花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

新しい年に向けて・・・

2012年12月31日 | 私の呟き

私にとっては辛いことがたくさんあった2012年も終わります。

喪中ですから、顧客にもお断りして主人の門松造りも今年は取り止め・・・
毎年、年末に仕上げる木版画の年賀状もなしの、静かな年の瀬を過ごしています。

4月の終わりに利き手を骨折して以来、握力がなくなり、指先にも力が入らずで
片付け仕事が苦手となりました。

納戸状態になっていた和室と台所を大掃除しただけで終わりです。

「紅白歌合戦」をこんなにユックリと見たのは結婚以来初めてではないでしょうか・・・?


上の二枚の画像は実家の庭から持ってきた我が家の「ワビスケ」です。
北風があたる北西の和室の出窓の前で、健気にほころびだしました。

今年の紅白はAKB48やEXILEのような、歌って躍るグループが圧倒的に増え
歌手が一人で熱唱するシーンも演歌以外は少なくなりましたね。

そんな中、初出場の美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」には涙が出ました
いつもの金髪ドレス姿とはがらりと違い、シンプルな中にも迫力のあるステージでしたね。

辻井伸行さんがピアノを演奏し、東北出身の方々が歌った復興支援ソング
「花は咲く♪」は私も一緒に歌いました。


例年のお正月には何輪か咲いている「水仙」ですが・・・
今年はまだまだ蕾みのままですね。寒い寒い12月でした。


こちらは「シンピジューム」の蕾です。
3本の花芽を伸ばしだしたので、日当たりの良い和室の廊下に入れました。
開花が待たれます

29日の土曜日に弟と二人で、母が最後に過ごした病院に挨拶に行ってきました。
母の最後を一緒に看取ってくれた看護婦さんの顔を見たら流石に涙がでましたね。

そして色々あった2012年も終わりました。
これからも母の思い出を大事にしながらも、気持の区切りは付けたいと思っています。


新しい年が始まり、家中の新しいカレンダーの表紙をめくりました。
心新たに歩み出さねばと思っております。

まずは家族みんなが健康で、明るい日々が過ごせますようにと願います。



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我が家のクリスマスと私の想い

2012年12月25日 | 私の呟き

クリスマス寒波襲来で、我が家の玄関前の水盤も凍っています。
中にいるメダカさんは大丈夫でしょうか?

父の転勤で子供の頃に新潟市で5年、主人の転勤で札幌に4年住んだ経験がある私・・・
雪国の冬での生活の大変さを思い出しています

せめて家の中だけでも明るくホッコリとさせたくて、
ピンクのシクラメンを買い玄関に飾りました。


母が亡くなって2週間以上が過ぎました。

さして身体を使っているわけではないのに、グッタリと疲れています。
何をする気にもなれないのです

日中一人でいるとイロイロ考え思い出し、気が昂ぶって・・・
時々精神安定剤のお世話になったりしています。

そんな時には親しい友人からのお悔やみ電話が一番嬉しいですね。
同じ経験を持つもの同士、たくさんたくさん話して慰められます。

ブログ仲間さんのお悔やみコメントにも、大いに励まされましたので
コメント欄を閉じる事は考えませんでした。


三連休の前日は「冬至」
我が家の柚子は今年も台湾リスにやられて殆んど残っていません。
主人が顧客先からもらって来た柚子でお風呂に入りました。

同じくたくさんいただいた緑の果物は「フェイジョア」という、
キィウィーによく似た味の果物です。

主人は今、1年中で一番仕事が忙しい時期・・・
私の哀しみを受けとめる余裕などありません。

所詮人間は一人で耐えなければならない事が多々あるものなのですね。実感です。


古いクリスマス用品は処分したので、我が家にはクリスマスツリーはありません。
孫のハー君が作ってくれました

左側のカードは孫娘の菜々ちゃんのお手紙つきです

気分高揚のためにポインセチアも買いました。
少しピンクがかった色のポンセチアです。


昨日今日と、一日クリスマスソング聞いていますが
気分はイマイチ盛り上がりませんね。

毎年この時期に登場するロシアの聖人
同じくトナカイさんも飾りました


「淋しさはこれからドンドン増していくものよ」と皆さまに言われますが
私の気持ちは淋しさと共に、後悔の念が強い・・・

タンの吸引を最後まで嫌がった母にとって、この2年間は辛かったに違いない
2年前のマイブログの記事を読みながら、あれから先の母の2年間は必要だったのか
と悩みます。

幸い、最後を迎えた病院のスタッフさんは、総合病院の看護婦さんのように手荒ではなく
皆さま穏かで手馴れてらっしゃったのが救いですが・・・

母の好きなピンクやパープルのお花で見送り
遺影は73歳の時のお洒落な母の姿を選びました


「白髪の写真はやめよう」と、弟夫婦と話し、両親と弟一家、
そして我ら夫婦と皆で行った「ハワイ旅行」の成田の空港に向うエクスプレスの中で、
主人が撮った写真を遺影として私が選びました。

お洒落だった母に相応しく、イヤリングを付けブランドのスカーフを巻いた母の遺影を見ながら
「やっと楽になれたね」と・・・
式の最中は特に涙も出ませんでした。

従兄弟や参列者の皆は「naoが母親に良く似てきた」と申しますが
顔も性格も父親似と自負している私には、ひ孫の菜々ちゃんの顔が母とダブりましたよ。

皆で行った4泊6日のハワイ、楽しかったね
両親にとっては最後の海外旅行となりました


この後、母は骨粗しょう症による圧迫骨折を繰り返し、やがて車椅子となったのです

元気な父は私たちと行動を共にしましたが
母は、ホテルで寝ていることが多かった・・・?


車椅子になってから母は「いつか長崎にも行ってみたかった」とポツンと言った事があり
実現させてやれなかったことが悔やまれます

そして私には、父が通夜葬儀に参列出来なかったことが何とも切なかったです

寒い季節だし、ショックを与えるのも忍びなく、施設側もその方が良いとのこと・・・
これからは遺された93歳の父を支えていかなければと思っています。

後悔にさいなまれた時には、母にお線香を上げに行きたいと想うのですが
平日は弟一家も皆働いていて留守なので、行きたくても行く事が出来ません

母から鍵も預かっていて、二世帯住宅の一階部分は、
私が自由に行き来できる実家と思っていましたが・・・

どうもそうではなさそうです
そういった淋しさを味わうことが多い今日この頃です。


過去を振り返って落込んでいても始まりませんね。
未来に向って歩んでいくことを考えて、この三連休は息子一家と
孫達にクリスマスプレゼントを買ってから、ドカンと焼肉を食べに行きました。

100分で100種類、食べ放題・飲み放題のコースです。

食べて飲んで食べて飲んで僕も私もお肉大好き


大ばぁ~ばが死んだ時、目にいっぱい涙をためていたハー君も、
「歳の順番で天国に行ったのだから不幸なことではないのだよ」
「皆で見送ってあげれば大ば~ばも喜ぶよ」とオトータンから諭されて、
ハー君も元気を取り戻しました。


これだけ平らげた我が家族・・・
孫達から私もたくさんの元気をもらいましたよ。


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鎌倉の紅葉4・「円覚寺」と母

2012年12月16日 | 鎌倉散策
頑張っていた母もついに力尽き、天国に旅立ちました。
母が亡くなって丁度一週間となります。

「お母さん、苦しみから解放されて良かったね」という想いと、
母を失った哀しみが同時に襲う中、通夜・告別式と緊張した日々を過ごさねばならず、
流石に疲れ果てました。

この数日間はまるで雲の上を歩いているような、今日が一体何曜日かも判らないような・・・
現実離れした中に身を置いている気がしましたが、ようやく何時もの生活に戻りました。

ブログ仲間の皆様はじめ、このブログを見てくださっている友人知人からも
慰めやお悔やみのコメント、メールお電話などをいただき
本当に有難うございました


「円覚寺」
12月も中旬になって、今更紅葉の写真も見飽きた感じですが・・・
今日は今月の1日にカメラ仲間数人と行って写した、北鎌倉駅前の「円覚寺」の画像を背景に
私の母と「円覚寺」とのつながりを語りたいと思います。


母は今から30年前の59歳の時に「緑内障」と診断され、深く悩み苦しんでいました
昔は「緑内障=失明」と思われている時代だったのも知れませんが・・・

それまで信仰心はあまりなかった母が、毎月4日に円覚寺の「身代わり地蔵」
お参りに行くようになったのです。


広い境内のどこにその「身代わり地蔵」があるのか、私はまだ確かめてはいないのですが・・・
鎌倉五山第二位の「円覚寺」は大好きなお寺の一つです。

この日はお天気に恵まれ、最後の紅葉が綺麗でした
カメラ仲間同士、ここは逆光を狙って撮りました


この日のテーマは自然と「光芒」になりましたね。

「絞りを20くらいに絞って、周囲が暗くなりすぎたらISOは800から1600に上げると良いよ」
カメラ仲間が親切に教えてくれます。

ピカリと輝くダイヤモンド型の光芒が撮れました。


こちらの光芒はちょっとぼやけて、迫力不足でしょうか・・・?

私の実家にはまだ仏壇がありません。
今回母が亡くなり、両親が生前に購入していた墓地のあるお寺にお通夜・告別式の読経と戒名を頼みました。

私が時々訪ねる「舞岡公園」近くの、臨済宗円覚寺派のお寺です。
「お父さんの家は曹洞宗だけど、このお寺のご本尊が目の神様の薬師如来像なので決めたの」と
母は生前に語っていました。

私も弟も初めて訪ねるお寺です。戒名の交渉など経験ありません
本家の従兄弟が「宗旨替えしたのか、まぁ同じ禅宗だから許せるか~」と
苦笑しながらも着いて来てくれました。

何せ彼は父の本家の長男として、100年もの檀家付き合いが続く新宿のど真ん中のお寺にある
ご先祖様のお墓を守っているのです。


従兄弟と弟と私の3人で訪ねたお寺は、御本山の円覚寺の雰囲気がそのまま感じられる禅寺でした。

およそ600年前に、円覚寺の別邸として建てられたとか・・・
その頃の舞岡公園周辺は「鎌倉村」の一部で、
普段は農業に従事し「イザ!鎌倉!」という時には駆けつける「郷氏」」が住んでいたそうです。


「戒名にはいろいろ位があるんだよ」
「夫婦は同じ位の戒名にしなくてはいけないから、叔母さんの戒名次第で叔父さんの位も決まるからね」
「少し上の戒名でオジキのも一緒に作るから、幾らにしてくれと言う交渉もあるぞ」と、
従兄弟は色々アドバイスをしてくれましたが、バナナのたたき売りではあるまいし・・・

和尚様はとても素朴な良い方で、戒名も従兄弟が脅かすほどバカ高くはありませんでした。


むしろお通夜の日の朝にお願いし伺った私たちに
「本来なら生前からお母様の人となりを知り、その上でお母様に合う戒名をつけたかった」と
諭されました。

檀家付き合いとはそういうものなのでしょうね。


円覚寺の「座禅」も有名ですが、実家の菩提寺となったお寺も月に二回
無料の座禅会と講話会が開かれています。

普段から「俺が死んだら墓も葬式もいらないから、散骨してくれ」と言っている我が夫が
「小学生の孫を連れて座禅に行ってみようかなぁ~」と言い出しました。

和尚様の影響を受けたようです。果たしてどうなりますか・・・?


円覚寺の撮影会では「光芒」と同時に「影」にも挑戦です。
一人での撮影だと毎回同じ様なアングルですが、数人の仲間と来ると目の付け所が勉強になりますね。

歳も性別も違いますが、同じ趣味を持つ者同士きりたんぽ鍋を囲みながら、カメラ談義です。



さて今日は衆議院選挙の日
疲れてドスンと重い身体を引きずるように、夕方仕事から戻った主人と選挙に行き、
ちゃんと国民の義務を果たしてきましたよ。

それにしても、投票率が45%にも満たないなんて何てこと
(最終的な全国平均は59,3%だそうですが、都市部ほど低い

もっとも期待を裏切った「民主党」には怒りを覚えるし、以前の自民党政治に戻るのも意としません。
烏合の衆のような第三極もイマイチ判らず・・・
我が選挙区には入れたい人がいなぁ~い




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鎌倉の紅葉3・「明月院」

2012年12月09日 | 鎌倉散策
マタマタ大地が揺れてヒヤッとしましたね。
12月7日早朝には千葉を震源とする地震で目を覚まし、夕方には久しぶりに耳にした
TVの「警戒地震速報」に身構えました。

宮城県には津波警報も発令され、3,11の時の緊張が蘇りましたが・・・
実際にはなす術もなく玄関ドァーを開けて立ち尽くしていただけでした。

更に北日本では「爆弾低気圧」が暴れ、この寒さの中停電騒ぎ

政治も12もの政党が乱立して選挙は混迷を深め、
唯一日本が世界に誇れる「技術」も「笹子トンネルの崩落事故」で影を落とし
明日の日本はどうなるのかと憂う日々ですが、
私はもっか身の回りのことでも忙しい・・・

12月5日「明月院」

OL時代の仲間7人で「紅葉を愛でる会」と称して、鎌倉に集合しました。
行った先はアジサイ寺で有名な「明月院」

この日は丸窓から眺める奥庭の紅葉がまだまだ綺麗でした


春には「世田谷美術館&砧公園」での桜鑑賞会を楽しんだ仲間達との集いです。


鎌倉なら我が家からも、そして母が入院している病院からも近いので
私もドタキャンアリでの参加を決めました。

前日に母親の様子を見て来ましたが、幸い落ち着いていたので一安心


そもそもは北鎌倉でお食事をして、「円覚寺の紅葉」を愛でようと決めていましたが
この3日前の撮影会で行った「円覚寺」の紅葉が終わりに近かったので、急遽「明月院」に変更です。


辛うじて美しい紅葉が残っていて良かったです

街はもうクリスマスのイルミネーションで溢れ、
今更紅葉も季節遅れの感がありますが・・・
それだけ湘南は温暖で暖かいということだと思います。


もっとも輝いていた青春の一時期を、共に過ごした「昔のお嬢様たち」
年に2回ものお食事会を催すなんて、若かりし頃を懐かしむお年頃となった証拠です。

境内の「東屋」で、どなたかが持ってきた高級チョコレートの分け前を
じゃんけんで決めます

最初は、じゃんけんポン,二個目のチョコをまず私がゲット


昔と少しも変わらない陽気なメンバーですが、先輩2人は独身を貫き
後輩の2人はすでに未亡人・・・
私も含めて同期の3人は娘がいなくて子供は息子のみ

「老後が心配」と言い合っていますが、どこかケセラセラの面々


「東屋」の周りは初冬の陽を浴びた最後の紅葉が、美しさを競い合っていました。


今年の鎌倉の紅葉は、台風の影響の塩害か
イマイチアップに耐えられる葉が少なかったのですが・・・
この日は4度目の鎌倉紅葉狩りで、私も充分堪能致しました。

これってヤラセ、ハイ1枚は・・・
可愛いウサギと亀の物語も見られます。



北鎌倉の「鉢の木」で会席弁当

皆で乾杯した「鎌倉ビール」
色が濃いのにサッパリとフルーティーなお味でした

シラスのふりかけも美味しかったけど、お土産用の売込みがちょっとくどかったかしら・・・

だんだん老舗もなりふり構わなくなっていく不景気なのでしょうか?
鎌倉では会席料理の有名店が次々と閉店に追い込まれていますものね。

息子が結納の時に使った「指月庵」も、母と何度も入った「吉亭」もなくなりました

「歐林洞 」でお茶
最後は北鎌倉から鎌倉駅まで歩きます。
途中鶴岡八幡宮近くの道路沿いにある、白亜の洋館「歐林洞 」でお茶タイムです。

「こじゃれたお店でお茶かと思ったら、おおじゃれたお店だったわ」と
一人が言いました。
この建物は以前は美術館だったらしい・・・

古い仲間同士、お喋りは更に続きます。お腹がいっぱいでもケーキは別バラよね。


「このお店、東急の本店にも入っているわね」と
渋谷の松涛町の邸宅に住む後輩奥様が教えてくれました。

私は写真仲間のSさんと入って知ったお店です。
「ここが本店?、ユーミンがここの生チョコケーキが美味しいと紹介していたわ」と
みんなでガヤガヤ・・・

気がついたらあっと言う間に4時半過ぎでした。
次回は桜の季節に集まりましょう


今回の現地案内は私がしましたが、予約などは鎌倉に住む後輩がしてくれました。

彼女のお土産、長谷寺の「身代わり鈴」
肌身離さずに持たなくては・・・


翌日私はガンを患う父の診察&治療に付き添い、その翌日の金曜日に母を見舞いました。
ちょっと皮下出血が濃くなり、足のむくみも気になりましたが・・・

ところが昨日の土曜日、午前中の自治会の会議から帰ってきたら弟から☎
「お母さんの血圧が低下したらしい」

慌てて病院に駆けつけ
母の呼吸が乱れがちだったので、昨夜は一晩付き添いました。

今朝は血圧は落ち着き、心電図も正常なので、弟と交代で帰宅し一休みしています。

このブログも途中までの書きかけでしたので仕上げました。
落ち着かない年の瀬となりそうです。


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鎌倉の紅葉2・「獅子舞」「覚園寺」と、そして・・・

2012年12月02日 | 鎌倉散策
早12月、この所の寒さはもう真冬並みですね。
今年は暑い夏が長かったわりには寒さが早く、秋が短かったような気がします。

紅葉も場所によってずいぶん差がある感じ・・・
木々も戸惑っているのでしょうか

11月28日(水)、カメラ仲間のSさんを誘って鎌倉駅から鎌倉宮まで歩き
瑞泉寺近くの獅子舞(モミジ谷)に向いました。

獅子舞(モミジ谷)から天園ハイキングコースへ

11月28日現在のモミジ谷の紅葉はまだ始まったばかりでした

モミジ谷は水が流れ、滑りやすい山道です。大手旅行会社の団体様も歩いていてビックリ


鎌倉宮から瑞泉寺方面に向かって歩き、赤いポストのある二股の分かれ道で、
「瑞泉寺方面→」を右に分け、左側の川沿いを進みます。

整備事業が進む「永福寺跡」の横を行くと約20分で山道が始まります。

とても滑りやすいぬかるんだ山道なので、軽登山靴がお勧めですね。

今年の見頃は12月10日頃だそうです。でも、落葉が進んでいるイチョウも見られます。


天園までの、およそ20分の登りの途中の、
モミジとイチョウの紅葉黄葉が素晴らしいのですが・・・


3年前の同じ日にここに来ていますが、山が燃えるように真っ赤に染まり、
イチョウの黄葉とのコラボも素晴らしいものでした
こちらで紹介しています。


登りきると鎌倉アルプス(天園ハイキングコース)に出ます。
大きな岩の上が展望台で、ここから鎌倉の街と相模湾が見えました。

この日は残念ながらの曇天で、今にも雨が降り出しそうな寒い日和でした
友人を誘うとなるとお互いのスケジュールもあり、お天気は選べませんものね。

でも友が居ると楽しいお喋りが弾みます。
このすぐそばのお茶屋さんで、甘酒を飲みながら一休みしました


平日なのに大平山山頂では大勢の人々が休憩していました。
標高157メートル、鎌倉アルプスで最も標高の高いポイントとなります。


前回一人で歩いた時は「建長寺」まで行きましたが、今回は「覚園寺」に下ります。


一方を海に、三方を山に囲まれている自然の要塞「鎌倉」
山のすぐそばまで住宅街は迫っていますが、
ハイキングコースはあくまでも深山の趣があります。


「覚園寺」
ハイキングコースから下ったところが、鎌倉時代の風情を残す「覚園寺」です。


建立は永仁4年(1296)の鎌倉時代中期。
尾根と尾根の間の谷戸にそった境内は、自然豊かで静寂と言う言葉がピッタリですが・・・

門を入ってすぐの愛染堂までは自由に入れますが、
そこから先はフリーでの拝観はできません。

毎日数回、有料でお寺の方が境内を案内してくれます。
10:00,11:00,13:00,14:00,15:00。所要時間約50分。
土・日・祝日のみ12:00の回あり。

私たちが行ったのは丁度1時、すでにお坊さんの説明が始まっていました。


境内にはご本尊の薬師如来坐像を祀った薬師堂や、黒地蔵が祀られている地蔵堂
市内手広から移築した江戸時代の古民家など見所まんさいのようですが・・・
すべて撮影禁止です。


愛染堂前の紅葉も5~6分ほど染まり、充分に美しかったので
私たちは中には入らず、ここだけの撮影で満足する事にしました。


Sさんが、自由に入れない境内と撮影禁止の意味を聞きに行きました。


「ここはあくまでもお寺です。公園のようにはしたくない・・・」
というお話しだったそうです。


それも一理ありますね。
次回はお天気のよい日に、じっくりと時間をかけて訪ねたいお寺ですね

そろそろお腹もすきました。
私たちは鎌倉宮(大塔宮)からバスに乗り、小町通りに戻ってイタリアンのランチを楽しみました

この日は7~8kmくらい歩いたでしょうか?
カメラ撮影をしながら、大いに笑っておしゃべりを楽しんだ一日でした。

食べる力が衰えて、もう二年も口から水も食料も食していない母を見ていると
人間いつまでも元気で居るには、人との交流で大いに笑いお喋りをして、
口とノドの筋肉を鍛える事が大事と悟った私です。


11月25日の「円覚寺」の入り口

お天気に恵まれた11月25日、前回ご紹介した「長谷寺」と由比ガ浜を見た後に寄った
「円覚寺」の入り口の紅葉です


丁度見頃で、青空の下眩しいばかりに輝いていました

紅葉見物はやはり晴天の日に限りますね。


25日は大勢の人が訪れて、入り口前の行列は階段下の横須賀線の踏切まで延びていましたので
叉来る予定もあった私は中に入らず、入り口だけの撮影で帰途に着きました。


12月1日に再び訪ねた「円覚寺」は最後の紅葉で
風に舞い散る風景も風情がありました。

今年の鎌倉の紅葉の最盛期は北鎌倉は11月末、
海辺に近い所は12月上旬と言う感じですね。



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