。汗沾粉汚不再着(広きをば衫袖に裁ち、長きをば裾に製つ。金斗波を熨して、刀雲を剪る。春の衣一対、直千金。汗に沾ひ粉に汚れて、再び着ず)」など、さまざまの御声どもに誦じたまふも、耳に留まりてめでたく聞ゆ。人にとらすれば本意なくかたじけなしとて、みなおのおの被きつつぞ引き乱れて出でたまふほどは、「土に曳き泥を踏んで、惜しむ心無し」とにこそありけれと見ゆ。かくて乱れよろぼひたまふほど、絵にかかまほしくをかしうなん。
(栄花物語~新編日本古典文学全集)

十四日、壬辰、昨日有大将饗事云々、今日益〔盂〕蘭盆供如例、従今日四ケ日物忌、
(小右記【永祚1年7月14日】条~東京大学史料編纂所HP・古記録フルテキストデータベースより)

(長和五年七月)十五日、丁巳。
大内(後一条天皇)の御盂蘭盆供は、内蔵寮から円教寺に送った。三条院の御盆供は、御前に召さなかった。私もまた、拝さなかった。韮気があったからである。
(御堂関白記〈全現代語訳〉~講談社学術文庫)

十五日 庚寅 盂蘭盆ヲ迎ヘテ、勝長寿院ニ於テ、万灯会ヲ行ハル。仍テ二品并ニ御台所、渡御シタマフ是レ二親以下ノ尊霊得脱ノ奉為ナリト〈云云〉。
(吾妻鏡【文治二年七月十五日】条~国文学研究資料館HPより)

十五日 丁卯 今日ハ盂蘭盆ノ間、二品勝長寿院ニ参リ給フ。万灯会ヲ勤修セラル、是レ平氏滅亡ノ衆等ノ黄泉ヲ照ラサンガ為ト〈云云〉。
(吾妻鏡【建久元年七月十五日】条~国文学研究資料館HPより)

十四日、晴、有一献、自内裏被進一献令祝着、次若宮・姫宮達、天王寺・入江殿御盃等重畳数献、祝 着無極、前宰相・源宰相・行豊・隆富等朝臣以下皆祗候、灯炉面々進、自分一〈富士牧〔巻〕狩、〉・若宮一〈金打、〉・前宰相一〈屏風、〉・行豊朝臣一〈輪蔵、〉・隆富朝臣一〈切子、〉・重賢一〈色紙二、〉・経秀一〈毛灯炉、〉・永親一〈小切子、〉有其興、盂蘭盆水之儀如例、
(看聞日記【永享7年7月14日】条~東京大学史料編纂所HP・古記録フルテキストデータベースより)

十四日、晴、盂蘭盆看経如例、自公方灯炉〈芳〔吉〕野山風情、〕宮御方〈へ〉被進、殊勝風情握翫無極、
(看聞日記【永享8年7月14日】条~東京大学史料編纂所HP・古記録フルテキストデータベースより)