七夕の歌の中に 源義詮朝臣
年をへてかはらぬ物は七夕の秋をかさぬる契りなりけり
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
おなしき七月七日、三首歌講せられけるに、七夕契久といふことを 前関白左大臣
幾秋も絶ぬ契りや七夕の待にかひある一夜なるらん
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
七月五日、七日にと頼めける人の返事に 前右近大将道綱母
天の川七日を契る心ならは星合はかりかけをみよとや
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
七月七日、いかにいひたる契なるらんと申ける返事に 堀河院中宮上総
契けんこゝろの程もひこほしの行合の空に誰かしるへき
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
この男、いひすさびにけるに、七月になりにけり。さりければ、七日に川原にゆきて、遊びけるに、この男、夢のごとあひて、見もえあはせで、言の通ひは、ときどきいひ通はす人の車ぞ、来て、川原に立ちにける。供なる人々見て、いふを聞きて、男、「かう近きことのうれしきこと。これをば天の川となむ思ひぬる」などいはせて、男、
彦星に今日はわが身をなしてしか暮れなば天の川渡るべく
といはせたれば、女、見には見て、つつむ人などやありけむ、ただ、「暮れなば、かしこにを」といひて、いにけり。されば、日や暮るると、いつしかいきてあひにけり。またのつとめて、男、
天の川今宵もわたる瀬もやあると雲の空にぞ身はまどふべき
返し、女、
七夕のあふ日にあひて天の川たれによりてか瀬をもとむらむ
といへり。いたく人につつむ人なりければ、わづらはしとて、男、やみにけり。
(平中物語~新編日本古典文学全集)
七月七日のつとめて、あさがほにさして
あさがほのつゆうちはらひたなばたのけふのくれをばまちやわたらん
同じ日、かぢのはにかきてたてまつりし中に
けさはとてふなでをすらんひこぼしのかぢのはをこそわれはかしつれ
(為信集~新編国歌大観7)
七月七日の夕べ、荻の風になびくを聞きて 伊勢をの前関白の中の君
常よりも心して吹け七夕のつま待つ宵の荻の上風
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
七月七日に、ゆふかたまてこん、といひて侍けるに、雨ふり侍けれはまてこて 源中正
雨ふりて水まさりけり天川こよひはよそにこひんとや見し
(後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
七月七日、内より、「今夜さへよそにやきかん我ための天の河原はわたるせもなし」との給はせけるに 女御徽子女王
天河ふみみることのはるけきはわたらぬせとも成にや有らん
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
逢かたき人に、七月七日つかはしける 伊勢
いむといへは忍ふ物から夜もすから天の河こそうらやまれつれ
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
かたらひける人の、七月八日の夜きて物語して、帰ぬるつとめて 赤染衛門
七夕の昨日別し袖よりもあくれは今朝そわひしかりける
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
七月七日夜、小弁上東門院にまいりて、明る朝出けるにつかはしける 小式部内侍
たなはたのあひてわかるゝ歎をも君ゆへけさそ思しりぬる
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
源昇朝臣時々まかりかよひける時に、ふむ月の四五日計のなぬかの日のれうに、さうそくてうしてといひつかはして侍けれは 閑院
あふことは七夕つめにひとしくてたちぬふわさはあへすそ有ける
(後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
ふむ月の七日の夜、大納言朝光物いひ侍けるを、又の日心あるさまに人のいひ侍けれは、つかはしける 小大君
七夕にかしつと思ひしあふことをそのよなき名の立にける哉
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
ふみつかはす人のこと人にあひぬときゝて七月七日つかはしける 源雅光
よとゝもにこひはすれともあまのかはあふせはくものよそにこそみれ
(金葉和歌集・三奏本~国文学研究資料館HPより)
七日えち川といふ處にいきつきぬきしにかりや作りておりたるにようさり月いとあかう波をとたかうておかしきに人はねにたるにひとりめさめて
彦星はあまのかはらに舟出しぬ旅の空にはたれをまたまし
(赤染衛門集~群書類従15)
文永十二年七月七日、内裏に七首歌奉し時 前大納言為家
天河八十にかゝる老の波又たちかへりけふにあひぬる
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
大方の身のやうも、つく方(かた)なきにそへて、心の中もいつとなく物のみかなしくてながめし比、秋にもやゝなりぬ。風の音はさらぬだに身にしむに、たとへんかたなくながめられて、星合(ほしあひ)の空みるも、物のみあはれなり。
つくづくとながめすぐして星合(ほしあひ)の空をかはらずながめつるかな
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
なに事もかはりはてぬる世の中に契りたがはぬ星合(ほしあひ)の空
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
藤原尹綱朝臣身まかりて又の年七月七日に、年月手なれける琴をみて、今はかきならすも物うく覚え侍けれは 参議家綱女
秋といへは手向しことの緒をたちてあらぬうきねに世をやつくさん
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
七月七日も、例に変りたること多く、御遊びなどもしたまはで、つれづれに眺め暮らしたまひて、星逢ひ見る人もなし。まだ夜深う、一所起きたまひて、妻戸押し開けたまへるに、前栽の露いとしげく、渡殿の戸よりとほりて見わたさるれば、出でたまひて、
「七夕の逢ふ瀬は雲のよそに見て別れの庭に露ぞおきそふ」
(源氏物語・幻~バージニア大学HPより)
近衛院の御事に、土左内侍さまかへて篭り居て侍けるもとへ、又の年の七月七日よみてつかはしける 備前
天の川ほしあひの空はかはらねとなれし雲ゐの秋そ恋しき
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)