二月(にぐわつ)
西日(にしび)に乾(かわ)く井戸端(ゐどばた)の目笊(めざる)に、殘(のこ)ンの寒(さむ)さよ。鐘(かね)いまだ氷(こほ)る夜(よ)の、北(きた)の辻(つじ)の鍋燒(なべやき)饂飩(うどん)、幽(かすか)に池(いけ)の石(いし)に響(ひゞ)きて、南(みなみ)の枝(えだ)に月(つき)凄(すご)し。一(ひと)つ半鉦(ばん)の遠(とほ)あかり、其(それ)も夢(ゆめ)に消(き)えて、曉(あかつき)の霜(しも)に置(お)きかさぬる灰色(はひいろ)の雲(くも)、新(あたら)しき障子(しやうじ)を壓(あつ)す。ひとり南天(なんてん)の實(み)に色鳥(いろどり)の音信(おとづれ)を、窓(まど)晴(は)るゝよ、と見(み)れば、ちらちらと薄雪(うすゆき)、淡雪(あはゆき)。降(ふ)るも積(つも)るも風情(ふぜい)かな、未開紅(みかいこう)の梅(うめ)の姿(すがた)。其(そ)の莟(つぼみ)の雪(ゆき)を拂(はら)はむと、置(おき)炬燵(ごたつ)より素足(すあし)にして、化粧(けはひ)たる柴垣(しばがき)に、庭(には)下駄(げた)の褄(つま)を捌(さば)く。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)
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